【研究成果(共同)】南極内陸山地から新種の地衣生菌を発見 | 学術情報課程 田留 健介 准教授ら
2026年10月13日
教育・学術
南極内陸山地から新種の地衣生菌を発見
―分布上興味深い6種も確認―
概要
東京農業大学 学術情報課程 准教授・「食と農」の博物館 副館長の田留健介、国立科学博物館 植物研究部 菌類・藻類研究グループ グループ長 大村嘉人、国立極地研究所 生物圏研究グループ 特任教授・副所長 伊村智(総合研究大学院大学 名誉教授)らは、2020年に第61次南極地域観測隊 セール・ロンダーネ山地陸上生物調査で採集した地衣類上に生育していた地衣生菌の分類学的検討を行いました。その結果、地衣生菌の新種 リケノスティクタ・アンタークティカ(Lichenosticta antarctica)と、分布上注目される6種の地衣生菌を確認しました。
本研究は、これまでほとんど研究されてこなかった、南極の内陸山地における地衣生菌相の一端を明らかにしたものです。
背景
地衣類は、一見するとコケのようですが、菌類と藻類の共生生物で、分類学上はきのこと同じ菌類の仲間となっています。低温や乾燥に耐える種も多く、高山、砂漠、北極、南極など、生物にとって厳しい環境にも広く分布しています。地衣生菌とは、地衣類を主な宿主としている菌類の総称です。
南極からは約100種の地衣生菌が報告されていますが、その多くは南極半島やサウス・シェトランド諸島などの海洋性南極からの記録で、南極の他の地域での調査例は限られています。日本の昭和基地周辺でも地衣生菌は3種報告されているだけです。とりわけ内陸山地における地衣生菌の多様性の知見はほとんど研究されてきませんでした。
第61次南極地域観測隊では、2019年から2020年に、ドロンイングモードランド航空網(通称:ドロムラン)の飛行機を活用し、昭和基地周辺や沿岸部とは異なる生物相をもつとされる、南極内陸のセール・ロンダーネ山地の陸上生物調査を実施しました。同山域での陸上生物調査は、日本の第30次隊やベルギー隊(伊村智 教授が参加)が過去に行っていますが、その生物多様性は未だ充分に把握できていません。
研究内容・研究成果
セール・ロンダーネ山地に近接しているベルギーのプリンセス・エリザベス基地を起点に、雪鳥とりで山、タンガーレン、タンガーレン東部、パーレンバンデ、ケテレルス氷河(ドライバレー)、テルテ、ウットスタイネンおよびプリンセス・エリザベス基地周辺の計8か所で地衣類および地衣生菌が感染した地衣類の採集を行いました。
採集した地衣類、地衣生菌の標本を実体顕微鏡および微分干渉顕微鏡で詳しく観察したところ、ナンキョクロウソクゴケCandelaria murrayi 上でリケノスティクタ属の地衣生菌が見つかりました。国立科学博物館に収蔵されている近縁種の標本と比較して分類学的に検討した結果、宿主上に赤褐色~黒色で小形の分生子殻をつくることや、涙形の分生子を持つことなど既知種にはない形態的特徴が確認されました。これらの特徴から新種であると判断し、リケノスティクタ・アンタークティカ(Fig.1)として発表しました。
他の種の地衣類からはブライオスティグマ cf. モレンドイ(Bryostigma cf. molendoi), カルボネア・アグレガンツラ(Carbonea aggregantula), イントラリケン・リケニコラ(Intralichen lichenicola), リケノコニウム・ウスネアエ(Lichenoconium usneae), ミューラーエラ・ピグマエア(Muellerella pygmaea), テトラメラス・ファエオフィスキアエ(Tetramelas phaeophysciae) といった地衣生菌が確認されました(Fig.2)。
約100種の地衣生菌が確認されている海洋性南極は、年平均気温が-3~-1℃である一方、本調査地の年平均気温は-18℃まで低くなります。これら6種はいずれも、東南極内陸山地における新たな分布記録であり、従来知られていたよりもはるかに厳しい低温・乾燥環境でも生育できることが示唆されました。
Fig.1 リケノスティクタ・アンタークティカ. (a)ナンキョクロウソクゴケ上に寄生している様子, (b–c) 分生子殻. (d) 分生子殻の断面. (e) 分生子殻壁. (f–g) 分生子柄と分生子形成細胞. (h) 分生子. スケールバー: (a) 500 μm; (b–c) 100 μm; (d) 30 μm; (e–g) 5 μm; (h) 1 μm.
