東京農業大学

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教員コラム

おいしさを視覚化 官能評価センサーを活用

2018年11月16日

生物産業学部食香粧化学科 教授 佐藤広顕

東京農業大学では日本ではじめて食・香・粧を総合的に学べる学科を開設したが、食品香粧学の認知度はまだまだ低い。そこで、一般向けには香粧への興味・理解を深めてもらうため、香りを体験できる講座を開催。一方で、これまで人の官能評価に頼ってきた美味しさ評価に、各種官能評価センサーによる測定・解析を加え、美味しさを視覚化する研究に取り組んでいる。

食+香粧、日本初の学科開設

科学技術の発展に伴い、私たちの生活は大きく変貌し、物質的には豊かで快適な生活をおう歌しているものの、精神的にはストレス過多となっている。また生きるために必須な食を取り巻く環境も大きく変化し、食が必要とされる栄養補給としての一次機能、嗜好性に関する二次機能、そして生体調節に関する三次機能だけでは、今後ますます変化する人々の健康維持・管理への対応が難しくなってきた。そのような中、人の体の内部から健康をサポートする食と外部から美と健康をサポートする香粧の連携、即ち、インナービューティーとアウタービューティーの相互連携の重要性が提唱され始め、2010年度、東京農業大学生物産業学部はそれまでの食品科学科を改組して日本初の食・香・粧を総合的に学べる食品香粧学科(今年4月から食香粧化学科に名称変更)を開設した。

しかし、研究・産業分野ではよく知られた「香粧」の言葉だが、改組当初、一般の方には「こうしょう」と読んでもらえず、言葉の説明から入ることが多かった。一方、我々の生命維持のために必要な摂食行動では、食べ物の情報を目(視覚)、耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、口(触覚)、舌(味覚)の五官すべてで感じ取り、美味しさを認識している。五官で感じる情報の内、嗅覚と味覚はある化学物質を媒体として感じる化学的刺激であり、他の感覚はいずれも刺激が直接各感覚器官に作用する物理的な刺激である。「百聞は一見にしかず」とのことわざの通り、全情報の内、約8割が視覚からの情報との研究もある。従って我々人は、摂食行動を通じて無意識の内に膨大な情報を蓄積し、認識しているはずである。

「食品香粧学」の認知度アップを目指して

そこで食品香粧学の認知度を上げる取り組みを始めた。まず一般向けには、香粧への興味・理解を深めてもらうため、本来、高度であるが身近な食の美味しさについて解説する。さらに研究面でも、食の美味しさの評価で欠くことのできない官能評価の客観性向上の為、官能評価に成分分析と官能評価センサーの各データを統合した解析システム(図1)によって、種々の食品素材から製品群までを対象に、生産者から各製造メーカなどと協力して、本学科のコンセプトの理解を深める取り組みを試みた。

一般向けには、「美味しさと香り~香りの不思議な世界~」と題した講演会を毎年、北海道オホーツクキャンパスの内外で開催。中学、高校、時には他大学や社会人、生涯教育機関など幅広い年齢層の方々に参加してもらっている。種々の香りをかいでもらう体験的講座のため、年齢を問わず、興味や理解度は高い。

一方、食品の美味しさは、最終的には人の五感によって判断する官能評価に依存する。今日の官能評価は、パネラー(評価者)の官能的感覚による客観的(分析型)評価法が一般的だが、その評価基準は、パネラーの嗜好や感情、また表現などの変動要因が多いことから、機器による客観的な評価が模索されている。フランスのAlpha M.O.S社で開発された高解像度CCDカメラを搭載したビジュアルアナライザー(IRIS)、金属酸化物半導体センサーを用いたにおい識別センサーシステム(FOX)ならびにCHEMFETセンサーを用いた電子味覚システム(ASTREE)を用いた評価法が着目されている。
日本には国内外から高い評価を受けている農畜水産物やそれらを原料とした多くの加工食品が存在する。また日本の優れた育種技術によって次々と多くの品種が創出されている。さらに、食の多様化から様々な食材が世界から輸入され、利用されている。しかし、多様化する一次産品や加工食品の特徴を、美味しさの視点から客観的に評価・比較している例は少なかった。また2013年12月には「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録された。これを受けて日本政府は、種々の日本産食材の輸出促進策をスタートさせ、その一環として日本産食材のデータベース化を進めた。

図1 解析システムの全体イメージ。本システム以外の情報も用いることでマーケティングにも活用が可能。

美味しさの視覚化の取り組み

そこで、私たちの研究室は、農畜水産物から加工食品までを対象に、①各種官能評価センサーで品目ごとに測定・解析し、色彩、香りおよび味の各項目での相違を明らかにする②品目ごとに人による官能評価を実施し、官能評価センサーとの相関を解析する③品目の各種成分分析で、美味しさに影響する成分を検討し、①~③の各項目を総合的に解析し、各種食品における美味しさの評価を試みた。

例えば日本人が好きな果物の一つ、イチゴ。約10年でその主要生産品種が入れ替わるほど各県の試験場が競って品種改良に取り組んでいる。そこで現在の主要品種について、IRIS、FOX並びにASTREEの各官能評価センサーで分析・解析を行った。市場評価の高い「とちおとめ」と「あまおう」は、IRISでの色彩、FOXでの香気は共に近似していた。更にASTREEでの味覚解析(図2)では、両品種の主成分分析において、非常に隣接した位置にプロットされた。市場から高評価を得ているこの2大品種は、官能評価でも近似した数値を示し、官能評価とセンサー評価間には高い相関が示された。官能評価センサーは万能ではないが、測定条件等の工夫によって多様な対象物への応用の可能性が高まり、これまで人の官能評価に頼ってきた食の美味しさの評価の手法に新たな可能性が示された。

国際的な美味しさを比較へ

国際化がめざましい速度で進行し、世界の様々な地域で種々の食品素材や各種料理の消費拡大が進む現在、美味しさの視覚化(数値化)による客観性の向上は、諸外国でも重要な課題となっている。そこで私たちは今、海外の連携協定大学やその関連機関とも協力し、その対象を東南アジアから極東エリアにわたる広範な地域で解析を試みることで、国際的な美味しさの比較・解析を進め、民族的な嗜好の相違などの解析データを各種マーケティング情報へ利用するなど、その新たな活用方法についても研究を始めている。

図2 ASTREEにて測定した各種イチゴの味覚解析の主成分分析結果(各イチゴの味の比較)

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