東京農業大学

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教員コラム

窒素は体をめぐる

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

安静時と運動時では大きく異なりますが、人は、通常1日2500〜3000リットルの空気を吸っています。空気の成分は、水蒸気を除くと窒素78%、酸素21%、アルゴン1%、炭酸ガス0.03%です。このうち酸素は生命活動のエネルギー生成に使われ、最終的に炭酸ガスを生じます。従って、吐き出す空気は、吸った時より、酸素が少し減って、炭酸ガスが少し増えているのです。一方、最大成分である窒素は、我々が生活している地上の環境下(1気圧)では、体内の組織をめぐり、そのまま排出されています。しかし、空気ボンベを使用したスキューバダイビングや潜水作業においては、窒素が体に悪影響を及ぼすことがあります。水中では、人体もその他物体も水の圧力(水圧)を受けますが、その大きさは水深に比例しています。水深10mあたり1気圧に相当する水圧となりますから、仮に100mの水中では10気圧、地上の大気圧の10倍もの圧力を体が受けることになります。水圧が高ければ高いほど、ボンベから吸った空気の各成分は、血液や体液など体の様々な組織に、圧力に比例して多く溶け込むことになります。その結果、水中の深い所では、地上より多く体内組織に溶け込んだ窒素による麻酔作用で頭がぼんやりしたり、意識が遠のく場合があるといわれています。特に、注意すべきことは、海中(水圧の高い所)から海面(1気圧)に浮上するときです。つまり、ダイバーが海面に向かって急浮上すると、体が受けていた圧力が急激に低下するため、体の組織に溶けていた多量の窒素は一気に気泡化します。サイダーの栓を一気に開けた時、ビン内に急激に泡が生ずる現象と同じ原理です。体の組織で生じた窒素の気泡は、当然、体の様々な組織の機能に悪影響を及ぼしますから、知覚障害、運動障害、自律神経障害などを起こすことになります。これが潜水病(医学的には減圧障害、減圧症という)といわれるものです。潜水病の予防には、海面までの浮上時間をできるだけ長く、ゆっくりと上昇し体内に気泡が生じないようにすることが必要です。  それでは窒素を含む化合物中の窒素は、どのように代謝され、排泄されているのか? 人間にとって必要不可欠な窒素化合物であるタンパク質とアミノ酸の例を少し説明します。人の体内では、タンパク質が分解されて生じたアミノ酸と食物を通して摂取されたアミノ酸を使って、生命活動を維持するために必要な様々なタンパク質が常に合成されています。しかし、余分なアミノ酸や不必要になったアミノ酸は、当然分解し、排泄しなければなりません。しかし、厄介なことに、アミノ酸を分解するとアンモニアが生成されます。アンモニアには神経毒があり我々の体にとっては大変有害な物質です。ところが、人は、肝臓に尿素回路とよぶ特別な代謝系を持っていて、体中で生じるアンモニアを無害な尿素に代えています。この尿素1)は腎臓に運ばれ尿として排泄されているのです。この尿素は、植物や微生物の栄養源となり、そのまま利用される有用物質です。人間はすごい、生物界もすごい、自然は本当にすごいのです。

9月は月が綺麗です。三日月、上弦、十三夜、十五夜(満月)、十六夜、立待月、居待月、下弦、三十日月、これみな月の名称。日本人の月に対する思い入れの強さでしょうか。「名月や池をめぐりてよもすがら」芭蕉の頃ならいざしらず、今なら挙動不審者と間違えられたりして……。次号、窒素化合物の代表「タンパク質」につづく。
1) 人が1日に排出する尿素の量は約30g、排泄する総窒素量の80〜90%は尿素です。

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