東京農業大学

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教員コラム

新しい動物資源生産への挑戦 ~エゾシカとエミュー~

2017年12月1日

生物産業学部生物生産学科 助教 大久保 倫子

エゾシカについて

 北海道では野生のエゾシカを見かけることは珍しくない。エゾシカは北海道のみに生息する草食動物で、オスの場合は最大で体長190cm体重150kgに達する。本州に生息しているシカと比べ体が大きく、本州から来た人は驚くが、エゾシカはニホンジカの亜種であり、同一種である。明治初期の乱獲や大雪などの影響で、野生エゾシカは一時、絶滅寸前まで激減した。しかしその後の保護政策により、ここ30年ほどで急増し、分布域を拡大している。2016年度には、北海道全域に生息するエゾシカは45万頭と推定されている。ピーク時よりは多少減ったが、シカによる農林業被害は依然として約40億円発生しており、野生鳥獣による被害の8割を占める。農作物だけでなく、山林における樹皮食害、自動車や列車との交通事故など、人間への影響が大きな問題となっている。そこで北海道は全国に先駆け、シカの個体数管理と捕獲したエゾシカの有効活用に取り組んできた。有効活用の一環として、大型の囲いわなを用い、生きたままシカを捕獲し、捕獲したシカを一時的に牧場で飼育する一時養鹿事業が行われている。北海道庁は野生動物であるエゾシカを安心して食肉として流通させるために、いち早く「エゾシカ衛生処理マニュアル」を策定した。HACCP(ハサップ)というより安全な食品を提供するために考えられた衛生管理システムがある。現在、このHACCPの手法を取り入れた北海道独自の衛生管理認証制度、北海道HACCPを導入した食肉処理施設を併設したエゾシカ牧場により、衛生かつ安全で、品質の保証された鹿肉が供給されている。これらの取り組みから、北海道の大型スーパーでは、牛肉、豚肉、鶏肉、ラム肉に並んでエゾシカ肉のパックが販売されている。


オホーツクキャンパスでの取り組み

 東京農業大学北海道オホーツクキャンパスの生物産業学部では、エゾシカを新たな動物資源ととらえ、エゾシカの生態調査や有効活用に関する研究を進め、北海道のエゾシカ対策事業に貢献してきた。エゾシカを題材に特色ある講義にも力を入れており、2007年度に採択された文部科学省の現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)の支援を受け開始した「エゾシカ学」は、現在も創生型科目の一講座として継続している。学内外の講師が様々な視点で、エゾシカの生態、有効活用の取り組み、エゾシカ牧場の運営、エゾシカ肉の活用、ニュージーランドでの鹿活用の取組みについて講義している。また、1989年の生物産業学部開設当時より、エゾシカの研究を開始しており、全国的に見ても数少ないエゾシカを飼育できる研究施設を有するまでに発展している。長年の飼育を通じて、臆病で神経質な性質をもつエゾシカを安全に飼育するための飼育管理技術を蓄積してきた。

 この研究環境を活かし、道内の企業が開発した4色のLED光と音を使ってシカを畑から追い払う鳥獣忌避装置の効果検証実験に協力する機会があった。人では色彩の持つ心理効果が研究されているが、動物ではそもそも色覚についてはっきりとわかっておらず、4色のLED光の効果は不明だった。飼育中のエゾシカを利用した新しい研究をしようと思案していた頃、網走市のハンターと話をする機会があった。ハンターは狩猟時には誤射を防止するため、人からよく目立つようにオレンジ色のベストを着用する。ハンターはシカから自分たちがどのように見えているのか関心があり、シカはオレンジ色が見えないのではないかと考えていた。シカはどのように世界を見ているのだろうかと考えたことが、色覚を研究するきっかけとなった。


エゾシカの行動学的研究

 目の網膜には、明るさを感知する桿体細胞と、色を感知する錐体細胞の2種類の視細胞が存在する。私たちヒトは、赤・青・緑の3つのタイプの色を感じとる錐体細胞を持つ。そのため、ヒトはフルカラーで物を認識することができる3色型の色覚を持っている。しかし哺乳類全体で見ると、3色型色覚を持つ種はヒトと一部のサル類だけであり、非常に稀である。エゾシカを含む有蹄類の仲間は、電気生理学的研究によれば、青色と緑色の2種類の錐体細胞しかないことが報告されている。しかし色覚は感覚であることから、感覚の受容細胞である錐体細胞の存在だけでは色覚の証明とはならない。そこで行動学的アプローチを用いてエゾシカは何色を識別することができるのか調べることにした。

 まずエゾシカが行動実験に適応できるように、なれさせるトレーニングを行った。北海道オホーツクキャンパス内のエゾシカ飼育施設の一角に実験装置を設置し、行動実験を行った。実験装置内にトレイを2台設置し、トレイ上に色刺激として、直径12㌢の円形のパネルを提示した。色は「色相・明度・彩度」の3つの属性で表される。色相だけでなく、色の明るさや鮮やかさを表す明度や彩度を考えると、ヒトの目は数百万色を識別できると言われており、一言に青といっても様々な青がある。そこで色の表現方法としてマンセル表色系を用いた。明度と彩度を統一し、色相のみを変化させた青色、白色、黄色、緑色、青緑色、ピンク色、青紫色の7色を使用した。エゾシカが自ら装置内に入り、提示してある2色の色刺激のうち青色を選択するように学習させた。正解の場合、報酬として飼料を与えた。

 北海道オホーツクキャンパスには5頭のエゾシカが常時飼育されており、そのうちの3頭のエゾシカで実験したところ、エゾシカには識別できる色とできない色が明らかになった。青色と黄色や緑色は問題なく識別できたが、青色とピンク色や青紫色は識別できなかった。青緑色に関しては個体ごとに結果が異なり、色の識別能力には個体差があることが示唆された。過去の研究では、シカは色覚を利用し餌となる植物を視覚的に識別できるという報告もある。まだ実験途中だが、色覚特性が解明されれば、シカの忌避や誘引などの技術に応用できるかもしれない。


エミューの産業化プロジェクト

 その他の新規動物資源の開発として、学科内の複数の研究室や学部横断的にエミューの産業化プロジェクトも進めている。エミューはオーストラリア原産の鳥類で、環境適応能力が高く、真冬の網走でも屋外飼育が可能である。また雑食性で、温順な性格から飼育が容易で、生産物の中でも脂肪から抽出されるオイルは化粧品の原料として利用価値が高い。現在、網走市内のエミュー牧場には1,000羽を超えるエミューが飼育されている。

 一方で北海道は有数の農業地帯であり、作物副産物や食品製造副産物が発生しやすい環境にある。そこで地場産の規格外野菜を代替飼料とすることで、規格外野菜の廃棄量や飼料コストを抑える取り組みも行っている。特に注目しているのがニンジンである。ニンジンは水分含量が多く長期保存できないことから、ニンジンにフスマを混合し、サイロ内で乳酸発酵させて貯蔵した飼料、サイレージとして調製している。さらに、近隣のデンプン工場から排出される副産物のポテトプロテインを混合することで、より高栄養価のサイレージ調製を試みている。こうして調製されたサイレージは、乳牛は勿論のことエゾシカやエミューの飼料としても活用できる。今年も1400kgの規格外ニンジンからニンジンサイレージを調製した。ニンジンを細かく刻む作業は研究室総出で行う一日仕事である。和気あいあいとニンジンを刻む学生たちと、今年も良い飼料が完成することを願いながら、改めて家畜の能力を最大限に生かすための飼料の重要性を実感した。

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