東京農業大学

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教員コラム

米粉パンが日本の農業を変える?!

2014年1月20日

応用生物科学部食品加工技術センター 准教授 野口 智弘

はじめに

ここ数年、「米粉パン」というフレーズを耳にすることが多くなったと思う。これは、農林水産省が日本の食料自給率向上を目指し「食料自給率向上に向けた国民運動推進事業」の一環として「フードアクションニッポン」を立ち上げ、平成32年度までに食料自給率を50%までに引き上げることを目標に掲げたことに起因している。この中で、米粉の消費量を平成20年時の0.6万トンから、平成32年までに年間50万トンに増加させることを目標としている。つまり、米粉を消費して食料自給率の向上を目指すということである。
では、この50万トンがどのくらいの量であるか想像できるだろうか。日本国内での米の消費量は約800万トンであり、小麦粉の消費量も約600万トンである。どちらに対しても10%に満たない数字ではあるが、飽和状態である主食穀物の消費をこれだけ増加させることは非常に難しい話である。このため、現在そのほとんどを輸入に頼っているパン用小麦粉を米粉に切り替え、消費拡大を目指した結果、米粉パンが市場に誕生した訳である。
このような背景の中、本学と東京都立食品技術センターおよび民間企業3社で産官学連携研究会を立ち上げ、米粉消費拡大に向けた米粉パンの開発に取り組んでいる。

 

米粉パンの難しさ

本来パンは小麦粉からしか作れないものである。これは、パンの製造に欠かせない「グルテン」と呼ばれるタンパク質が小麦粉でのみ形成されるからである。「グルテン」とは小麦粉に水を加えよくこねることによって「グリアジン」と呼ばれる粘性の強い小麦粉特有のタンパク質と、「グルテニン」と呼ばれる弾性に富んだこちらも小麦粉特有のタンパク質が水和して形成される複合タンパク質である。この「グルテン」は非常に粘弾性に富んだタンパク質でパン酵母の発酵によって生成する炭酸ガスを保持する役割を担い、パン生地の膨らみに対し非常に重要な働きを担っている。米粉には「グルテン」は存在せず、このためガスを生地中に保持することができずまったく膨らむことはない。
では、現在市場で流通している米粉パンとは、どのようにして作られたものだろうか。
一つは、小麦粉の数%を米粉に切り替えたものがある。これは、原料のほとんどが小麦粉であることからパンの膨らみなどに大きな影響を与えず、良好なパンが形成される。しかしながら、米粉の消費量が少なく、消費の拡大に寄与できるものではない。
これに対し、小麦粉を用いず米粉のみで作られているパンがある。当然、米粉だけでは膨らむことができないため、小麦粉より抽出した「グルテン」を米粉に対し20%程度添加して作られている。このタイプのパンでは、米粉の大量消費が期待されるが、風味が通常のパンと大きく異なることからパンの消費が拡大しておらず、結果的に米粉の消費拡大につながっていない。
そこで両者の中間的なもの、すなわち米粉を20〜50%程度使用して、さらに「グルテン」を添加して作られているパンがある。このタイプのパンは、食味も小麦粉のパンに近く、かつ米粉パンの特徴と言われる「モチモチ」した食感が感じられる。また米粉の添加量も多いことから米粉の消費も期待できる。しかし、消費拡大を目指すためには大規模機械生産を行う必要があるが、連続式の工場生産現場での米粉の添加は、現状20〜30%が限界である。米粉を50%程度添加されている米粉パンは存在しているが、多くはリテールベーカリーの職人の手作りが成せる技である。前述の2種の米粉パンに比べれば、米粉の消費が多いものではあるが50万トンの消費を目指すためには、やはり大規模機械生産で米粉の添加量を50%程度まで引き上げる必要がある。

 

大規模機械生産に向けた取り組み

そもそもなぜ米粉の添加量が増えると大規模な連続機械生産が難しくなるのか。それは、米粉の粒度と損傷デンプン量が関係している。
米粉は従来、上新粉と呼ばれ、粒度が約100〜120μm程あり、小麦粉の粒度より若干大きかった。そこで我々は、米粉を水に浸漬・撹拌し粒度を細かくすることで米粉パンの膨らみが大きく改善することを見いだした(特開 2011─206038 米粉を主体とするパン類の湯種及びその製造方法並びにパン類及びその製造方法)。この事例に追随するように、ここ数年で製粉機械技術が向上し、製粉の段階でより細かい米粉が製造できるようになった。現在、米粉パンに用いられている主流の米粉は30〜50μmと非常に細かい粒度を示している。
また、損傷デンプン量は生地中の水の吸収に大きく関与している。従来の米粉は、ロール式粉砕法を用いるため、米粉に非常に大きな力が加わりデンプンの損傷度合いが大きくなることが知られている。損傷デンプンが多いと生地中で水を多く吸収し、生地が非常にベタついてしまい製パン性が低下する要因となる。しかし、近年普及が進んだ気流粉砕式製粉機を用いることで損傷デンプン量が著しく抑えられるようになった。このことから生地のベタつきが抑えられ、良好なパンが製造できるようになってきた。
さらにもう一点重要なファクターがある。それは「グルテン」である。米粉を50%添加することは、含まれる「グルテン」も半量になってしまうことになる。これを補うため、小麦粉より抽出した「グルテン」を添加して製パンを行う必要があるが、単に「グルテン」だけを加えてしまうとパン生地の物性、特に弾性力が強くなりすぎ、逆に製パン性が劣ってしまうことが分かってきた。そこで、小麦タンパク質中で粘性を示す「グリアジン」を「グルテン」とともに併用することで生地に適度な粘性が生まれ、伸展性に優れたパン生地が形成し、良好な米粉パンが製造できるようになった。
このように、さまざまな要因を改善して開発した米粉パンであるが、平成25年度のホームカミングデーでの試験販売や学校給食への試験提供など実用化に向けた取り組みが進んでおり、これからは普及に向けた活動を加速させていく予定である。

 

小麦と米の配合パンで地産地消

米粉パンの目的が、コメの消費拡大そして自給率向上に寄与するために進められてきたことは冒頭に示すとおりである。我々が本研究を行うに当たり目標にしているもう一つのキーワードがある。それは、この技術が日本全国に広まることである。また、米粉とともに用いる小麦粉を国内で栽培可能なめん用小麦を用いることで、その地域で生産された小麦と米を用いたパンを生産し「地産地消」を目指している。
日本の多くの地域では、夏に米、冬に小麦といった二毛作が可能である。しかし、小麦の消費先が期待されないことから、多くの水田で冬の小麦生産が行われていない。現在、北海道を除く地域での小麦の生産量は年間約25万トンである。一方で、国内におけるパン用小麦は99%が輸入であり、年間約150万トンの消費がある。仮に米粉の消費50万トンを全て本研究によって創成された米粉50%パンに用いるとして、さらに使用する小麦粉を国内産小麦に切り替えたとすると米粉と同量、50万トンの国内産めん用小麦粉の利用が新たに生まれることになる。これは現在の小麦の生産量を3倍に増加させる効果を生み、約7万haの農地利用が見込まれる。この数字は、現在問題となっている耕作放棄地の約2割に相当する。
あくまでも机上の空論であり、価格の面など克服していく課題はまだまだ多い。しかし、自給率向上またフードディフェンスの観点からも、主食作物を主食として消費する形態で消費拡大をすることが、これら問題に対し最も効果的であり、米粉パンはこれに合致した食品であると考える。


 

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