東京農業大学

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教員コラム

米を磨く酒造好適米

2010年9月10日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

デンプンの3回目は、お米のデンプンと酒造りの話です。清酒の主原料は米と水ですから、酒造りに適した米(酒米)と良質の水が必要不可欠です。一方、酒の香りと味とアルコールは、米のデンプンが麹菌(麹菌の生産するデンプン分解酵素)と酵母により分解、代謝されることにより生成されるので、これら微生物なくして酒は存在しません。酒造りは、大変複雑な工程と高度な技術体系のもとで成り立っていますが、今回は、酒米について少し説明します。酒米は学術的には酒造好適米といい、食用のうるち米とは少し異なった特性を持っています。一般に、玄米は70〜75%がデンプンで、その他に水分、タンパク質、脂質、無機物などを含んでいます。玄米を精米し白米としますが、その時の精米の程度を精米歩合といい、精米歩合(%)=(白米Kg/玄米Kg)×100の式で計算します。食用の白米の精米歩合は92%程度です(8%が糠として取り除かれる)。しかし、酒造りでは、デンプン以外の成分は酒の雑味の要因になりますから、それらの成分を削り取るため更に高度の精米が必要です(米を磨くともいう)。概ね、普通酒の精米歩合は70〜72%、上級酒は60〜65%、大吟醸酒と称する最高級の酒では40〜50%です。40%とは、一粒の玄米を60%も削り取った白米ということになるのです。それ故、酒造好適米は、このような精米歩合に耐えられるよう大粒で粒が揃っていて、タンパク質などの含量の低いことが望まれます。ちなみに、米粒の大きさは千粒重(米粒1000個の重さg)で表します。日本の米は概ね21〜24gですから、26〜29gが大粒米といえます。

精米した白米を用いた酒造りの工程を極めて簡単にまとめると《1》白米を蒸した蒸米に麹菌を繁殖させて麹をつくる工程《2》この麹に蒸米と水と酵母を加えて酒母をつくる工程(※1)《3》この酒母に麹と蒸米と水を一般的には3回段階的に逐次加えて発酵させる仕込発酵工程へと続きます。麹には麹菌が生産したデンプン分解酵素が多量含まれていなければならず、その為には蒸米全体に麹菌が増殖する必要があります。それ故、酒造好適米は心白(粒の中心部にある白色不透明な部分)が大きく吸水性が良く、蒸米が弾力に富み麹菌の菌糸が米粒の中心部まで良く生育する必要があります。また、麹菌の酵素によるデンプンの分解と酵母の増殖(アルコール発酵)が並行してバランス良く進行することが重要です。酒造好適米とは、これらすべての工程で酒造りに適した性質を有することが望まれるのです。それらの条件を備えた酒造好適米は各県に多数認定されていて、山田錦(兵庫)、雄町(岡山)、五百万石(新潟)、たかね錦(長野)、八反(広島)などが代表的な銘柄です(※2)。

なお、清酒の起源は諸説あり定かではありません。しかし、製造の記録は古事記や日本書紀まで遡り、平安時代の延喜式(927年)には朝廷での酒造りが記述されています。また、御酒之日記(1355年)や多聞院日記(1570年)には現代の酒造りに通じる製造法が記載され、江戸時代前期には現在の酒造りに近い製法で清酒が造られていました。

9月9日は重陽の節句。菊の節句ともいい、邪気を祓い、無病息災、長寿を願い、菊の花を浸した酒を酌み交わして祝ったといいます。中国から伝わり、平安時代から江戸時代まで広く行われていたようですが、現在ではほとんど聞かなくなってしまいました。長寿高齢化、清酒需要の低迷の折、ぜひ復活させたい行事と思うのですが…。次号につづく


(※1)現在は雑菌汚染防止に乳酸を添加する。

(※2)現在は精米技術の進歩により内地米で概ね良質の酒が造れる

 

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