東京農業大学

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教員コラム

食育は地域社会の連携で

2010年10月15日

国際食料情報学部食料環境経済学科 准教授 上岡 美保

農業の大切を知る効用も

わが国の食生活は、社会環境の変化に伴って大きく変化してきた。例えば、栄養バランスの崩れや孤食・個食・欠食といった食事状況の悪化、食品ロスの増加、農と食の距離の乖離、そして食料自給率の低下等、実にさまざまな問題を抱えている。こうした状況下で、2005年7月には「食育基本法」が成立し、「食」に関する教育の重要性が改めて示された。ここでは国民の食生活改善にどう取り組むべきか、また、食育を実践することの社会的意義は何かについて考えたい。

 

2010年子どもの食生活

「食育基本法」が施行される以前の2001年、日本フードシステム学会は「2010年食品産業の展望と課題」プロジェクトに取り組んだ。その中で、著者も調査に関わった「食生活・外食分科会」(代表谷野陽)は、食の専門家(食品企業、農業団体関係者や、研究者やジャーナリスト等)を対象に、2010年の食生活予測調査を行っている。本調査結果から、団塊三世世代(平成10年生まれ前後の子ども)の食生活予測結果についてみてみる。  まず、加工食品と外食に関する項目では、「ハンバーガーなどのファーストフードが大好きである」、「カップ麺などのインスタント食品をよく食べる」などいずれの項目も増加の可能性が指摘されている。こうした食の「外部化」は、調理技術の低下を招くだけでなく、農産物や農業に対する関心の薄れとなり、結果的に食品ロスの増加につながりかねない。

また、主食や食事内容に関する項目では、「朝食と夕食はご飯を食べる」や「和風の味付けの魚と野菜中心の料理が好きである」可能性は低いと評価されている。逆に、「エスニック、国籍不明の味付けに慣れている」や「丼物、チャーハン、混ぜご飯など、主食とおかずが一緒になった料理が好きである」可能性が高いことと併せて、「主食・副食という概念がなくなる」可能性が高いと評価されている。つまり、近い将来である2010年の子どもの食生活において、米食の減少と魚や野菜、いわゆる和食に対する疎隔、主食・副食の概念の欠如の可能性が指摘されており、子どもの栄養の偏りが将来に渡って続く可能性があることを示唆している。加えて、「塾や部活、習い事などの関係で1人で食べることが多い」可能性から、子どもの孤食が将来にわたっても増加する可能性も指摘されている。以上の結果からみても、何故今食育が必要であるのかが裏付けられている点が多い。

 

家庭の教育力の低下

本来、食育は家庭で行うべきことであるが、「食育基本法」の制定は、家庭内での食の教育力低下という現状をうけてのことでもある。今後は、各地域で食育への具体的対策が行われることが予想されるが、どのような主体が食育を実施していくのが望ましいのだろうか。  そこで、2005年11月、福島県A町において食育に関する住民の意向調査を行った。その結果、食育を実行する上での各主体の重要性についての質問で、最も重要な主体とされたのは、やはり「家庭」であったものの、次いで、「地域の諸団体の連携」、「学校」での食育が重視されていた。つまり、家庭における食に対する教育能力低下の現状を考えれば、特に子どもの食育の普及及び定着には、家庭はもちろんのこと、行政、学校、地域の各諸団体との地域内連携が重要であるといえる。

 

食・農・環境と食育の関わり

食育に期待されることは、単に食生活や栄養改善だけではない。食と環境との関連で、例えば食品廃棄について考えてみる。食品廃棄物は産業廃棄物(製造段階での動植物性の残渣)、一般廃棄物(流通、外食、家庭での食べ残し、残渣等)に大別され、全体では年間約2,000万t近くが排出されている。 中でも家庭系からの廃棄量は全体の6割近くにも及ぶ。いわゆる食品ロスである。食品ロスが問題なのは、家庭から出る生ゴミの約98%が埋立・焼却処分されているからだ。つまり、食べ残して廃棄すればするほど、ゴミの量が増加する。その結果、処理の際の二酸化炭素排出量が増えることになり、その分、地球環境に負荷を与えることになる。食品ロスは、農や食に対する消費者の意識の低下から生じるものであり、それを抑制するためには食育が有効な手段となる。

また、食と農との関連でみてみる。食料の生産と消費が関わる指標としては、食料自給率が挙げられる。食料自給率の低さはわが国にとっても深刻な問題である。食料自給率は、「国内生産量/国内消費仕向け量×100」として算出されるが、自給率向上には二つの方法しかない。・分子が一定であれば、分母を小さくする。・分母が一定であれば、分子を大きくする。

前者・の方法を考えてみる。分母の国内消費仕向け量は、「実際に消費された食料+消費されなかった食料(食品ロス)」から成る。つまり、・のためには、食料ロスを減らして(それによって輸入依存部分も減らす)分母を小さくすることである。また、後者・の方法を考えてみる。・は分子を大きくするということであるが、日本の食料生産の現状を考えると、単に生産量を増やすことは困難である。分母の国内消費仕向けを別の視点でみてみると、我々の消費は「外国産+国産」で成り立っている。国内生産を活性化するためには、消費者のニーズを外国産から国産へとシフトさせる。つまり、消費者の国産志向を増大することで、国内生産を活性化できるのではないかと考えられる。いずれにしても、食品ロスを軽減するためにも、消費者ニーズを国産にシフトするためにも、食育が必要なのではないか。

 

食をめぐる諸問題解決へ

前述のA町の調査では、有効な食育が行われた場合に期待される効果についての質問も行っている。期待される効果についてみると、「栄養バランスが良くなる」「生活習慣病が減る」といった栄養改善への直接的な効果はもとより、「子どもの精神状態が安定する」「心の豊かさを養う」といったメンタル面改善の期待も高かった。  また、「食料や農業の大切さを身に付ける」「地元あるいは国産の農産物を大事にする」「食品選択の知識を得る」といった食料や農業の大切さを身に付けるといった今後の農業の見直しが期待できるとする項目についての評価も高くなっていた。以上の結果は、食育が食をめぐる諸問題解決の有効な手段として期待できることを示すものである。

政府は食育推進にあたって、2010年までの具体的目標値を発表している。しかしながら、その実現のためには、国民各自の努力だけでなく、各地域のあらゆる主体間での地域内連携が必要である。調査結果からみられたように、食育が有効に推進されれば、食生活改善・栄養改善といった直接的な効果だけでなく、日本の抱える農業問題、さらには環境問題についても解決の糸口をつかむことが期待されるのである。

 

【参考・引用文献】 谷野 陽『2010年の食生活』農林統計協会,2003年

上岡美保「日本の食生活を構造的に分析する」『農業と経済』昭和堂,2005年10月号 上岡美保「食育推進における課題と食育への期待」『農業構造改善』日本アグリビジネスセンター,2007年2月号

◇親子の食育のための本を出版しました。 上岡美保・大森良美著『スーパーの生鮮食品がお店に並ぶまで図鑑』自由国民社,2007年

 

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