東京農業大学

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教員コラム

地味で、しかし大切な国内検疫

2005年7月1日

農学部農学科 教授 根岸 寛光

植物検疫の現状を考える(下)

植物検疫という業務は我が国の農業を守るために大きな役割を果たしている。しかし、従事する植物防疫官の数は少なく、仕事内容も非常に地味であり、このような職場の存在を知っているものすら少ないのが現状である。今回は、国内検疫の実態を紹介する。

 

指定種苗検疫

ジャガイモは種子塊茎による栄養繁殖を行うものであるため、種子塊茎に病害虫による汚染が起こった場合、種子で増殖する他の作物に比べると被害が非常に大きくなることが多い。実際、かつてアイルランドで起こった飢饉では、ジャガイモ疫病(Phytophthora infestans)によって当年の収穫が激減しただけでなく、翌年の種子塊茎にも病原菌が感染していたために被害がさらに拡大したといわれている。

このため、種子塊茎の生産に際して植物防疫所が検疫を行い、いくつかの重要な病害虫による汚染塊茎の混入率を一定基準以下とし、次作での病害虫発生を抑制して安定した生産が確保できるようにする業務が行われている。これが種子馬鈴薯検疫と呼ばれるもので、栽培地で植物体に発症するウイルス病や生産物である塊茎に見られる病害虫等を複数回にわたって検査し、これに合格すると種子塊茎としての証票がつけられ、生産地以外の都道府県に移出することが許される。

 

90%を超える合格率

この検疫が行われる前の終戦直後の食糧難時代には、本来種子用にすべきでない粗悪な種子塊茎が種子用に用いられたため、ジャガイモ生産は種々の病害虫により極めて危機的な状況に陥っていた。このような状況を立て直し、安定的な生産状況を確保するために種子塊茎に対する検疫事業が開始された。

事業開始当初は合格率が半分にも満たず、翌年の種子塊茎確保に困難を来すほどの状況で、検疫合格率を上げるために合格基準を下げることも検討されたといわれるが、自治体や生産農家の検疫事業に対する認識が広がるとともに急速に合格率が高まり、現在では90%をはるかに超える合格率となっている。

ちなみに、ウイルス病では圃場での検査で1,000株中にわずか3株の罹病株が見つかっても不合格とされる。植物防疫所の職員(植物防疫官)の検査がある前日には、種子塊茎生産地全体で関係者総出による病株の抜き取りを行うなどの懸命な対策がとられている。

 

果樹のウイルス病検定

果樹では種子で繁殖させると良好な形質が分離してしまうため、良好な形質をもつ少数の母樹から穂木を確保し、接木によって維持して行くのが普通である。その際、穂木の供給源となる母樹が接木伝染性の病害に汚染されていると、穂木を通じて生産地全体に病害が蔓延して大きな被害を受けることになる。

接木伝染性病害の中でもウイルス病の場合、一旦樹木が感染すると回復させることはほぼ不可能であり、汚染樹からの穂木供給は、永年作物である果樹生産にとって致命的な被害を招く。従って母樹は、食味や生産量等の形質が良好であるだけでなく、ウイルス病に汚染されていないことが絶対的な条件とされる。

植物防疫所ではかんきつ類、リンゴ、モモ、ブドウ等数種類の果樹の母樹について、ウイルス病検定を行って健全であることを認定し、果実の安定生産を図る事業を行っている(果樹母樹検疫)。

植物防疫官は各生産地から検査を申請された母樹について、数種類のウイルスの汚染の有無を検査して合否を判定する。検査には病徴の有無を判定する肉眼検定、接ぎ木によって検定植物での反応を見る生物検定、最近BSEの検査でもおなじみになった酵素結合抗体法(ELISA)を用いた抗血清による検定、さらにPCRを用いた分子生物学的手法による検定が行われ、非常に精密かつ正確な検疫が行われている。

少々余談になるが、母樹は生産地の存在の鍵を握る重要なものであり、病害虫への汚染防止はもちろん、他の産地等にその穂木が流出することのないよう厳重な管理下におかれている。現地の関係者に母樹の栽培圃場を案内してもらうと、 2重の金網の檻で囲まれたひときわ立派な樹を目にすることがある。

