東京農業大学

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教員コラム

相馬・伊達の営農完全復活を目指して

2019年3月12日

応用生物科学部農芸化学科 助教 大島 宏行

助教 大島 宏行

●専門分野:土壌学、肥料学
●主な研究テーマ:土壌の養分状態と土壌病害発病の因果関係に関する研究
●主な著書等:最新農業技術 土壌施肥(農文協)他

震災から8年 東京農大「東日本支援プロジェクト」

東京農業大学は東日本大震災発生から2カ月後の2011年5月、「東日本支援プロジェクト」を始動した。福島県を中心に土壌肥料、畜産、経営などさまざまな分野で復興支援を行い、その活動は今年で9年目に入る。筆者らは、2015年から土壌肥料グループのメンバーに加わり、相馬地域における津波被災水田の復興支援と、JAふくしま未来の伊達地区では畑ワサビの放射性セシウム吸収抑制対策に取り組んでいる。

相馬地域 津波被災水田の復旧支援

福島県相馬市は農林水産業の盛んな地域だ。沿岸部の多くは明治から大正時代に干拓された地域で、農業の主体は水稲栽培である。そのような低い土地の地域が大津波によって甚大な被害を被った。相馬市沿岸部の農地では、福島第1原発から約40キロの位置だが放射性物質による土壌の汚染レベルは低く、津波による土砂流入被害からの農地復興対策が研究の主体だった。そして、大量の土砂が流入した水田では、流入土砂を作土(元の土壌)と混層して雨水で除塩を行い、土壌酸性化対策として製鋼スラグ(土壌の酸性改良資材)を施用する「相馬農大方式」によって、2017年度には復興予定水田の87%(838ヘクタール)が復旧した。現在では、ブロックローテーション(集団転作の方法)で水稲と大豆の栽培を行っている畑も多い(図1)。しかし、このような農地では流入した土砂を混層した影響による土壌㏗の再低下が予想された。さらに、水田と畑地のローテーションでは、土壌は酸化と還元状態が繰り返され、水稲やダイズ生産に大切な地力窒素の減少による収量の低下が懸念された。このため、長期的な調査や地力維持対策が必要と考え、2015年から復興した水田の追跡調査を行った。結果、ほとんどの水田で㏗の低下はみられず、十分な土壌酸性化対策が実施されていると判断された。その一方、大部分の水田で地力窒素が著しく低い状態にあった。家畜ふん堆肥など地元産の有機質資材が入手しにくいため、水稲収穫後の圃場にマメ科植物の緑肥を栽培し鋤き込んだところ、地力窒素の低下は軽減しダイズの収量が増加した。相馬地域水田の土作りにはこのような技術が有効である。

本プロジェクトでは毎年春に相馬市内で成果報告会を開催してきた。当初は多くの農家に参加していただいたが、農地の復興が進むにつれて参加者は減少している。しかし、長期的に安定した営農を続けるという点では土壌肥料学的に抱えている課題はいまだ多く、今後も継続した支援が必要である。

(図1) 相馬市和田地区におけるブロックローテーションの様子
中央道路左側は水稲を、右側はダイズが栽培されている。

伊達地区 畑ワサビ出荷再開へ

ワサビには水中で栽培する沢ワサビと、畑に定植して栽培する畑ワサビがある。福島県伊達市の月舘・霊山地域の山間部は夏期でも冷涼で日当たりも少なく、畑ワサビの栽培に適している。昭和50年代から本格的な栽培を始め、東北地方有数の畑ワサビ(花・葉ワサビ)の産地として名高い。JAふくしま未来伊達地区(当時・JA伊達みらい)の販売額は年間1億円にも達する基幹品目だったが、原発事故で当時の国の暫定基準値を超える放射性セシウムが検出されたため出荷停止となっていた。このため筆者らは、JAふくしま未来や市、県と連携して、畑ワサビの出荷再開を目指した放射性セシウム吸収抑制対策試験を行ってきた。

