東京農業大学

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教員コラム

森がもつ神秘の世界

2010年10月18日

地域環境科学部森林総合学科 教授 宮林 茂幸

伐採や酸性雨などによって、毎年減り続ける世界の森林。地球温暖化との関連から熱い注目を浴びていますが、実は、森林は酸素を出すだけでなく、ある不思議な力を宿していることを知っていますか?
東京農業大学地域環境科学部の宮林茂幸教授が、森林のもつ神秘の世界を、これから案内します。

木は長生きをもたらす?

森林には、不思議な力が宿っています。真夏日に木陰に入り、一瞬、ヒヤーっとして涼しい思いをしたことはありませんか?「森林は天然のエアコン」。そう呼ばれているのです。
こんなデータがあります。森林の中と外の温度を比較してみると、森林の中のほうが5〜6度も低いのです。でも、なぜ森林の中は涼しいのでしょうか? ひとつは、葉っぱによって日差しが遮断されるためですが、もうひとつが、木が行っている 『蒸散』という効果によるものです。蒸散とは、樹木が土から水分を吸収して空気中水蒸気として排出しているもので、この作用によって、水分が蒸発する時に、周りの熱をうばうことになるのです。 太陽からの熱量を100とすると、樹木の蒸散によってうばわれるのは約6割、地表に届くのはわずか4割ほどにすぎません。また、地面の熱は夜になるとどんどん外へと逃げますが、樹木の枝や葉があることで熱が遮断され、熱の発散を防ぎ、気温が急激に下がるのを防いでいます。もし地球に樹木がなかったら。そこは、昼はしゃく熱地獄、夜は極寒という、まるで月のような世界になってしまうのです。

 森林には不思議な力が宿っています。
中学生を対象に木造の教室とコンクリートの教室で、どちらが集中力を長く 維持できるかを調べました。 結果をみると、木造の教室の生徒のほうが、はるかに集中力が長く維持できることがわかりました。同じ実験をマウスを使って行ったところ、コンクリートの箱に入れたマウスはストレスによって早く死んでしまいましたが、木造の箱に入れたマウスは長生きしたという実験結果があります。
なぜでしょうか?木はコンクリートと違い、弾力性があります。コンクリートの上で転ぶとヒザをすりむき強烈な痛さが走りますが、木の床の上で転んでも、痛みは少なく、すりむく度合いも少なくてすみます。この軟らかさがストレスを和らげると考えられます。 そして吸湿効果。木は空気の湿度が高くなると湿気を吸収し、乾燥すると中にためていた水分を蒸発させます。つまり、周囲の湿度が変わっても、一定の環境を常に保つことになります。こうした作用が、生物に心地よさを与えていると思われるのです。

 

人間回復の力

 不思議な力が、森林には確かに宿っています。
森林に入ると、なんとなくすがすがしく感じることはありませんか?こうした作用は『テルペン物質』によるものといわれています。テルペン物質とは、木が自分の身を微生物などの外敵から守るために出している殺菌力のある物質です。 もし私たちが森林の中に入れば、当然、そのテルペン物質を吸うことになります。そして、人間の体内にある有害な細菌類も殺し浄化する。その結果、すがすがしい気分になるのでは、といわれているのです。 しかし、森林の不思議な力は、これから語ることにこそ、その神髄があります。
こんな例があります。体力が弱くなっているお年寄りや幼い子どもなどと一緒に山の中に入ります。最初は歩くのさえおぼつかないのですが、森林の中に一日いると、帰るときには元気に歩いているのです。 山には急傾斜があり、枝が落ちています。そうした障害のある環境に入ると、体の中の防衛本能がいつのまにか訓練され、体力が向上するのです。つまり、山とかかわることで、人間が本来備えている力がわき出てくるのです。
医師であり、長年登山家としても活躍してきた今井通子さんはこう言います。「建物の中にいると脳は3割くらいしか働かない。でも、森林の中にいると8割は働いている」。 またドイツでは、自然療法として森林浴を取り入れるなど、森林の不思議な効果に注目し始めています。 森林浴はまだ科学的に証明されていないことが数多くあります。でもだからこそ、研究しがいのある分野でもあります。 人の体を癒し、心をも癒す。その森林のもつ不思議な力や、毎年減少している森林を持続的に利用し保全するシステムなどについて、我々はこれからも追究していくつもりです。

 

 

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