東京農業大学

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教員コラム

シアノバクテリアと未来を描く

2019年10月18日

生命科学部バイオサイエンス学科 准教授 渡辺 智

准教授 渡辺 智

●専門分野:応用微生物学
●主な研究テーマ:シアノバクテリア・藻類のゲノム解析とそれを利用した有用物質生産

基礎研究からSDGsへ

シアノバクテリアは光合成を行う藻類の一種である。二酸化炭素から酸素とエネルギーを作る光合成により、太古の昔から地球環境を支えてきた。これまでの研究から筆者はシアノバクテリアが他の微生物とは異なるメカニズムで増殖することを見出した。現在は基礎研究で培った知見や技術を駆使して、シアノバクテリアの細胞そのものを使ったものづくりに挑戦している。これまでの成果と共に現在取り組んでいる研究について紹介する。

優れたバイオマス生産

シアノバクテリア(藍藻)は植物と同じように光合成を行う藍色の原核藻類である。約27億年前に地球上に大量発生したシアノバクテリアにより、大量の酸素が供給され、現在の地球環境が形成されたと考えられている。現在でも海、河川、湖沼から氷河まで地球上の至るところに分布する多種多様な生物群であり、一次生産者として地球環境を根底から支えている。また、植物の細胞の中に存在する葉緑体もシアノバクテリアに由来する。シアノバクテリアをはじめとする藻類は植物に比べ単位面積あたりのバイオマス生産量が高く、近年では物質生産のホストとしても注目されている。

ゲノム複製システムで新発見

日本では早くからトップレベルのシアノバクテリア研究が進められており、1998年、世界で初めて(全生物で4番目)シアノバクテリアの全ゲノム配列を決定したのも、かずさDNA研究所のグループである。我々はゲノム情報を利用して様々な研究を行ってきたが、ここでは「シアノバクテリアのゲノム複製」について紹介する。シアノバクテリアに限らず、細胞はあらかじめゲノムを増やしてから分裂する。ゲノムを増やすことを複製と呼び、これは細胞が増えるために最も重要なイベントである。我々は本学生物資源ゲノム解析センターの次世代シーケンサーを使って世界で初めてシアノバクテリアのゲノム複製が始まる場所(複製開始点)を決定し、複数コピーのゲノムが非同調的に複製することを明らかにした。  最近の研究からゲノム複製システムはシアノバクテリアの種間で異なるという結果も得られており、生物学の常識を覆す新しい発見を目指して日々研究を進めている。これらの結果は国内外で高く評価され、2019年3月、日本農芸化学会の農芸化学奨励賞を受賞した。

有用物質生産に挑戦

こうしたシアノバクテリアの基礎研究と同時に「シアノバクテリアを用いたものづくり」にも取り組んできた。シアノバクテリアをホストとして利用することで、従来の醗酵生産に比べて培地コストを削減でき、環境にかかる負荷を抑えることができるからだ。これまでにシアノバクテリアにバチルス由来の生合成酵素を組み込み、医薬・農薬・香料などの出発原料であるカテコール前駆体の生産を達成し、2018年B.B.B.論文賞を受賞した。  現在は「シアノバクテリアならでは」の物質生産を目指し、植物の生理活性物質の生産にフォーカスして研究を進めている。本学の2019年度大学院先導的実学研究プロジェクト「アフリカ農業を救うストリゴラクトン高生産系の構築と高活性類縁体の創出」(代表・坂田洋一教授)もその一つである。アフリカの根寄生植物の駆除に効果のある植物ホルモン・ストリゴラクトンの生合成遺伝子をシアノバクテリアに組み込み、大量生産を目指している。
物質生産機能など遺伝子改変によって新たな機能をシアノバクテリアに付与する一方で、遺伝子組換えシアノバクテリアが環境中に流出しないように安全策を講じる必要がある。JST先端的低炭素化技術開発「亜リン酸を用いたロバスト且つ封じ込めを可能とする微細藻類の培養技術開発」(代表・廣田隆一広島大学准教授)では亜リン酸を利用して組換えシアノバクテリアを封じ込める技術を確立した。
シアノバクテリアは植物と同じように増殖にリンを必要とする。我々が構築したシアノバクテリアは、自然界には存在しない亜リン酸しか利用できないため、環境中に流出しても生存することができない。このような封じ込め技術はシアノバクテリアだけでなく他の藻類にも応用可能と考えて研究を進めている。

アフリカでスピルリナ生産へ

昨年度からスピルリナという食用シアノバクテリアの研究を新たに開始した。スピルリナはらせん状の形状をした大型のシアノバクテリアで、熱帯・亜熱帯のアルカリ性湖沼に生息する。アフリカ・チャド湖周辺では湖に発生したスピルリナの塊を乾燥させて日常的に食している。スピルリナは高タンパク質で鮮やかな青色色素を含むことから、日本でもサプリメントや食品用の着色料として利用されている。
スピルリナの産業利用の歴史は古く、すでに大量培養系が確立されているが、我々はスピルリナの培養条件を変えることで、その性質や含有成分が大きく変化することを発見した。筆者が代表を務める本学の2018年大学戦略研究プロジェクト「食用藍藻スピルリナが生産する細胞外多糖 EPSの利用に関する研究」では学内外の専門家だけでなく、東京農大第一高校・第三高校附属中学校の生徒と一緒に、新たな培養方法や活用方法について研究を進めている。
またアフリカのような厳しい環境でも育つという特徴を生かして、ジブチ共和国でのスピルリナ栽培を計画している。昨年度よりJST-JICA 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムに採択された「ジブチにおける広域緑化ポテンシャル評価に基づいた発展的・持続可能水資源管理技術確立に関する研究」(代表・島田沢彦東京農大教授)では、ジブチ大学の研究者と共にスピルリナの現地栽培や新しい藻類の単離・調査を行う予定である。

このようなシアノバクテリア研究の魅力を広めるために、イラストレーターの西内としおさんにシアノバクテリアのキャラクターデザインを依頼した。スピルリナがモデルの「Mr. Byoyon」は中学、高校での出張講義や一般講演などで好評を博している。

持続可能な社会へ

地球温暖化、石油資源の枯渇、人口増加に伴う食料問題など地球規模の諸問題が深刻化するなかで国連は2030年までに人類が解決すべきSDGs(Sustainable Developmental Goals)を掲げている。持続可能な社会を作るために、我々は何ができるだろうか。筆者はずっと基礎研究を行ってきたが、SDGsに出会ってから、これまで培ってきたシアノバクテリア・藻類研究の知識、技術、人脈そして情熱を、社会に役立てることができると思い至った。次の世代に託せる世界に少しでも近づけられるよう、シアノバクテリア・藻類の可能性を信じる仲間達と共に、これからも研究・教育を展開していきたい。

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