東京農業大学

メニュー

教員コラム

森林資源"きのこ"を活用した豊かな生活のために

2013年11月1日

地域環境科学部 森林総合科学科 教授 江口 文陽

はじめに

日本人のきのこを食べる習慣は古く、縄文時代にはすでに食していた形跡がある。また、「日本書紀」や「万葉集」などの古い書物にもきのこを食べた記録がある。きのこを人工栽培するようになったのは、江戸時代初頭といわれている。豊後国(現在の大分県)の炭焼き職人である源兵衛が、炭焼きで残った丸太にシイタケが発生しているのを見つけ、人工栽培することを思いついた。しかし、当時のシイタケ栽培は、丸太に鉈で傷(鉈目)をつけ、自然界に飛んでいるシイタケの胞子が鉈目に付くのを待つという方法だったため、農家の収入は安定しなかった。
きのこを育てるための原木に種駒(菌糸が繁殖した円錐の駒)を植え付け、きのこを人工栽培する方法は1943年に森喜作博士が発明した。本格的な原木栽培の始まりでありシイタケが安定生産されるようになった。
野外で行われる原木栽培は、天候によって収穫される量や品質が左右されることから、原木を室内栽培に用いることも昭和50年代後半から多く見られるようになった。しかし、原木は重いので労働者の高齢化や作業効率を考慮し現在は、オガクズと栄養剤を固めたブロックでの栽培(菌床栽培)が多く導入されている。生シイタケの場合は、7割以上が菌床栽培でつくられている。
かつて菌床栽培が導入された頃は、原木シイタケと菌床シイタケでは形状や成分にも違いがみられ原木栽培が優良とした見方もあった。近年は、生産技術の向上や種菌の開発によって菌床シイタケの品質も良好である。
現在は原木、菌床という区別ではなく、国産、海外産という考え方できのこを認識すること、さらには菌床栽培であるならばその利点を生かして菌床の培地に機能性を高めることが可能な栄養剤や機能性物質を添加した栽培法の研究開発も我々は行っている。きのこの総生産額は、ここ10年以上目立った増額がないばかりか、東日本大震災による放射性物質に関する問題の風評被害で生産が減じている状況下にあることも事実である。これを打破して我が国のきのこなどの特用林産物の需要拡大を目指した戦略的な実学研究を実施している。

 

健康増進を考えたきのこ研究のあり方

きのこは、食物繊維、ビタミン、ミネラルなどの栄養素を多く含む有用な食糧資源である。さらに、ヒトの身体に作用して病気の予防や治療に作用する薬となる成分も持っている。中国では、チョレイやブクリョウ、冬虫夏草、霊芝(マンネンタケ)やシロキクラゲなどのきのこが生薬、漢方薬、民間薬として珍重されてきた。2000年以上前の中国の皇帝、秦の始皇帝が探し出した不老長寿の薬は霊芝だったとも伝えられている。また、中国の書物には「シイタケは気を益し、飢えず、風邪を治し、血を破る」とシイタケが身体の調子を整えることが書かれている。
近年、きのこの品種や栽培法にこだわった研究も実施され始めている。機能性食品としてその品種が注目されると同一名のきのこ全てに当てはまるかのごとくヒトはその品種に殺到する。同一名のきのこであっても数十から数百の品種があるとともに栽培方法も千差万別であり、その機能性は大きく異なる。
生薬や漢方の基盤をもった研究者であれば、「天然素材であるきのこの複合成分がいかに効果を示すか」とした理論を検証し、エビデンスを構築する。
きのこの機能性効果の評価は、機能性効果を発現する品種や栽培方法にもこだわりを持って、その複合的な成分を評価することも日常的な健康増進のためには極めて重要である。
創薬ならぬ創食の研究ストラテジィーは、氏素性のはっきりした品種をどんな栽培方法で生産し、一般の食べ方や抽出物としての摂食方法や加工方法によっていかに機能性成分が変性するかを明確にすることが肝心である。きのこは天然資源の中でも生薬や漢方としての領域に含まれるものであることから、この点に最大限の配慮を持って研究展開することが必要である。

 

健康増進に役立つきのこの事例研究

第一に生産現場での問題解決を目的として開発された新製品について紹介する。日本におけるエノキタケの消費は、冬場が中心であり、通年での需要拡大が販売における課題である。通年において流通するためには、健康増進効果のあるエビデンスの構築と加工食品を開発して消費者に提供することが一つの方策である。長野県のJA中野市との共同研究から、エノキタケの子実体をペーストにして冷凍した商品"えのき氷"の研究を実施している。この研究では、"エノキ氷"を製造する際に加熱する素材の状態や加熱時間などが関与成分"キノコキトサン"の抽出量に与える影響や血小板凝集抑制効果、ケモカイン遺伝子発現抑制効果、リパーゼ阻害活性効果などに与える影響を精査した。
また、"エノキ氷"摂食による脂質異常症改善効果をヒト臨床試験で解析した。300gの生エノキタケ子実体を400mlの水と混合し、ミキサーでペーストにしたのち、60分間弱火で煮込んだのち氷にする製法で得た製品は、機能性成分のキノコキトサンのみならずきのこの旨みであるグアニル酸含有量を高め、1日3個の"エノキ氷"を何らかの料理に利用して摂食した摂食群では、血清脂質が非摂食群と比較して低下した。特に、総コレステロール、LDLコレステロールの低下が顕著であった。日常食として"エノキ氷"を摂食することで脂質代謝異常症の予防や改善に有効であることを見出した。
さらに、私の研究に関する視点には、毒きのこをいかに活用するかといったこともある。ヒカゲシビレタケは、催幻覚性物質であるシロシビンとシロシンを産生する。これらは血液脳関門を通過することが可能であり、脳内のセロトニン受容体へ選択的な亢進作用を呈する。シロシビン産生きのこが強迫性障害の治療に効果を発現し、難治療性の神経系疾患治療における新たな選択枝としての可能性も動物モデルであるげっ歯類の行動へ与える影響と各種受容体亢進作用への影響をターゲットとして探索している。

 

きのこの利用のすすめ

きのこの一日の摂取量は、生のきのこの状態で毎日50〜150g程度がベストである。さらに、きのこの力を最大限に引き出すには、生きのこならば新鮮な子実体を利用することである。きのこは生物なので自己消化反応が起きるからであり、自己消化はきのこの成分を分解する。その一例として国内産のシイタケと比較すると時間がかかって輸入される海外産のシイタケは血漿コレステロールを低下させる機能成分のエリタデニン含有量が平均で約半分という結果である。生産される海外の生産地でその値を定量すれば日本のものと遜色ない。この差は、品種や栽培法ではなく流通にかかった時間の長さが機能成分を減少させたことにある。すなわち、生で室温あるいは冷蔵保蔵する場合には、収穫されたきのこを出来るだけ早く食べることが良く地産地消で利用することが大切である。なお、近年のきのこ利用に関する研究から一度に使い切れないきのこの保存方法としては、乾燥保存のみならず料理メニューをイメージして、きのこをその具材の大きさに切って冷凍することが良い。

 

おわりに

きのこの機能性解析に関する真の科学的研究は、数種のきのこで開始されてはいるものの解決しなくてはならない課題が山積している。その課題を少しずつ解明すれば21世紀の新規医薬品もきのこから開発され日常生活に貢献する実学研究につながると考え私のラボでは研究教育に励んでいる。

 

シイタケ原木への種駒打ち作業(現場での実学指導)

なば観音菩薩像(大佛師・松本明慶作)。「なば」は茸(きのこ)の異名。


 

ページの先頭へ

受験生の方