国際農業開発学科 足達 太郎 教授が制作協力、東京新聞サンデー版 世界と日本大図解シリーズ『〈大図解〉「害虫」と人間(No.1762)』
2026年5月12日
メディア
国際農業開発学科 足達 太郎 教授が4月12日付の東京新聞サンデー版世界と日本大図解シリーズ『〈大図解〉「害虫」と人間(No.1762)』を監修し、同特集に寄稿しました。
現代人-とくに日本では、虫を必要以上に遠ざけすぎているようにみえる。
足達教授は人間の自己中心的な視点がつくり出した「害虫」というラベルを一度はがして、虫たちが支える生命の循環に目を向けて欲しいと語ります。
人間も虫も生態系の一部 “虫を知ることから”はじめよう。
国際農業開発学科 足達 太郎 教授
熱帯作物保護学研究室の足達太郎教授が監修する《大図解》「『害虫』と人間」という特集記事が4月12日付東京新聞サンデー版に掲載されました。
虫に魅せられてから半世紀以上。足達先生の情熱は今も変わることなく、昆虫の奥深い世界を私たちに伝え続けています。
そんな足達先生の研究室を訪ね、お話をうかがいました。
長年つづいた「作物害虫学」という授業科目名を「農業昆虫学」へと変えた理由など、興味ぶかいお話をたくさん聞くことができました。
害虫は本当にふえている?
足達先生は、熱帯作物保護学、とくに応用昆虫学がご専門とのことで、きょうは虫や害虫のことをいろいろとうかがっていきたいと思います。近年、地球温暖化の影響で、害虫がふえているという話をよく聞きますが、本当ですか。
害虫の種ごとの数でいうと、かならずしもすべての害虫がふえているわけではありません。温暖化の影響で数をへらしている害虫も結構います。じつは昆虫は一般に暑さによわく、30℃をこえると成育に支障をきたす種も少なくありません。温暖化がすすむと、比較的高温につよい虫が生きのこり、そのほかの競合したり天敵となる虫がへっていく。すると特定の一部の虫が異常にふえ、その結果、周囲の環境や人間生活に影響をおよぼすことにもなります。こうして「ただの虫」が害虫化するのです。
侵入害虫とグローバル化
害虫の種類がふえているのではないでしょうか。近年、海外からあらたな害虫が侵入したり、そのリスクが高まっているという話も聞きます。
侵入害虫のリスクが高まっているのは事実です。グローバル化や貿易の拡大によって、輸入産品にまぎれこみ、意図せずにはこばれた虫たちが日本に定着するケースがふえています。外来害虫の侵入は海上輸送が主流だったころからありましたが、近年は保冷コンテナや航空機により生鮮農産物の輸入量がふえており、害虫の侵入リスクはより高まっています。さらに、こうした虫たちは、都市化や農地開発、耕作放棄などによって生物多様性が低下し、競合種や天敵がいない環境に定着しやすいのです。つまり、外来の虫たちをまねきいれ、害虫化をうながしているのは、わたしたち人間の活動にほかなりません。
「害虫」とは人間がはるラベル
なるほど。「ただの虫」が害虫にならないようにするには、どうしたらよいですか。
そもそも「害虫」とは何でしょうか。国語辞典には「人間の生活や健康に害をおよぼす虫」とでています。逆に人間の生活の役にたつ虫は「益虫」とよばれます。どちらも、人間の視点から虫につけたラベルのようなものです。ところが、人間の都合によって、おなじ虫に両方のラベルがはられてしまうこともよくあります。たとえば、チョウやガの幼虫(イモムシ)は、野菜や果樹を食害する害虫であると同時に、その成虫は作物の授粉に貢献する益虫でもあります。そもそも植物は虫に授粉してもらうことによって繁殖できるように進化してきたので、農業生産の現場でもこうした送粉昆虫(ポリネーター)の存在は不可欠です。農業生産に影響がでるほどの食害はそれほど頻繁におきているわけではなく、虫の数がふえすぎたときにかぎられます。ですから、害虫を1匹ものこらず「駆除」しなくても、数を適切に「管理」すれば被害はおきません。そうすれば、その虫はもはや害虫ではなく、授粉に貢献したり、天敵などほかの虫の餌となる益虫ともいえるでしょう。
授業名にこめた思い
長年つづいた「作物害虫学」という授業科目名を「農業昆虫学」へと変えられたのは、なぜですか。
「作物害虫学」という科目名は、前任の教員からひきついだものですが、この名前ではどうしても虫を「作物に害をあたえる存在」として見る印象がつよくなります。しかし、農業の現場にいる虫は、すべてが害虫というわけではありません。作物を食べる虫もいれば、その虫を食べる天敵もいます。先ほど言ったような花粉をはこぶ虫、土壌や有機物の分解にかかわる虫もいます。
農業は、人間だけでなりたっているわけではありません。作物、土、気候、微生物、そして昆虫をふくむ多様な生きものの関係のなかにあります。そこで、虫を「駆除すべき対象」としてだけでなく、農業生態系の一員としてとらえることを重視したいとかんがえ、2024年度の新カリキュラムから「農業昆虫学」という名称にしました。
現代人はなぜ虫がきらいなのか
近年、「虫ぎらい」の人がふえているとも言われます。先生はどのように見ていますか。
虫ぎらいの人は昔からいたと思いますが、今よりも少なかったと思います。もともと日本には、歴史的に虫にしたしむ文化がありました。『万葉集』には虫を詠んだ和歌がたくさんありますし、平安時代の『堤中納言物語』には「虫めずる姫君」というエピソードが収録されています。現代でも、夏やすみの自由研究で昆虫標本を作製するなどというのは、日本だけです。
それが近年は、害虫でなくても、「不快」という理由だけで、虫を邪魔者あつかいして排除することが、社会的に普通のこととして認知されるようになってきました。すこし前のことですが、小学生むけの学習ノートの表紙に昆虫の写真をつかうのをやめるというできごとがありました。これは、小学校の教員から、「職場で日常的に虫の写真をみるのが苦痛」というクレームがあったのが契機だったそうです。
虫ぎらいは生まれつき?