Fig.2 (a) ブライオスティグマ cf. モレンドイ, (b) カルボネア・アグレガンツラ, (c) イントラリケン・リケニコラ, (d) リケノコニウム・ウスネアエ, (e) ミューラーエラ・ピグマエア, (f) テトラメラス・ファエオフィスキアエ. スケールバー: (a-d) 500 μm; (e-f) 100 μm.
今後の予定
本研究では、セール・ロンダーネ山地西部で採集した地衣生菌の分類学的研究を行い、新種1種を記載するとともに、既知の6種について新たな分布を確認しました。しかし、調査したのは限られた地域であり、セール・ロンダーネ山地全体の種組成や分布は、まだ充分に明らかになっていません。また、形態だけでは種の判別が困難なものもあり、分類学的な再検討が必要な種も残されています。今後は、採集した地衣類について分類学的研究を進め、同山地の地衣類相の解明を目指します。
研究プロジェクトについて
本研究は、第61次南極地域観測隊 一般研究観測「南極陸上生態系における生物多様性の起源と変遷」の一環として行われました。また、科学研究費助成事業(若手研究:課題番号25K18534)、公益財団法人 発酵研究所(一般研究助成:助成番号 G-2025-1-034)の助成、および国立極地研究所の一般共同研究によって進められました。
論文情報
論文名 Lichenosticta antarctica sp. nov. (Lecanorales, Ascomycota) and six noteworthy lichenicolous fungi from the Sør Rondane Mountains, Dronning Maud Land, Antarctica
著者名 Kensuke Tadome, Yoshihito Ohmura & Satoshi Imura
雑誌名 Polar Research
DOI https://doi.org/10.33265/polar.v45.13045
公表日 2026年9月23日
用語解説・補足説明
地衣類:菌類と緑藻やシアノバクテリアが共生し、「地衣体」と呼ばれる特有の構造体を形成する生物。世界で約2万種、 南極で約500種が知られています。日本では、ウメノキゴケ、サルオガセなどが有名です。
地衣生菌:地衣類を主な宿主としている菌類。世界で約2800種知られており、宿主が枯れたり変色したりする「寄生」、枯れた宿主に生える「腐生」、宿主へ害をあたえない「共生」(実際は不明)など種によって様々な生態をもちます。南極からは約100種、日本からは約180種が確認されています。
ドロンイングモードランド航空網:DROMLAN(Dronning Maud Land Air Network)。南極のドロンイングモードランド地域で観測活動を行う、日本含む12か国が協力して維持・利用している航空輸送ネットワーク。南アフリカと南極大陸を結ぶ大陸間輸送に加え、南極大陸内の各基地・調査地域を結ぶ輸送にも利用されています。
セール・ロンダーネ山地:東南極のドロンイングモードランド内陸側に位置する山地。広さは日本の四国ほど。
海洋性南極:南極半島や周辺の島しょなど、海洋の影響を強く受ける南極地域。南極大陸の内陸よりも、温暖で湿潤な環境。
〇〇 cf. 〇〇: 学名の中に使われるcf. は、ラテン語のコンファー(confer:比較せよ)の略。既知種とわずかな違いが認められ、種名の確定に疑義がある標本に対して「(○○の種と)よく似ているため、比較すべきである」という意味を持たせるために用いられる。
分生子殻(ぶんせいしかく):菌類が無性生殖の胞子(分生子)をつくる、小さな袋状・殻状の構造のこと