これが母樹かと思うと実は早合点で、そこを起点として東に3本、北に5本といったあたりにぽつんと立っている樹が本当の母樹だったりする。時には関係者でする金庫の中から地図を取り出さないと位置が確認できないことがあるくらいで、あの立派な檻に囲まれた樹はまさしくダミーだったのである。品種が同じならばどれもそう大きな違いはなかろうと思うのは我々のような素人であり、栽培のプロはさらにその先の系統や個体までに気を配らないとだめなのである。

 

病害虫侵入警戒調査

我が国見発生の病害虫が侵入した場合、早期発見と防除徹底が重要であり、侵入監視を常に怠らないことが必要である。また、特定の病害虫が未発生であることを諸外国に向けて発信することも求められる。

このため、全国の主要な海空港や農産物生産地等で重要病害虫の侵入警戒調査が行われている。警戒対象として最も多いのはミバエの類で、その他コドリンガ、アリモドキゾウムシ、イモゾウムシ等の害虫、火傷病菌やスイカ果実汚斑病菌等の病原菌があげられる。

 

移動制限

沖縄をはじめとする西南暖地には極めて特殊かつ危険性の高い病害虫が発生していることがあり、ある種の農作物についてはそれら病害虫の宿主となっているために、自由にそれ以外の地域に移動することは病害虫の発生を拡大させる危険性がある。このために移動制限という措置が執られており、海外検疫に近い形で移動禁止品が定められ、持ち出しに制限が加えられる場合がある。

沖縄などではアリモドキゾウムシやイモゾウムシといった害虫のため、未だにサツマイモ等の植物が移動制限対象とされている。しかし、沖縄本島でしばらく前まで非常に大きな問題となっていたウリミバエやミカンコミバエは、放射線処理不妊化虫の放飼やフェロモンを含んだ殺虫板等の投下によって撲滅されるという、世界でも非常に例の少ない快挙が成し遂げられ、ウリ類や柑橘類の移動制限が解除されるに至り、現在では本土の店頭に沖縄産のスイカや熱帯果実等を普通に見かけることができるようになった。

 

植物検疫技術の開発

植物の輸出入に際しては多くの病害虫が発見されるが、これらを迅速・確実かつ安全に消毒できる手法を確立することは非常に重要である。これまで検疫現場で殺虫剤として広く使用されてきた剤の一つである臭化メチルは、温室効果ガスであるとともにオゾン層の破壊の元凶とされ、当初2005年以降の使用が禁止されたため、検疫現場ではこれに変わる殺虫手法を開発する必要に迫られた。このようななか、蒸熱消毒や二酸化炭素等の安全な化学物質による消毒手法の開発が進められている。植物検疫ではその性格上、汚染病害虫が原則として短い時間で100%の殺虫または殺菌効果を持つことが求められるため、技術開発も容易ではないのが実情である。

 

緊急防除

国内の一部に非常に重要な病害虫が発生した場合、法律(植物防疫法)を根拠にこれを撲滅する事業がある。これを緊急防除といい、鹿児島県の一部に発生したアリモドキゾウムシなど、これまでに何回か実施されて一部撲滅に成功した病害虫もあるが、不成功に終わってしまい現在ではかなり広い範囲に分布するようになってしまった病害虫もある。緊急防除の対象となる地域では、単に直接的な防除を徹底するだけでなく、農産物等の移動制限など経済的な制約も加えられる。

 

東京農大OBも活躍

かつて植物検疫といえば、病害虫による汚染さえ見られれば全て不合格という荒っぽい側面を持っていたが、近年では検疫対象病害虫を特定することが求められるようになり、国内の病害虫への対応を含め、植物防疫官は植物の病害虫について非常に詳細な知識と緻密な技術を持たなくてはつとまらない時代になってきた。現在、各地の植物防疫所で東京農業大学のOBが活躍している。今後も若くて優秀な植物防疫官がここ東京農業大学から多数巣立ち、我が国農業の発展に力を尽くしてくれることを願う次第である。

なお、植物検疫全般について本稿よりもさらに詳しくお知りになりたい方は、植物防疫所のホームページ「http://www.pps.go.jp」を参照されたい。

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