児童じゃなくて、教員がですか?
小学生ぐらいだと、虫がきらいな子供はまだ少ないでしょう。むしろ興味をもつ子供が多いはずなのに、その機会をうばってしまったのは残念なことです。わたしの娘も、赤ん坊のころは家のなかにとびこんできたバッタやコオロギを、ハイハイしながらおいかけていました。それが中高生ぐらいになると、「虫キライ!」とさけぶようになりました。これには、社会的・文化的な要因が関与していると思います。
人類の歴史のほとんどは、狩猟採集に依存した生活で、昆虫や節足動物は重要な食料源でした。もし人類が本能的に虫ぎらいだったとしたら、食料不足の環境を生きのびることはできなかったかもしれません。農耕や牧畜をはじめてからも、人間は虫たちとさまざまな形で共存してきました。しかし、20世紀になって強力な化学殺虫剤が登場すると、虫と人間との関係は大きくかわりました。
清潔すぎる社会と「消毒思想」
アジア・太平洋戦争に敗戦した日本では、アメリカ軍がDDTという殺虫剤でノミやシラミといった感染症を媒介する害虫を徹底的に駆除しました。これは結果的に病原菌を死滅させる行為なので、「消毒」という言葉がつかわれました。ところがその後、病原菌とは関係のない農業害虫や「不快害虫」などに対しても、消毒という言葉が混同して使用されるようになりました。「消毒」はもともと医学用語なのでしょうが、その対象を恣意的に拡張していくと、おそろしいことになります。
農業現場で作物以外の生きものの存在を容認しない、食品製造の現場で無害であっても、「清潔」を旗印にして異物の混入を一切みとめない――こうした志向を「消毒思想」とよんでいます。消毒思想が台頭してくると、虫は人間の生活圏にまぎれこむ「異物」ないしは「汚物」とみなされ、排除の対象となります。
さらに近年は、インターネットで虫の写真をひらく前に「閲覧注意」と表示されたりします。見るだけなら害はないはずですが、そんな表示を日常的に見ていると、虫を見るのがはばかられるようになってしまうのかもしれません。このような過剰な配慮や同調圧力が、虫に対する社会的な忌避感を増幅している可能性があります。
アフリカで見た虫との距離感
虫ぎらいの人がふえているのは、日本だけでしょうか。
近年は世界中で虫ぎらいの人が増加傾向にあるという調査結果があります。その背景には、都市化や住宅環境の変化があるとされています。わたしも、アフリカや東南アジアで都市的な生活をしている家庭にお邪魔すると、そんな傾向が垣間見られました。
しかし、都市からはなれると様子がかわります。ケニアでサンブルという牧畜民族のお宅にまねかれて食事をしたとき、ミルクのお椀にハエが黒山のようにたかっていました。手でおいはらってもすぐにまたあつまってきます。しかし、サンブルの人たちは平気でミルクを飲んでいました。普通に飲めば、ハエたちも自分から人間の口のなかに入ろうとはせず、最後はとびさっていきます。小さなハエにわずらわされることなく、平然とミルクを飲むかれらをみて、少々大げさかもしれませんが、人間の威厳のようなものを感じました。
虫を知ることからはじめよう
そう言われると、サンブルの人たちを見ならいたい気もします。今後、人間と虫たちが共存していくために、わたしたちはどうすればよいでしょうか。
虫のなかには、マダニのように重篤な病気をひきおこすものもいるので、注意が必要です。そのためには、単に虫たちをとおざけるのではなく、かれらのことをよく知る必要があります。すべての虫をすきになる必要はありません。人間も虫も生態系の一部なのですから、まずはひとりひとりが虫たちとの心理的な境界線を引きなおしてみるのがよいと思います。自然への不寛容は種としての人類の衰退をまねきかねません。農大や開発学科の学生のみなさんには、ぜひ率先してこのメッセージを世間につたえてほしいです。
『〈大図解〉「害虫」と人間(No.1762)』は以下より購入可能です。
