東京農業大学

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教員コラム

研究成果を畑に返す農大和牛

2018年10月30日

農学部動物科学科 教授 岩田尚孝

学生とともに行っている研究によって得た技術を活用し、畜産物をつくるプロセスを体験するため、和牛を作っている。黒毛和種の卵子と褐毛和種(赤牛)の精子による体外受精卵を研究室で培養して凍結し、東京農大富士農場で移植。生まれた子牛がどのような牛肉になるのか、来年の後半にはわかるが、携わった学生はこの赤黒牛の牛肉を格別に感じることだろう。

座学、研究そして実学体験

東京農業大学の研究室では、様々な研究が行われています。その多くは教員が獲得したグラント(研究費)や年来のテーマに沿った研究であり、学生はこれに参加しています。ここで学生達は、課題に沿った問題点を見つけ、解決方法や検証方法を学び、考え、時には独創的な手法を用いて実験します。そしてその成果を国内外の学会や論文で公表するという素晴らしい(誇らしい?)体験をします。この体験は社会で仕事に向かい合ったときに、自ら問題点を考え、検証し、解決していくときに、非常に役に立ちます。大学で学ぶ座学にこの体験が、加われば、より"役に立つ"若者になります。そして、もう一つ大事な視点は、我々が研究して獲得した技術や知識が実際に活用されている現場を知ることです。これが私達の掲げる実学であると思います。研究室の中で完結している過程を現場で追体験することは若者の"役に立つ"度合いや経験を飛躍的に向上させます。

私の所属する動物生殖学研究室では、現在は細胞や生殖細胞の老化現象やマイクロRNA(RNAの一種で遺伝子発現を調整します)を研究対象にしているのですが、学生達は卵を発育させ胚を作製し、移植して子供を得るプロセスを対象に、問題点を見つけ日々研究を行っています。研究で得た知見や技術の成果は毎年論文として出ていきますが、これらの技術を活用して畜産物をつくるプロセスを体験するため、和牛を作っています。

学生が作る農大赤黒和牛

和牛の話を少しします。わが国には4種類の和牛がいます。皆さんが一般的に高級な"お肉"として食べているは黒毛和種です。戦後しばらくは、農耕牛が第二の人生としての肥育牛になっていましたが、今では世界に冠たる高級和牛"WAGYU"です。和牛の肥育は、非常に高度な経験と計算に基づく方法であり、肥育素牛(子牛のこと)は年来の育種のたまものです。さらにこの和牛は世界に日本の文化や食を発信する重要な農産物で、わが国も増産に取り組んでいます。一方、大学でこのような和牛を作製し、学生の現場体験の延長上の技術で農家と勝負するにはかなり無理があります。一方で、和牛の使用状況と牛肉をさらに詳細を見てみると、まず肥育のプロセスには大量の輸入飼料が使われています。さらに緑の草を減らして栄養価の低い繊維(藁)を与えていますがこれも輸入飼料です。和牛の肉は、あまりに脂肪交雑の度合いが高く、しゃぶしゃぶのように脂肪分を適度におとすと沢山食べれますが、値段も高いですし、私のような太めの男が"がっつり"食べるには「すこし脂が多いかな?」と感じます。そして、もう少し自然で、脂と赤身の割合が程よく、国産で安く食べれる牛肉はないかなと思うことがあります。

現在、東京農大富士農場では、遺伝的に優秀な黒毛和種が沢山繫養されていますが、広い牧草地でふんだんに取れる良質なサイレージは肥育牛の餌には向いていません。そこで、黒毛和種を繁殖牛(子牛だけを生産する牛)として飼養しており、子牛は一般に出荷されていまが、せっかくの東京農大の和牛なのに店頭ではこれは東京農大の和牛ですと高らかに謳うことができていないというジレンマもあります。

いまお話ししたような背景の下、学生達と和牛を作り、牛肉を店頭に出して、消費者に味わってもらうにはどうしたらよいでしょうか。私の研究室では次のような受精卵を作っています。母方は食肉センターにて回収した黒毛和種の卵巣から採取した卵子です。父方は褐毛和種(熊本や高知にいる赤牛のことです)の凍結精液を使います。褐毛和種も和牛ですから、黒毛と褐毛、両者の子供も和牛です。さらに褐毛和種は粗放な環境で粗飼料の利用がいいことや脂肪交雑よりもやや赤身が多いことが特徴です。この体外受精卵を研究室の方法で培養して凍結し、富士の農場で移植しています。生まれた子牛には農場で収穫した牧草で作成できる干し草やサイレージを食べさせ、輸入飼料の量を減らしつつ出荷しようと考えています。どのような牛肉になるのか、来年の後半にはわかると思います。これに携わった学生は、自分たちの赤黒牛の牛肉を格別に感じるはずです。

東京農大には農家の子弟が多く、卒業後、繁殖農家、酪農家、肥育農家、肉屋さん、そしてステーキレストランなどの畜産関連産業の経営者として頑張っている卒業生が非常に多くおられます。東京農業大学という名は我々が考えるよりもブランド力が高く、うまく連携をすれば、商標登録した話題の商品を消費者に届けることが可能であろうと思います。これは学生の教育だけでなく大学のブランド力を底上げし、より魅力ある学びの場になるのではないかと確信しています。

ただ、牛は妊娠から分娩に一年、肥育に二年半かかります。継続して社会に仕掛け続けるには気の長い戦略が必要です。とりあえず来年の牛肉をご賞味あれ。

富士農場で飼育している和牛。手前の2頭が農大和牛。奥の牛はその母牛。

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