東京農業大学

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教員コラム

自然環境と再生可能エネルギー

2011年12月14日

地域環境科学部造園科学科 教授 熊谷 洋一

国土のグランドデザインと地熱開発

わが国の「かたち」と自然環境

ついに本年、世界の人口は70億に達し、今世紀末には100億人を超える。急速に人口増加する国がある一方、わが国は既に2008年から減少傾向に入り、2050年には人口8千万人台に縮小するなど、地球上の人口地図は大きく変化する。最近は、東日本大震災、タイ大洪水のような自然災害の多発、中東・アラブ諸国の民主化運動、ギリシャ・イタリア・EUでの経済危機と国際社会はまさに激動期の様を呈している。

このようなタフな世界を生き抜いていくためには、日本は将来を見据えたしっかりした国の「かたち」を定めていくことが不可欠であろう。

わが国の「かたち」の基本を決めてきたのは、風土すなわち自然環境であり、歴史・伝統そして人々の生活生業である。一方で、科学技術は飛躍的に進歩し人類も進化を続けていることを考えれば、望むべき将来のわが国の「かたち」も、そのような科学技術や高齢化に代表されるような新しい社会を見据えて構築していく必要がある。特に、地球規模での気候変動、自然環境破壊、人口増加、食糧問題、エネルギー確保などを視野に入れ、わが国の進むべき方向を明らかにするためには、日本の基本的「かたち」のベースとなっている自然環境の保全が極めて重要な課題である。これまで、その自然環境すなわちわが国の骨格を担ってきた風景を預かり護ってきたのは、自然公園である。なかでも傑出した風景地を指定してきた国立公園の役割は大きい。現在、全国に29の国立公園があり国土面積の5.5パーセントを占めている。

 

再生可能エネルギーへの期待

政府は、2010年に気候変動枠組条約第15回締約国会議でのコペンハーゲン合意に基づき、2020年の温室効果ガスの25%削減(1990年比)を実現するための中長期ロードマップを発表し、その中で、2020年のエネルギー供給分野、発電量で住宅以外の太陽光は約85倍、風力発電は約10倍、地熱発電所は約3倍(いずれも2005年比)という目標を示した。これらは、地球温暖化対策として温室効果ガスを大量に放出する化石燃料から炭酸ガス放出の少ない自然再生エネルギーへとエネルギー供給転換を図る対策・施策の一環であった。

2011年3月11日、東日本は、マグニチュード9.0の巨大地震に襲われ、地震ならびに大津波はまさに未曾有の被害をもたらした。その結果、約1万6千人の尊い命が犠牲となり、約4000人の方々が行方不明となっている。ほぼ、同時的に起きた東京電力福島原子力発電所事故は、甚大な電力不足を生じさせ、広域かつ長期間にわたる放射能被害を放出し続けている。この衝撃的な災害事故が、わが国のエネルギー政策を見直すさらなる契機となり、脱原発に対する国民の関心も高まり、自然再生可能エネルギーへの期待が一気に加速したのである。既に、本年8月末には、再生エネルギー特別措置法案が国会を通過した。

 

国立公園と地熱開発

今や再生可能でクリーンなエネルギーとして注目が集まる地熱発電が日本で初めて開始されたのは、1966年(昭和41年)岩手県松尾村の松川地熱発電所(認可出力23,500kw)である。最も新しい八丈島地熱発電所(3,300kw)は1999年(平成11年)で、現在、全国に18か所の地熱発電所がある。事業用が13発電所、自家用が5箇所あり、その多くは、蒸気の生産や還元を行う蒸気供給事業者と主に発電を行う発電事業者の共同運営をされている。わが国の現在の地熱発電所発電量は53万kwである。

全国的な地熱資源量調査が行われ、その豊富な地域が地熱開発対象になる。わが国の地熱資源量は世界3位であるが、実際の発電量は世界8位にとどまっている。

日本の風景の素晴らしさを科学的に説明した志賀重昂の名著「日本風景論」にある風景の成立条件に「火山岩の多々なること」があげられている。志賀は日本に名山が多い原因はこの火山岩だと説いているが、名山多いところ美しい風景が多く結果的に多くが国立公園に指定されている。したがって、国立公園と地熱資源量の豊富なところはその地域が重なっている場合が多い。そこで、地熱開発事業と国立公園の風景保護との間にしばしば問題が生じてきた。傑出した風景地である国立公園内では、広い土地の改変を行いまた大規模な構造物が風景に与える影響をできる限り少なくする必要がある。これまで、地熱開発の影響が少なくないという観点から国立公園内では開発事業は見送られてきた。

しかし、前述してきた社会的変化による再生可能エネルギーに対する期待、また国立公園の担うべき役割の多様化、そして地熱開発技術の進展と経験から、国立公園と地熱開発の望ましいあり方を再考する動きが出てきたのである。

 

国土のグランドデザインと地熱開発デザイン

冒頭で述べたように国の「かたち」の基本をきめる風土・自然環境の重要な骨格部分は国立公園に代表される自然公園であるが、生物多様性基本法(2008)の成立を受けて、わが国の自然公園は生物多様性を保全する場として新たな役割を担うこととなった。特に生物多様性国家戦略2010が策定され、戦略中でわが国の基本的姿勢「100年計画」を生物多様性からみた国土のグランドデザインとして示している。したがって、従来からの風景の保護保全に加えて生物多様性の保全にも十分に配慮した国立公園の管理が必要となった。

一方で、地熱発電開発技術の進展も著しく、抗井掘削技術は特段に進歩し、2,000m級の掘削で±1%の誤差で目標に到達させるまでになっている。そして、抗井基地から斜めに地中を掘り進む「傾斜掘り」の技術も既に開始されている。また、タービンの下向き排気を上向き排気さらには軸流排気にすることによって発電所本館の建築高を低くすることが可能となり、排気ファンの数を増やすことによる排気塔の高さ抑制など数多くの技術革新が進んでいる。規模を抑えるだけでなく、配置、形状、色彩、材料などのデザインに十分な配慮をすれば、風景、生物多様性への影響の大幅な軽減が期待できよう。

アイスランドでは、地熱発電所景観デザインに真剣に取り組んでおり、さらに熱水利用による地域暖房や温泉サービスなど地域住民の生活と密着した存在となっている。

わが国においても、新しい社会の変化・要請、技術の進展を十分に念頭に置き、将来のわが国の持続的発展のために自然環境と地熱開発についての議論を深めていくことが望まれている。

 

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