東京農業大学

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教員コラム

キャベツとすんき菜乳酸が主役です

2011年4月13日

今回は、乳酸の穏やかな酸味が主役の漬物の話です。その一つは、ヨーロッパをはじめ世界各国で食されているキャベツの漬物サワークラフト(ザウエルクラフト)です。

サワークラフトとは、サワー(酸っぱい)クラフト(野菜)という意味で、特にドイツを中心に発展してきた漬物です。その歴史は紀元前まで遡り、古くはキャベツに果汁や酢を加え樽で保存したものだったようです。その後、酢と塩を加え乳酸発酵を行う方法へと変わり、現在では、細切りキャベツに食塩を加え乳酸発酵させる方法となりました。製造法はシンプルですが発酵中の微生物の消長は結構複雑ですので、少し解説します。製造の手順は、まず、原料のキャベツを切りやすいように「しおらし」1)を行い、葉を水洗後、細切りします。この細切りキャベツに塩をまぶしながら容器に入れ、押し蓋と重石をのせて16〜24℃で乳酸発酵させます。発酵温度の違いにより、概ね2週間〜1ケ月で完成です。こんなシンプルな工程中で、一体どんな微生物反応が起こっているのでしょうか?サワークラフトは、他の漬物に比べ食塩濃度が比較的低い(2〜3%)ので、発酵初期には、キャベツに付着している多くの種類の好気性細菌(雑菌)が生育してきます。勿論、数種の球状乳酸菌もやや遅れて活発に生育してきます。当然、それらの乳酸菌は、乳酸(0.7〜1.0%)と少量の酢酸やアルコール、その他の物質を生産します。すると、キャベツのpHが低下し雑菌は減少、死滅し、またサワークラフトは微妙な香味となります。発酵中期〜後期になると、更に多量の乳酸を生産できる別の桿状乳酸菌が活発に増殖し乳酸濃度は高まり(1.5〜2.0%)酸味が増強します。場合によっては酵母なども生育してきます。このように多くの微生物が発酵経過中に様々に関与することにより、歯切れが良く、さわやかな酸味と微妙な香味をもつサワークラフトが出来上がるというわけです。なお、塩の量と発酵温度が異なれば、当然生育してくる微生物群の種類や増殖速度も各々異なり、生産物なども微妙に異なりますから、サワークラフトの品質も大きく変わるということになります。発酵食品とは様々な微生物の共生、共存にこそ、その極意があるのです。なお、商品として流通させるためには、これを瓶や缶に詰め殺菌を行う必要があります。

2つ目は、長野県木曽地方の伝統漬物「すんき漬け」です。漬物の製造には、雑菌汚染防止と好ましい味覚と保存性の向上のため塩の利用は欠かせないものです。ところが、このすんき漬けは全く塩を使わず乳酸発酵のみによる特異な漬物です。その製造法は、まず、すんき菜(赤カブ)をさっと茹でる(付着している雑菌を死滅させる)、次に、これをそのままあるいは刻んで容器に入れる。この時、前年度のすんき漬けを種として交互に浸けこむ(多量の乳酸菌を一気に加えることになる)。そして、冬場につくる(低温で雑菌が繁殖しにくい)。いずれの操作も塩を使わない工夫で、微生物学的根拠に基づいています。なぜ、このような無塩発酵漬けものが木曽で生まれたかというと、木曽は海から遠い山国で、「米は貸しても塩貸すな」の言葉が残っているほど塩が貴重な財産だったからとのことです。人間の知恵は本当にすごい。

次号、乳酸つづく。

 

1)しおれた状態にする。

 

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