東京農業大学

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教員コラム

誰もがスポーツを楽しめる社会を

2019年12月11日

応用生物科学部 准教授 勝亦 陽一

准教授 勝亦陽一

●専門分野:発育発達学、コーチング学
●主な研究テーマ:運動能力の発達と環境要因の関係

小学生からプロまで 野球選手を調査
運動遊び文化の再興が課題

身体を動かす喜びや楽しさは、人間の根源にある欲求である。しかし、本人の努力とは関係なく、いつの間にか運動に苦手意識を持ち、運動から遠ざかってしまう人も多くいる。そんな現状を改善するため、若齢者から高齢者、運動が苦手な方からトップアスリートを対象に、運動能力の発達に関する研究と教育を行ってきた。今回はその中から、子どもの運動能力の発達と環境要因の関係に関する研究を紹介する。

プロ野球選手は4~6月生まれが多い

生まれながらにして、一流アスリートになれるかどうか決まっているとしたら、不公平だと思うだろう。しかし、プロ野球選手2238人の生まれ月を調べると、4~6月生まれは1~3月生まれ(早生まれ)の2・25倍の人数だった(図1)。小学生から高校生までのジュニア期の選手3100人を調べると、さらに偏っており、小学生の全国大会に出場した選手では、4~6月生まれが全体の45%、1~3月生まれが6・4%。甲子園出場選手も類似した傾向だった。これらの結果は、生まれ月がスポーツ選手の競技成績や競技力に影響することを示している。
その理由の一つは、学校の学年制にある。日本の学校教育法は、満6歳に達した後の最初の4月1日から子どもを小学校に通わせることを保護者に義務づけている。「誕生日の前日終了時に年齢が加算される」のが満年齢なので、4月1日生まれの子どもは6歳ちょうどで小学校に入学するが、翌4月2日に生まれた子どもは満7歳になる直前の4月1日が入学日となる。このため同学年の子どもの暦年齢は、最大約1歳の差がある。

その差は、特に幼少期において身体的、精神的な成長の個人差に影響する(相対的年齢効果という)。日本人スポーツ選手を対象とした私たちの研究では、この相対的年齢効果は、年齢が低いほど、また競技人口が多い競技ほど、さらに競技レベルが高くなるほど大きくなる。また女性より男性で大きくなることが分かっている。

図1 野球選手におけるカテゴリー別の生まれ月分布

早生まれは野球から離脱

野球選手の生まれ月分布を調べたところ、小学生では3カ月ごとの割合に差がないが、中学・高校生では1~3月生まれの割合が低く、4~6月生まれの割合が高い(図1)。両者の差は、年齢経過とともに拡大している。日本人には生まれ月の偏りがないため、1~3月生まれの野球選手は、他の生まれ月の選手よりも、野球を継続する割合が低いと考えられる。
4~6月生まれの選手は、ボール投げ、バットスイングなどの野球競技力が他の選手よりも高く、野球に対する有能感が高い傾向にある。また、親やコーチからの高評価や期待もあり、野球が楽しい、練習する、上手になる、強豪校に進学するという好循環を生む。一方、早生まれはその逆で、野球が楽しくない、練習しない、上達しない、野球から離脱する悪循環に陥る可能性があるのではないか。
本人の努力とは関係なく、生まれ月という環境要因により、いつの間にか運動に苦手意識を持ち、スポーツから離脱する選手がいる可能性がある。このことは、スポーツの普及だけでなく、生涯スポーツを通じた健康保持・増進に関わる大きな問題である。

プロ入り後は早生まれが逆転

先述したように、プロ野球選手になるまでは4~6月生まれが有利である。しかし、プロ野球で首位打者や防御率などのタイトルを獲得する選手の割合は、1~3月生まれが14%、4~6月生まれが8%である(図2)。つまり、早生まれは入団する人数は少ないが、活躍する確率は早生まれのほうが高いといえる。
この逆転が起こる理由は三つある。まず、早生まれは身長や筋力・パワーの成長が他の選手よりも遅いため、潜在能力を出し切ってはおらず、成長する余地が大きい。次に、早生まれは、幼少期には他の選手よりも身体が小さく競技力が低いが、それを技術力や思考力で補うなど、他の選手とは異なった視点を有する選手が多いのかもしれない。

図2 プロ野球選手における生まれ月別のタイトル獲得選手の割合

一方、生まれ月によって、体格や運動能力に大きな差があるとは考えられない。つまり、成長が早い4~6月生まれは、潜在能力以上の過大な評価を受けてプロ野球選手になっている可能性がある。

「勝利至上主義」から脱却を

生まれ月の問題は、ジュニア期の勝利至上主義の影響も大きい。野球では、チームの勝利のために、身体が大きく競技力が高い選手が優先的に試合に出場する。これに関連した投手の投球過多と障害は大きな課題である。また、私の調査では、野球の一番の楽しさはバットでボールを遠くに飛ばすことという回答が多かったが、実際は、四死球や出塁狙いでバットを振らせない、ゴロを打たせる、などの指導が大人主導で行われている。こうした指導は、本来のスポーツの楽しみや子どもの主体性を奪い、スポーツ参加・機会の均等を妨げ、障害のリスクを高めることにもつながる。
そこで、私たちは子どもの個性、主体性を促す「かんたん野球」を考案し、小学生野球選手80名に体験をしてもらった。主なルールは次の通りである。
・複数チームの選手をランダムにチーム分けする
・監督は置かず、選手間で打順、守備位置を決定
・投手は最大2イニングまで投球可
・バント、四死球、盗塁および捕逸(パスボール)なし
試合後に感想を尋ねると、「通常ルールよりも打撃および投球を楽しむことができた」と答えた選手が大多数だった。チーム内の役割から解放され、いろいろな守備位置を体験でき、打撃に集中できるルールは、野球の楽しさをより高める可能性を示唆した。なお、この研究は日本野球科学研究会第5回大会で優秀発表賞を受賞した。

野球場を遊び場として開放

子どもの体力が最も高かった40年前と比べると、現代の子どもの体力低下、特にボール投げ能力の低下は著しい。その背景には、遊びに不可欠な三つの間(時間、空間、仲間)が減ったことによる運動遊び文化の衰退がある。近年ではボール遊びができる公園は都会にはほとんどない。また、塾通いなどで、子どもが遊べる時間も少なくなっている。地域コミュニティの希薄化や電子ゲームの普及などに伴い、一緒に遊ぶ仲間の減少も進んでいる。一方、野球が上手な小学生野球選手は、一般選手よりも兄や弟がいる割合が高い。つまり、一緒に遊ぶ他者の存在が運動能力の向上に欠かせないということである。
私たちは、自由にボール遊びができるように、野球場を子どもたちに開放するイベントを3年前から継続的に行っている。親子でキャッチボール、初めて会った子どもたちで野球遊びなど、参加者は思い思いの遊びを楽しんでいる。日本中にこうした空間があり、幼少期にスポーツが「楽しくてたまらない」体験ができるようになれば、誰もが心からスポーツを楽しめる社会に一歩近づくのではないだろうか。

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