伊達市の月館・霊山一体には、まさ土(花崗岩風化土壌)が広く分布している。この土壌は砂質で水はけがよい一方で、陽イオン交換容量(人間に例えると胃袋の大きさようなもの)が小さく、酸性化しやすい特徴を持っている。さらに、この地区のワサビ畑の土壌は、放射性セシウム吸収抑制対策で重要となるカリ肥沃度が低い状態だった。農芸化学科土壌肥料学研究室(旧・生産環境化学研究室)では、水稲の放射性セシウム吸収抑制対策として、製鋼スラグ、カリ肥料、ゼオライト(土壌の胃袋を大きくする資材)の効果に着目し、研究を行ってきた。そこで、水稲を用いた試験を応用し、出荷制限のかかる畑ワサビにおいてもこの方法による放射性セシウム吸収抑制を試みた。

研究室として試験を始めた2014年度は、山林内にある既存のワサビ畑で試験を実施した。畑ワサビは株を数年に一度植え替えて栽培を続けていくが、汚染された株を用いた栽培では出荷再開は困難であり、非汚染株の新植が必要だった。その一方、これまで新植から収穫まで1年以上の栽培期間が必要だったが、土壌肥沃度を改善することで生育は向上し、新植後約半年で収穫可能な大きさまで成長した。しかし、山林内での栽培は落葉や降雨が原因と考えられる再汚染があったため、山林内での栽培を断念し、次年より山林から離れた開けた平地において、表土はぎ取りや土壌改良、遮光資材を用いて畑ワサビの生育改善や放射性セシウム吸収抑制対策の検討を続けた。平地では、高温や強い日差しに対応した、遮光処理と灌水により生育不良は著しく改善した。さらに、1キロあたり1500ベクレル以下の土壌であればカリ肥沃度を適切に維持することで、放射性セシウムを検出限界まで低下させることが可能なことも分かった。

JAふくしま未来伊達地区本部は、試験を始めてから毎年春に「畑ワサビ放射性物質吸収抑制対策試験結果報告会」を開いてきた。参加者は畑ワサビ生産農家、福島県職員、JA職員、資材メーカーなどで毎年50人を超えた。質疑では、ベテラン農家から「試験品種のような甘いワサビを栽培して誰が食べるか!」など、伊達産畑ワサビへのこだわりや出荷再開への切なる思いを聞くことができた。

4年間の研究成果から、昨年3月には「県の定める管理計画に基づき管理される畑ワサビ」という条件下で7年ぶりに出荷制限が解除された(図2)。しかし、安定した出荷体制につなげていくには、土壌養分の徹底的な継続管理による放射性セシウム吸収対策が不可欠で、そのためには生産者が土壌診断に基づく施肥管理をすることが要となる。

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(図2)7年ぶりに出荷が再開された伊達市産の花ワサビ

試験研究を超えた取り組み

東日本支援プロジェクトでは、さまざまな分野での復興支援を行ってきたが、その一環として、伊達地区では地元農家やJAなどと協力し、畑ワサビ以外にも水稲、モモ、カキ、ダイズなどへの放射性セシウム吸収抑制対策に取り組んできた。それらの対策が功を奏し、現在では農産物の出荷量も回復しつつある。基幹品目のモモやキュウリの出荷量も増えてきたが、その反面、人手不足が深刻になってきた。そこでプロジェクトの新たな活動として、2015年からモモとキュウリの出荷繁忙期の8月に、東京農大生による「ふくしま復興応援隊」を募集し、学生を約1週間、モモの出荷場などへ派遣している。2018年には100名の学生が参加した。また、相馬市との取り組みでは、復興水田から収穫された「相馬復興米」を東京農大の学園祭(収穫祭)で販売したり、相馬産農産物のPRを実施している(図3)。こうした活動は、学生にとって実際の生産現場を理解する良き機会となり、また研究活動に向かうきっかけ作りにもなっている。2018年には、JAふくしま未来と相馬市は東京農業大学と連携協定を締結した。今後も我々は、教育研究において相互に協力し合い、震災からの再建支援を続けていく。

(図3) 東京農大生、JAふくしま未来職員、相馬市役所職員による収穫祭での農産物販売やPRの様子

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