東京農業大学

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教員コラム

被災地へのインセクトテクノロジー:文化をまとったものづくり

2013年10月31日

農学部農学科 教授 長島 孝行

インセクトテクノロジーは、私の造語で、昆虫などの生き物の機能性やナノレベルの構造、個体の習性などを社会に生かすというもので、自然などの再生可能資源と経済を両立させようというテクノロジーのひとつである。
私は2005年にニューシルクロードプロジェクトを発表した。桑栽培から製糸に至るまで、世界一の技術を持ちながら、衰退する日本の養蚕業を救うために立ち上げた。桑やくず繭、くず糸の有効利用、廃棄絹製品のプラスチック化リサイクル、家蚕以外の昆虫からのシルク利用など、幅広い観点からシルクを見つめ直し、新しい資源として利用するプロジェクトである。震災後、プロジェクトの一環として私たちは宮城県の海岸近くの津波跡地に桑の苗を植えた。
また、1997年からカブトエビ農法を利用した無農薬米づくりにゼミの学生たちが埼玉県秩父市吉田地区を中心に取り組んでいる。この学生たちと地域住民の長年の活動でこの地域は平成21年度豊かなむらづくり全国表彰事業で農林水産大臣賞を受賞した。今年は福島県矢吹町にも水田にカブトエビの卵をまいた。

 

除塩しない津波跡地への桑植え

2012年6月、砂場のような畑に桑を実験的に76本挿し木した。500品種以上ある中から塩に強く、挿し木にも強い品種を選び出し、放射能で困っていた福島の養蚕農家から苗を購入した。農薬を使用した桑はカイコの餌とならないため、無農薬で栽培する。また、桑に含まれるデオキシノジリマイシン(DNJ)を消化する酵素を持ち、桑を餌にできる生物はカイコを含めて僅かしかいない。
桑栽培はお金も手間もあまりかからないが、品種や管理方法によってDNJの値は変化する。実験では99%が活着し、その年の秋には葉の収穫までできた。DNJを含有する植物は桑以外では報告がないが、血糖値を上昇させない機能を持ち、糖尿病にも効果があることで知られている。DNJは糖尿病とその予備軍が多い現代人にとっては重宝な植物である。
最近では日本各地で桑のお茶が販売され始めたが、品種や製法がバラバラで、おいしいものではない。水に溶かしても、すぐに沈殿・変色したりするものばかりだ。桑葉は抽出して飲むより、抹茶のようにパウダー化して飲んだり、食品に混ぜ込んだりすることにより、効果がより高くなることも臨床実験で明らかになった。品種と製法を統一すれば、ちまたにあふれる桑との差別化も可能になる。そこで、世界一おいしい独自の桑パウダーづくりに2年かけた。これには岩手の企業に協力を願ったが、その企業が被災企業であるという理由だけではなく、パウダー化技術に飛びぬけて精通していたからである。
今年6月には、仙台の津波跡地に4500本の桑を挿し木した。しかもこの桑苗は全て関係企業数社の寄付である。更に講演やゼミでこの話をしたところ、農大の学生(父兄も含む)、研究室のOB、プロジェクト関係者など計50人が集まってくれた。全て自腹。学生たちは夜行バスで駆け付けてくれた。本当にありがたかった。当日は、朝早くから地元の農家と協力し全員で植樹を行った。
現在私たちは、熊本、鹿児島、南アルプス、新潟、北海道など日本中に品種を限定して、地域に合った桑を植えている。目的は新しい養蚕へのチャレンジの他、桑葉の新しいビジネスモデルを作ることである。本プロジェクトの桑は「+KUWA」と名づけたビジネスモデルの中で、他の桑との差別性を持たせるブランド化を行った。また、地元の産物に混ぜることにより、より新しい地域特産品の生産などを期待している。仙台の桑も六次産業化に向かってほしい。しかし、マーケティングやデザインなどの分野にこれまで関わることがなかった農家による独自の六次産業化は難しいと感じる。だから当面は農家を助け、後継者を作るためにも専門家も加わり、チームを組んで進めることが重要だと思う。
補助金による復興事業ではなく、人や地域が自立するためのアクションこそ、今必要ではないだろうか。

 

福島県矢吹町で「田んぼの学校」を開催

2009年、宮城県東松島の海岸に近い水田の土壌から農薬を除去する実験を実施した。その翌年から、その水田だけにカブトエビが大発生した。カブトエビが1㎡あたり20匹程度発生すれば、ほとんど雑草は生えない。カブトエビ農法のための私の調査地として観察を進めていたが、この水田は津波によりヘドロとがれきに完全に埋まってしまった。
カブトエビ農法とは、カブトエビの一日中土を掘って食餌する習性(雑草の新芽を食べ、同時に水が濁り雑草が生えにくい)と農薬に触れると生きていけない性質を利用したものだ(カブトエビ生育水田は農薬不使用であるとわかる)。産卵は孵化後1週間から始まり14日以内に千個近い卵を土中に産み付ける。卵は乾燥することにより、「クリプトビオシス」という百年も休眠する不思議な習性をもつ。従って東松島での大発生は数十年前に産卵された卵が孵化したということだと思う。同様なことが近年、全国で起きている。農薬に触れなければ、半永久的に再生し続ける生物農薬的な生きものだ。
2007年に、30年先の町の在り方を考えていた福島県矢吹町の野崎吉郎町長(昭和49年度農学科卒業)から、「福島でカブトエビ農法は可能か」という問い合わせがあった。当時、東北には大発生の事例も少なく、カブトエビ農法の導入を迷っていたが、東北の無農薬水田からカブトエビ大発生のニュースが次々と届いてきた。実施に踏み込もうと思っていた矢先に大震災に見舞われてしまった。
セシウム値も低下してきた2013年5月、矢吹町善郷小学校でジャーナリスト兼女優の大桃美代子さんやゼミ学生と「田んぼの学校」を開催した。私はカブトエビについての授業を、大桃さんは農業を体験していくことの楽しさ、大切さ、自身が農業をするきっかけなどを熱弁した。子供たちの反応はすばらしかった。
翌日は朝から田植えだった。小学5年生90人、地元の若手農家集団「ぐるぐるノウカーズ」、矢吹町役場職員、野崎町長までが参加して総勢150人以上の田植えイベントが開催された。ギャラリーもたくさん来てくれた。ここには、コシヒカリの他、大桃さんの古代米「桃米」も植えた。
夏には想定外のことが起きた。渇水で水田が干上がり、カブトエビも全滅してしまった。結果、学生と役場職員で草取りという作業も増えたが、最初に孵化したカブトエビを発見してくれたのが、田植えに参加した小学生だった。毎日観察してくれたらしい。
収穫した米は地元の小学生が食べたり、神奈川県のレストランで使用したりすることになっている。未来の矢吹町を担う子供たちのためにも、来年こそ矢吹カブトエビ米作りを成功させたい。

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