東京農業大学

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教員コラム

納豆からの糖尿病予防ペプチドの発見

2018年7月20日

応用生物科学部醸造科学科 教授 舘 博

近年、2型糖尿病の治療薬として注目されているDPPⅣ阻害物質。醸造学研究者という立場から、タンパク質原料を分解して製造されペプチドを多く含有する米みそ、濃口しょうゆや納豆などの発酵食品からDPPⅣ阻害物質を探すことにした。その結果、しょうゆ麹菌由来のDPPⅣを用いてヒトDPPⅣ阻害ペプチドの探索を可能にすることで、納豆から新しく2種類の2型糖尿病予防ジペプチドを発見した。

しょうゆ麹菌DPPⅣの発見

しょうゆは、大豆と小麦に麹菌を生やしたしょうゆ麹を食塩水に仕込み6カ月間発酵熟成させて醸造するわが国の伝統的な発酵調味料である。醤油のうまみ成分であるアミノ酸は、しょうゆもろみの仕込み初期にしょうゆ麹菌が生産したタンパク質分解酵素であるプロテアーゼにより、大豆や小麦のタンパク質が分解されて生成される。著者らは、しょうゆのアミノ酸生成における鍵酵素としてしょうゆ麹菌がしょうゆ麹菌ジペプチジルペプチダーゼⅣ(DPPⅣ)を生成していることを発見した(図1)。DPPⅣはヒトや哺乳類からは見出されていたが、カビからのDPPⅣ発見は我々が最初だった。

しょうゆ麹菌のDPPⅣを発見した1990年代に、DPPⅣをキーワードにして文献検索をしたところ、ヒトDPPⅣに関する文献が数万件もあったことに驚いた。DPPⅣと糖尿病との関わりについて、世界中で研究されていたのである。しょうゆの研究者である著者も、結果的にしょうゆの研究ではなく糖尿病の研究に手を染めることになってしまった。

2016年に厚生労働省が実施した国民健康・栄養調査によると、「糖尿病が強く疑われる者」は約1,000万人と推計され(12・1%)、1997年以降増加しており、「糖尿病の可能性を否定できない者」も約1,000万人と推計されている(12・1%)。糖尿病は1型と2型に分けられるが、1型糖尿病は膵臓のβ細胞が壊れてインスリンが分泌されなくなるもので、幼少時から発症する。2型糖尿病は肥満や運動不足など後天的な要因で発症しインスリンが分泌されにくくなるものである。日本人の糖尿病患者の95%が2型糖尿病であると推定されている。

糖が消化管に入ってくると腸の細胞からインクレチンというホルモンが分泌され、インクレチンは膵臓のβ細胞からインスリンを分泌させ、その結果、血糖値が下がる。しかし、肥満によって脂肪組織が肥大化すると、脂肪組織では炎症がおきてインクレチンを分解するDPPⅣが多く産生される。その結果、インクレチンが膵臓のβ細胞に到達する前に分解されてしまい、インスリンが不足して、血糖値が上昇してしまうのである(図2)。これが、2型糖尿病の原因の一つである。近年、このような2型糖尿病のメカニズムが明らかになったことから、DPPⅣの酵素分子に結合してその活性を低下させるDPPⅣ阻害薬が2型糖尿病の治療薬として開発され、使用されている。DPPⅣ阻害薬はDPPⅣの基質と類似構造を持つ物質で、その一部にはペプチドも存在しており、ゴーダチーズや米タンパク質など食品からもDPPⅣ阻害物質が見つかっている。

そこで、著者らは2型糖尿病予防の観点から、タンパク質原料を分解して製造されペプチドを多く含有する米みそ、濃口しょうゆや納豆などの発酵食品からDPPⅣ阻害物質を探すことにした。

図1 しょうゆの仕込初期もろみにおけるポリペプチドからのアミノ酸生成
しょうゆのうまみ成分(アミノ酸)は、タンパク質が分解されてできたポリペプチドを、さらに分解して生成される。ポリペプチドの分解には、ロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)とDPPⅣの2つの酵素が関与しており、DPPⅣがLAPの分解できないプロリン(アミノ酸の一種:図中Ⓟ)との結合を分解することでアミノ酸生成が進み、しょうゆの美味しさが形成される。(Tachi H et al. Phytochemistry 31,3707,1992)

図2 2型糖尿病におけるDPPⅣの作用

しょうゆ麹菌DPPⅣを用いたDPPⅣ阻害ペプチドの検索

本来、ヒト由来DPPⅣを用いて試験すべきではあるが、ヒト由来DPPⅣは高価で容易に試験を行えない。そこで、しょうゆ麹菌(Aspergillus oryzae KBN616)を生やしたフスマ麹から酵素を抽出して安価にしょうゆ麹菌DPPⅣを調製し、しょゆ麹菌由来のDPPⅣがヒト由来DPPⅣの代替として使用可能であることを確認してから、発酵食品からDPPⅣ阻害ペプチドを探した。

醸造学の研究者として、ぜひとも米みそと濃口しょうゆからDPPⅣ阻害ペプチドを分離したかったが、米みそと濃口しょうゆに含まれる食塩がしょうゆ麹菌のDPPⅣ活性を阻害してしまい、正確なDPPⅣ阻害活性を測定出来なかった。ゲルろ過クロマトグラフィーにより米みそと濃口しょうゆのDPPⅣ阻害ペプチドと食塩との分離も試みたが、きれいには分離できなかった。米みそと濃口しょうゆにはDPPⅣ阻害ペプチドが含有されているようだったが、今後実験手法を再度検討し直すこととして、今回はDPPⅣ阻害ペプチドを探しだすことを断念した。次に、製造過程で食塩を使用しない納豆を用いてDPPⅣ阻害ペプチドを探した。

納豆のγ-ポリグルタミン酸を熱水除去後、磨砕して水抽出したものを試料溶液とし、限外ろ過により分子量3,000以下の成分を回収し、DPPⅣ阻害活性の測定を行った。納豆抽出液は80%の高いDPPⅣ阻害率を示し、50%阻害濃度(IC50)も6・35〜7・10mg/mℓと食品としては比較的高い値であった。そこで、納豆抽出液を用いたゲル濾過クロマトグラフィーを行い、DPPⅣ阻害率が40%以上の6ピークを回収した(図3)。さらに精製を続け、2種類のDPPⅣ阻害ペプチドを精製した。いずれも新規にDPPⅣ阻害活性が判明したペプチドで、大豆の主要タンパク質に含有される配列だった。

図3 納豆の分離・精製(HW-40S)

終わりに

今回、しょうゆ麹菌由来のDPPⅣを用いてヒトDPPⅣ阻害ペプチドの探索が可能になったことにより、納豆から2種類の新規の2型糖尿病予防ジペプチドを発見した。今後、しょうゆ麹菌由来のDPPⅣを用いた実験により、様々な食品に含まれるDPPⅣ阻害ペプチドが発見され、2型糖尿病予防の研究が進むものと期待している。

一般的に食品成分に含まれる機能性成分は、医薬品ではないので薬理効果は期待できないが、日々の摂取による予防効果はあるのではないかと考えている。最近、マスコミから健康効果についての取材が多いが、発酵食品が微生物による生成物を多く含むことから、機能性成分も多く含んでいると勘違いしている場合が少なくない。発酵食品には薬理効果を期待するのではなく、まずは、その美味しさを味わっていただきたい。

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