東京農業大学

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教員コラム

膵管を蛍光色素で可視化

2018年12月25日

応用生物科学部食品安全健康学科 准教授 岩槻 健

准教授 岩槻 健

●専門分野:分子細胞生物学
●主な研究テーマ:In vitro培養系を用いた味細胞および消化管上皮細胞の機能解析
●主な著書等:おいしさの科学とビジネス展開の最前線他

膵臓の再生モデル開発へ 糖尿病克服のための取り組み

インスリンを分泌する膵臓β細胞の消失が原因となる糖尿病に対して、膵臓を再生させることで克服するという治療法があり、その一つに膵臓に通っている膵管を使って細胞を培養しようという試みがある。問題は、細くて透明な膵管を見つけることが難しいことにあるが、蛍光胆汁酸を投与することで膵管が蛍光色に光り輝くことが動物実験で確認でき、その後の研究に生かされている。

糖尿病とは

現在、日本には糖尿病が強く疑われる人が1000万人いると言われており(2016年国民健康・栄養調査結果)、その予備軍も含めると相当数となる。通常、食事を取った後で血糖値が上昇すると、血糖値を下げる働きを持つホルモンであるインスリンが分泌され血糖値が下がる。しかし糖尿病ではインスリンが機能しにくくなるインスリン抵抗性が生じ、最終的にはインスリンを分泌する膵臓β細胞が疲弊し消失していってしまう。

糖尿病患者は長年にわたる高血糖により、徐々に様々な病状が出現し、最終的には失明、末梢神経障害、血管障害などをきたす。糖尿病の大きな問題は、根本的な治療法が確立されていないため、患者は生涯糖尿病と付き合わなければならないということにある。また、膵臓は肝臓などと違いあまり再生しない。

膵臓再生モデル作製の試み

現在注目されているのは、体の様々な組織に変化する胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)から膵臓β細胞を大量に作製し、インスリンを分泌することができる新たな膵臓をつくり移植するという方法である。画期的な方法だが、問題点もある。これらの細胞は受精卵と同じような状態であるため、ここから膵臓などの臓器を作るには相当な時間と労力が必要になる。最新の研究でも、成熟した細胞になるだけで1カ月も要し、移植に使えるような完全な機能を持った膵臓はまだできていない。

このため、別の方法で成熟した膵臓を得ようという研究もある。その一つが、膵臓に通っている膵管と呼ばれる管を組織から取り出し、がん細胞由来の特殊なゲル(マトリゲル)の中で三次元に培養することで、膵臓の細胞を培養しようという試みである。これは、膵管の細胞が何らかの障害を受けた時に再生能を発揮するという知見をもとにしている。膵炎から回復した人や、膵管が詰まってしまい膵臓に障害が起きた動物を調べると、膵臓β細胞の数が増加していた。つまり、通常は再生しないはずの膵臓でも、何らかの傷害を受けると再生するのである。このことは、人為的に膵臓にダメージを与えることで、膵臓の再生モデルを実験的に作り出すことが可能なことを意味する。

膵管を光らせる

ダメージを与える方法として、膵管を縛る結紮という方法が用いられてきた。実際にうまく膵管を結紮すると、膵管を通っていた消化酵素が行き場を失うため、膵管を縛った先の膵組織がダメージを受け、消失してしまう。我々の研究室でも、膵管結紮モデルを用いて膵臓の再生を観察しようとしたが、ここに大きな問題が立ちはだかった。それは、膵管が細くて透明で、どこに膵管があるか分からないのだ。さらに膵管の周囲には血管も多く、動物で膵管結紮の手術をすると、血管も縛ってしまう可能性が大きい。これでは、膵管結紮後の膵臓再生モデルの研究結果が不安定になり正しい知見が得難い。

こうした問題を解決するため、マウスの膵管がどのような位置にあるのかを調べることにした。まず、文具店で売っている筆記具用の黒インクを使い、膵管の位置を確認することにした。十二指腸のファーター乳頭という場所から膵管に黒インクを流し込むと、黒インクによって、膵臓の中でどのように膵管が走っているか分かった(図1)。しかしながら、黒インクは毒物なので生きた動物には使えない。

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図1 インクによる膵管の可視化

動物に無害な膵管標識試薬を探していたところ、共同研究者である神元健児さん(元東京大学助教、現ワシントン大学博士研究員)から蛍光胆汁酸を投与してはどうかと提案があった。そこで、マウスの胆管につながる尾静脈から蛍光胆汁酸(CLF)を投与し、蛍光実体顕微鏡下で開腹してみたところ、〝あっ〟と声を上げずにはいられなかった。胆管および十二指腸が、蛍光色に光り輝いていたのだ(図2)。十二指腸を含む臓器を少し動かすと、胆管からCLFが膵管に注ぎ込み、膵臓を走る二本の膵管がくっきりと確認された。動物実験では初めての膵管蛍光標識である。この時、指導する学生だった中嶋ちえみさん(現大学院生)と大喜びしたのを覚えている。蛍光標識することで膵管結紮もこれまで約10%だった成功率が80%台にまで上がった。その後、実験に利用する少量のCLFは、肝機能を始め他の臓器に影響を及ぼさないことを確認し、以上を英文科学雑誌「Tissue engineering, Part C, Methods 24(8) 480-485」に2018年8月に投稿し、掲載された。現在は、膵管結紮で新たな膵幹細胞が出現し、新しいβ細胞が作られるかどうかに着目して研究している。

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図2 蛍光胆汁による膵管の可視化

研究の喜び・楽しさ再確認

私自身はもともと膵臓の研究はしていなかった。研究のきっかけは、2015年に管理栄養士を目指す3年生が我々の研究室に配属され、当時の私の研究テーマとは全く違う膵臓の再生研究がしたいと言い出したことにはじまる。今では、最も研究が進んだテーマの一つになっている。再生医療につながる研究であり、今後の研究の発展も期待されている。このように、学部学生の意欲によっては、とんでもなく新しく面白い研究ができる。若い人たちと一緒に自由な環境で研究することの楽しさ、喜びを改めて感じている。

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