東京農業大学

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教員コラム

東日本支援プロジェクト土壌肥料グループこの一年

2012年6月19日

東日本支援プロジェクト 応用生物科学部生物応用化学科 教授 後藤 逸男

 

2011年4月末、本学大澤貫寿学長の強いリーダーシップの下に「東京農業大学東日本支援プロジェクト」が結成された。3.11よりすでに2カ月近く経過し、やや出遅れた感はあったが、5月1日より福島県相馬市の被災地に入った。それからちょうど1年を迎え、筆者ら土壌肥料グループが行ってきた支援活動を振り返ってみた。

 

1.津波被災農地の復興から始めた支援活動

本プロジェクトの主な支援対象地となった福島県相馬地域における農業被害は津波による被災と福島第一原発事故に伴う放射能汚染であった。どちらも早期復旧・復興を目指すべき重要課題であるが、筆者らに両立させる力量はない。不良農地の土壌改良や土壌診断などに携わってきた筆者らのこれまでの研究経験をすぐにいかせる支援は前者の津波被害と判断した。
2011年5月1日の時点で、相馬市岩子から柏崎に至る松川浦西側の水田地帯には松川浦の砂州に植えられていた松や漁船、車などが大量のがれきとして押し寄せていた。用排水設備も津波による被害を受けたため湛水状態の水田が広範囲に広がり、表面は厚さ10cm程度の津波土砂で覆われていた。海岸から2km程度離れると、がれきの量は少なり、津波土砂の厚さも5〜10cmとなった。また、水田に水はなく表面にはナトリウムを多量に含んだ粘土特有の亀裂ができていた。5月3日には、海岸から約3kmの距離にある和田のイチゴハウスを訪れた。この地域は海岸から川を遡って来た津波の被害を受けたため、がれきはほとんど見られず、イチゴハウス自体には被害はなかった。ただし、津波を受け収穫中のイチゴは全滅し、ハウス内の畝間には約10cmの津波土砂が堆積していた。そこで、筆者らはこのイチゴハウスとそれに隣接する水田から支援の手を差し向けることにした。

 

2.津波土砂を取り除く必要はない

2011年6月に発表された農水省の除塩マニュアルによると、「津波により海底の土砂がほ場に堆積している場合は、ほ場外に除去することを基本とする」としている。しかし、土砂の除去・処分には多大な労力を必要とする。現地では「へどろ」といっているが、相馬市内から採取した20点ほどの土砂を分析した結果、良質な粘土と肥料成分として有効なカリウムやマグネシウムを多量に含むこと、カドミウムやヒ素などの有害元素含有率は土壌と大差ないことがわかった。そこで、被災農家の了解を得た上で、イチゴハウスでは6月、隣の水田では8月に土砂と元の作土を混層した。これを見ていた周りの農家もそれに追随した。ただし、土砂中にガラス破片などの異物が多量に混ざっている、あるいは土砂堆積の厚さが15cm程度以上の場合にはこの限りではない。

 

3.雨に勝る除塩資材なし

農業専門誌などには津波による農地被災直後から、数多くの除塩資材や耐塩性植物の導入などに関する記事が掲載されたが、雨に勝る除塩資材はない。ただし、農地表面には亀の甲羅状に固まった津波土砂が堆積していたので、そのまま状態で雨にあてても十分な除塩効果は期待できない。除塩には筆者らが和田地区で行ったような土砂と作土をよく混和した上で雨にあてることが有効であった。その方法により、イチゴハウスでは8月にはほぼ除塩が完了したので、それを確認する目的でソルゴーという緑肥作物を作付けた。1カ月後には人の背丈ほどに大きく生長したので、それを鋤き込んだ。有機物を農地に投入すると土壌団粒化が促進される。その結果、透水性が改善され除塩が進む、それがソルゴー作付けの目的であったが、それ以上に効果があったことは、緑肥の生育を目の当たりにした農家の営農意欲の復活であった。イチゴハウスの作土は十分な除塩が達成できたが、下層にまだ塩分が残っていた。そこで、塩分に弱いイチゴの作付けは2012年秋からとして、2011年9月からホウレンソウ、カブ、スナップエンドウなどの換金野菜を作付けることにした(写真1)。
8月に土砂を混層した和田の水田も、2012年4月には水稲が作付けできるまでの除塩が進んだが、用排水設備の復旧が遅れたために、作付けを断念せざるを得なくなった。放っておけば雑草田となるため、コスモスやヒマワリなど景観を兼ねた緑肥作物を作る予定だ。

 

4.石こうではなく転炉スラグを

海水を被った土壌中には水で洗い流せる塩分(塩化ナトリウム)の他に土壌コロイドに吸着されたナトリウムが存在するので、雨だけでは完璧な除塩は達成できない。そのためには土壌に石灰(カルシウム)資材を施用してナトリウムを追い出す必要がある。そのための石灰資材としては石こう(硫酸カルシウム)や炭カル(炭酸カルシウム)が一般的であるが、筆者らは上記の和田地区で転炉スラグという資材を使った。転炉スラグとは筆者が長年にわたって研究してきた土壌酸性改良資材で、製鉄所で鋼を製造する際の副産物である。もちろん、従来から肥料として登録されている資材だが、農業利用率は生産量(年間約1千万トン)の1%にも満たない未利用資源だ。
津波土砂を混層する、しないにかかわらず、土砂の一部は必ず土壌に混ざる、その結果土砂中に含まれるパイライトというイオウ化合物が酸化して生成する硫酸により土壌が酸性化したり、硫化水素という水稲に有害なガスが発生したりする可能性がある。石こうや炭カルではこれらに対処できない。
松川浦に隣接する岩子地区の津波被災水田では、2011年9月までにがれきが取り除かれたため、直ちに土砂を混層して雨水による除塩を行ってきた。2012年4月に鉄鋼メーカーと肥料会社から転炉スラグの無償提供を受け、約2haの水田に施用して除塩の仕上げ作業を行った。5月中旬には田植えを行い、津波被災からの復興を果たす(写真2)。

 

5.南相馬市では放射能対策

相馬市での除塩支援に一定の目途がついたため、2011年秋からは農地の放射性セシウム対策の取り組みを開始した。
非放射性セシウムを用いたポット栽培試験で、カリウムやゼオライトの施用による吸収抑制効果が認められたので、それらの放射性セシウム吸収抑制効果を福島第一原発から20kmに位置する南相馬市の水田で確かめることにした。なお、南相馬市では市内全域で2012年度産水稲の作付けが全面的に制限された。今回の試験は南相馬市およびJAそうまと連携した水稲試験作付けの一環として行うものである。
水稲作付制限に伴い、水稲不作付け水田では雑草化対策も課題となるため、コスモスやヒマワリなど景観を兼ねた緑肥作物の作付け試験も水稲栽培と並行して実施する。
今こそ、東京農業大学の「実学」を発揮すべき時だ。

 

写真1 被災後(左)と野菜栽培を再開した(右)相馬市和田のハウス
写真2 被災後(左)と除塩最終作業(転炉スラグ施用)中(右)の相馬市岩子の水田


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