東京農業大学

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教員コラム

農産物・食料品の輸出と産業内貿易

2013年7月1日

国際食料情報学部食料環境経済学科 教授 金田 憲和

1.農産物輸出促進の必要性とアジア市場

今、わが国からの農産物・食料品の輸出促進が重要な課題とされている。日本の国内食料品市場は人口減少によって縮小傾向にあるために、日本国内の農業・食品産業にとって海外市場を獲得することが重要になってきているのである。日本政府は、農林水産物・食品の輸出額について、1兆円水準とすることを目標としている。
この場合の海外市場として、アジア市場に期待が寄せられている。アジア地域の所得は大きく向上してきており、この地域の富裕層を中心に、高級品志向の嗜好変化が起きつつある。したがって、これまで高価格ゆえに輸出が困難であった日本の食料品を、高品質品として輸出できる可能性が高まっている。また、アジアの国は、文化的にわが国と近いために、わが国の食料品の需要を拡大しやすいと考えられる。
しかしながら、日本の食料品・農産物貿易の現状を見ると、輸出はきわめて少なく、輸入に大きく偏っている。2012年の日本の農林水産物の輸入額約8兆円に対して同輸出額は約4千億円で18分の1に過ぎない。目標輸出額の1兆円に対して、実績は半分以下なのである。果たして、日本の食料品輸出を拡大することは可能なのだろうか。ここでは、この問題について考えてみたい。

 

2.産業内貿易の概念と理論

食料品の大幅な輸入超過状態にある日本が輸出を増加させることは、言い換えれば、日本が食料品の輸入と輸出を同時に行うようになることを意味する。これは経済学的には食料貿易を「産業内貿易(intra-industry trade)」にすることと捉えることができる。産業内貿易とは、ある国が同一産業で輸出と輸入を行うことである。例えば、日本がトヨタなどの自動車を輸出しながら、同時に海外からベンツなどの自動車を輸入しているような状況は、自動車産業内で輸出と輸入が同時に行われる産業内貿易である。工業製品においてはこのような産業内貿易のケースは多い。
伝統的な貿易理論では、国同士で貿易が発生する原因は、各国の生産性や生産要素の賦存比率の違いであると説明されてきた。この場合には、どの産業の貿易も一方向に向かうものとなり、双方向的な産業内貿易は発生しない。また日本のような土地資源に乏しい国の場合、生産に土地が多く必要な農業の国際競争力は弱くなる。
これに対して、クルーグマンやヘルプマンらの学者は、産業内貿易の発生するメカニズムを提唱した。彼らが用いた「バラエティー愛好モデル」では、消費者は消費財のバラエティーが増すほどより高い満足を感じると考えられている。このため、消費者は多くの種類の商品を少量ずつ消費しようとする。消費者のこのような好みのために、同じ産業においても多数の異なるブランドが存在するようになり、各ブランドはそれぞれが異なった商品であると消費者に認識される。このとき、もし国同士の貿易が行われると、消費者は国産・海外産というより多くのブランドを手に入れられるようになるので、バラエティーの増加によって消費者の満足度を高めることができる。
このモデルは、ブランドによる製品差別化やそれに基づく産業内貿易の説明に有効である。例えば、日本がトヨタやホンダの自動車を輸出する一方で、ドイツからベンツやBMWその他の自動車を輸入するのは、互いに自動車のバラエティーが増えるというメリットがあるからだということである。
この理論で考えれば、消費者の所得水準の高まった成熟した市場で、工業製品のみならず、農産物や食料品についても消費者がより多くのバラエティーを望むようになるとすれば、農産物や食料品でも産業内貿易が発生するはずである。

 

3.日本と他の先進国の比較

では、農産物や食料品の産業内貿易は、実際どの程度行われているのだろうか。まず、日本と他の欧米先進国(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ)について、食料品部門における産業内貿易の程度を比較してみよう。産業内貿易の程度は、グルーベル・ロイド指数によって測られる。この指数は、もしもある国の貿易が完全な産業内貿易(=輸出と輸入が同額の完全に双方向的な貿易)であれば100となり、逆に完全に一方向的な貿易(=輸出のみ、または、輸入のみ)であれば0となる。この計算結果は、表1に示した。表1からまず分かることは、日本の指数が、他の先進諸国と比べて著しく低いことである。これは、日本の場合、食料品がほとんど一方的に輸入されているためだが、他の先進諸国では、はるかに輸入と輸出のバランスが取れている。このように日本が特殊なパターンを示している理由は、日本がヨーロッパ諸国やアメリカなどと比べて際立って農地に乏しいために国産の農産物・食料品が特に割高になってしまっていることである。この影響が消費者のバラエティー志向の効果を打ち消すほど強いために、食料品を一方的に輸入するする結果になっていると考えられる。

 

4.アジアの中での比較

前節では、日本と他の先進国を統計によって比較したが、それでは特に日本からの輸出市場として期待されているアジアと日本の貿易についてはどうであろうか。アジア諸国は、農地の賦存状況が互いに似通っているので(=どの国も農地に乏しいので)、この面での農業生産の競争力の違いは大きくないと考えられる。
そこで、東アジア域内での農産物・食料品の貿易について、やはりグルーベル・ロイド指数を計算してみることにしよう。日本を含む東アジア地域内(12カ国・地域)の食料品の2国間貿易について、グルーベル・ロイド指数を計算すると東アジアでは2国間の指数の平均は33であった。これは、同時期のヨーロッパ(15カ国)での平均66よりもかなり低く、東アジアにおいては農産物・食料品の産業内貿易の程度は、ヨーロッパよりかなり低いことを示している。また、日本の指数の平均は19であり、これは東アジア内でも低い数値であった。
これらの結果から言えることは、既に所得レベルが高く消費市場が成熟しているヨーロッパと比べると、東アジアの市場はまだ成熟しておらず、したがって、今後の長期的なアジアでの所得レベルの向上と市場の成熟化に伴って、食品の産業内貿易がより進展するポテンシャルがあるということである。また、現状で日本の数値が特に低いのは、日本が特に高賃金で食料品の競争力を欠いているためであるが、やはり今後の長期的なアジアの所得向上(=賃金上昇)と市場の成熟化が進めば、日本の食料品輸出が伸びるポテンシャルを表していると考えられる。

 

5.むすび

以上、統計的分析からは、アジアの食品市場にはまだまだ成熟化の余地があり、そこに日本の農産物・食料品の輸出を伸ばすポテンシャルを見出すことができた。
ただし、こうしたポテンシャルを生かして日本からの食料品の輸出に実際に結び付けるには、ブランドづくりによる製品差別化や新しい需要の開拓など、地道な努力を重ねることが必要となるであろう。アジアの市場の成熟化という長期のトレンドを見据えて、息の長い取り組みが求められる。

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