東京農業大学

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教員コラム

梅干様は優れものクエン酸が主役です

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

クエン酸あればこその伝統食品といえば梅干。おばあちゃんの味、お母さんの味、様々な思い出を呼び起こす梅干、日本人の心の故郷のような漬物と思うのです。唾液の分泌を促し消化を助けたり、疲労回復や防菌・防腐作用などもあります。軽々しく「梅干」などと呼び捨てにしてはいけないほど優れた食品なのです。この梅干の素晴らしさや効能はクエン酸の力が絶大ですから、クエン酸の2回目は梅干を取り上げました。

梅と梅干の歴史を少しばかり1)。梅の原産地は中国揚子江の奥地といわれバラ科サクラ属の落葉樹です。日本には奈良時代に薬用の烏梅(うばい)が渡来し、次いで観賞用の生木が持ち込まれ、現在では300種以上も品種があります。梅の語源は、中国語の発音の「梅:メイ」が「ンメイ」「ウメ」となったとの説が有力です。伝来して1400年余り、春を告げる花として日本人の風雅の心を培うとともに、その実は食用、薬用として用いられてきたことはご存知のとおりです。なお、烏梅とは、青梅を“かまど”の上でワラの火の煙で乾燥させ、カラスのような黒色の燻製品として薬用、調味料としたものです。主成分は、もちろんクエン酸とミネラルです。

梅干の歴史も古く、世界最古の農業書(6世紀頃)である中国の「斉民要術」に、その製法が記載されています。日本でも、平安中期(982年)の日本最古の医学書「医心房」に烏梅が紹介されていて、室町時代には、紫蘇の葉を使う現在の梅干製造技術も確立したと推定されています。通常、梅干とは、梅の果実を塩漬けした後、日干しにした漬け物で、塩漬けして日干しないものは梅漬けといいます。最近良く目にする、蜂蜜漬け、昆布・きのこ・鰹節味などの梅干は調味梅と呼んでいます。梅干の伝統的製法は、完熟した梅を、水洗後、18〜20%の塩分濃度でタルに漬け込み重石をします。約1カ月位で、梅酢が抽出されます。古くは、この梅酢を調味料として使っていましたので「いい塩梅」なる言葉もここから来ています(本誌№21,2005)。この塩漬けした梅を夏の土用の頃、晴天の日に、“すだれ”にならべて3〜5日、日干しを繰り返し、夜間には夜露にさらします。南高梅の産地、和歌山県みなべ地方では、この土用の天日干し作業が、夏の風物詩ともなっています。燦燦と降り注ぐ太陽の光を一杯に浴び日焼けすることにより格別の味と香りが引き出されるとのこと。乾燥機ではとても無理。自然の力、人間の知恵と努力、いつもながら、只々驚嘆するばかりです。天日干し直後の梅干は、塩味も酸味も荒々しく、半年から数年置くことにより“塩なれ”した美味しさとなります。ちなみに、調味梅は、出来上がった梅干を様々な調味液に漬けて、減塩と新しい味の付加を目的に造ったものです。

美味しい物、良い物をつくるには、とにかく手間と時間を惜しまないことが鉄則です。にもかかわらず、このシリーズ原稿、毎月締め切りに追われ、右往左往。熟成不十分でお恥ずかしい限りですが、今年も1年間ご愛読ありがとうございました。

来年も良い年になりますよう願いつつ、次号、辛い話「カプサイシン」につづく。

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