東京農業大学

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教員コラム

食育の研究と実践の場に

2010年10月15日

応用生物科学部生物応用化学科 教授 高野 克己

日本食育学会設立の意義

2005年7月に食育基本法が施行され、2006年3月には国の食育推進基本計画が作成された。このような国の施策以前から、様々な地域・学校による食育への多様な試み、企業による消費者に対する活動が行われている。しかし、知育、徳育、体育などと比べると、親しみやすいが、馴染みが薄い。敷居は低く、普段着で良いが、実際に何をしたら良いか分からないといった声も聞く。その目的・目標・方法が明確でないままに、活動だけが先行している感もある。

そこで、食育に関する学際的研究と実践的な活動のあり方を論議し、食育推進の新たなステージを拓くために設立されたのが「日本食育学会」である。なぜ、食育が必要なのか、なぜ学会が必要なのか、その背景と学会設立意義・目的、さらに東京農業大学が食育に果たす役割について、学会設立の発起人のひとりとして考えてみたい。

 

技術革新と生活の変化

20世紀には飛行機、自動車、鉄道など交通機関の発達によって、それ以前に比べ物資の大量かつ高速の移動が可能になった。さらに、情報技術、IT技術の進歩によって大量の情報が瞬時に世界を巡り、また携帯端末の普及は電子情報なしに生活することが出来無くなってしまった感がある。また、その進歩の速度は21世紀に入っても留まることを知らないかのようだ。

このような技術の進歩は我々の生活に大きな変化をもたらし、つい最近まで産業や経済のグロバール化が声高に叫ばれていた。しかし、単に勝ち組と負け組というような効率や競争を求める社会への反省と、技術革新によって社会や生活がどのように変化するか分からない不安もあり、スローフード、持続可能な生産や生活、あるいは地域の伝統や文化などが見直されるようになった。

 

経済大国と食料自給率

わが国は20世紀後半、世界で2番目の経済力を誇る国へと発展を遂げた。<Made in Japan>は、世界の信頼を勝ち取った。一方、経済大国化や経済の自由化と共に、世界中の料理と食材がどっと押し寄せ、あっという間に食料自給率が先進国最低の40%に落ち込んだ。当然、食事内容が大きく様変わり、米・魚中心から畜肉・油脂の摂取量が大きく増加し、摂取カロリーも高くなった。

この間、肥満、高血圧症、心疾患、ガンなどが増加し、死亡原因の約60%が脳卒中、心臓病、ガンなどによる生活習慣病に起因するものが過半数を占めるようになった。このような状況を打開するため、食事内容の見直しが進められ、穀類・豆類や野菜・果実の摂取量を多くすることが推奨されている。

また、国民一人当たりの米の消費量が、年間60㎏を切ったことが報告されている。昔流に言うと一俵を食べなくなった。俵も、日本人一人が1年間に消費する米の量を表した石(150㎏)とともに、時代劇とテレビゲームの中だけで通用する単位になってしまった。自給可能な米でさえこの状態、これでは食料自給率が回復しない訳だ。

食生活の変化を読み違えた結果が、食料自給率の低下を招いたのか。平地が少なく米作に合った気候の日本で、小麦の生産や畜産を盛んにすることは無理なことだ。各国や地域の代表的な料理は、その土地で生産された材料に様々な工夫を加えたものだ。日本人の多くが、気候風土と先人達の豊かな創造性が作り上げた食文化の素晴らしさを忘れてしまった。このことが、食育を必要とする原因のひとつと考えている。

 

日本食育学会の活動

食育基本法では、《1》家庭における食育の推進《2》学校、保育所などにおける食育の推進《3》地域における食生活の改善のための取組み《4》食育推進の運動の展開《5》生産者と消費者との交流促進、環境と調和のとれた農林水産業の活性化等《6》食文化の継承のための活動への交流会等《7》食品の安全性、栄養その他の食生活に関する調査、研究情報の提供および国際交流の推進を挙げている。

食育の活動は、食べ物の生産から流通、加工、食の安全、栄養問題、疾病予防、食文化など広く、またこれに関わる人も多く、生産者、消費者、教育界、食品関連企業まで多岐にわたる。食育活動を推進するため、食育という活動の性質上、学者・研究者だけでなく、農業生産者から食品産業、そして消費者に至るフードチェーンに関わる人たちが、幅広く参加する場所が必要だ。その受け皿となるのが日本食育学会だ。

昨年11月17日、東京農業大学百周年記念講堂で設立記念シンポジムが開催された。1,000人を超える参加者を前に、小泉武夫・同大教授が「日本の食文化の崩壊の危機」について講演。さらに、中村靖彦(発起人代表・東京農業大学客員教授)、服部幸應(服部学園理事長)、民俗研究家の結城登美雄さんらによるパネルディスカッションでは、味覚を育てることが食育の原点だとする活発な議論が行われた。

この模様は、NHK教育テレビ「土曜フォーラム」でも放映され、高い関心が寄せられた。すでに、個人会員は500名余り、企業などの協賛会員は100社にも及び、学会に対する期待が大きい。  本年5月12日、和洋女子大学(千葉県市川市)で第1回学術大会を開催する。

 

東京農業大学と食育

現在の日本では、都会の人々が食料の生産現場を見ることはまずない。生命いのちを生産する現場を体験していない。これが、食育が必要とされる根源だろう。本学では、都会の人達に食を生産する農を理解して貰う目的から、2004年4月に「食と農」の博物館を開設した。年間10万人を超す来場者は、大学の博物館としては破格とのことだ。

博物館を会場にNPO法人「良い食材を伝える会(http://www.yoishoku.com/)」との連携による食育活動が始まっている。また、栄養学科古庄准教授が本誌(2007年3月号)で報告したように、世田谷区立用賀小学校をはじめ世田谷キャンパス周辺の地域小学校との食育活動の連携、学生食育リーダーの育成も進む。さらに、ロイヤル㈱との連携による咀そ嚼しゃく力りょくをテーマにしたメニュー「かむかむ30」の開発など、行政・地域・市民・企業などと協働で、それぞれの特徴を活かした食育活動の展開している。

本学は食料・環境・健康・バイオマスエネルギーをキーワードに、科学技術の進歩と社会の要請に応え、農業・農学の枠を大きく飛び越え、研究・教育活動を広げた。ここに、食育が新たに加わり、東京農業大学は大学名をはみだしさらにその活動領域を拡大させている。

日本食育学会は、本学栄養科学科に事務局(事務局長・川野因教授)を置いた。これも本学の様々な食育活動が評価された結果だ。日本食育学会が食育活動の研究と実践、成果発表の場として発展し、日本の食育問題解決への一助になるよう小職も微力を尽くしたい。

 

日本食育学会(http://www.shokuiku-gakkai.jp/index.html

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