東京農業大学

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教員コラム

タンパク質の形から生物の働きを探る

2016年9月1日

応用生物科学部バイオサイエンス学科 教授 矢嶋 俊介

遺伝子は何の設計図か

 すべての生物はゲノム(遺伝子)を持っており、それが生物の設計図だとよく言われる。では、それはどのような設計図であろうか。ある建物の図面を渡されれば、だれもがそれに忠実に従い、同じものが出来上がるはずである。ところが、設計図である遺伝子は、頭のてっぺんから足のつま先にある細胞にいたるまで同じ図面が格納されているにもかかわらず、できあがる姿や働きはまったく異なっているのである。この不思議が、生物を遺伝子レベルで解析する醍醐味であろう。この解析には、いろいろなアプローチがあり、世界中で多くの研究者が日々研究を重ねている。その中で、私はタンパク質に注目している。なぜタンパク質か。先ほどの設計図である遺伝子、この遺伝子に書かれている情報がまさに、タンパク質のことなのである。たとえば、人間は体重の7割が水であり、ほかに脂肪、タンパク質、ビタミン、骨を作る無機物などさまざまな成分でできているが、設計図には基本的にタンパク質のことしか書かれていない。すなわち、タンパク質が生物を作り上げ、動かす仕事をしているのである。まさにダイナミックな役割を担っている。ヒトはおよそ22,000種類の遺伝子を持つと言われているが、これはとりもなおさず22,000種類のタンパク質ができあがることを意味しており、実際には複雑な仕組みにより、もっと多くの種類のタンパク質ができあがる。タンパク質は生物の形をつくるブロックでもあり、動かす機械でもある。そこで、どのような形のブロックなのか、どのように動かしているのかを調べることにした。これをタンパク質の形から探っている。

 

どのようにタンパク質の形を調べるか

 タンパク質は非常に小さい。最高性能の電子顕微鏡を用いても、全体のおよその形(丸いのか、四角いのか、どの辺がくぼんでいるのか)は分かるが、細かいところまでは見えない。生物を動かす仕組みを知るには、原子のレベルで形を知りたいのである。そこで、X線結晶構造解析という手法が用いられる。塩の結晶や水晶の結晶は見たことがあるに違いない。タンパク質も特殊な操作をすることで結晶にすることができる。違いは、小さく、とても軟らかいことである。さらに乾燥に弱い。まさに生物(なまもの)である。この結晶にX線を照射することで、タンパク質の形を調べることができる。もちろん、実際に形を見るに至るまでには、いくつもの山を超えなければならないのだが。
 東京農大が掲げるキーワードに、生命、食料、環境、健康、エネルギー、地域創成がある。今まで学生と共に明らかにしてきたタンパク質の形を、このキーワードの中からお話ししたい。

 

食 料

 生物は生きていくために、エネルギーが必要であるが、普段我々は糖(グルコース)として食物からそれを得ている。グルコースの構造には2種類あり、それは右手と左手のような関係で形が非常に似ているが重ね合わせることはできない(鏡像関係)。生物はこのうち、決まった片方しか利用することができないことが知られている。ところが、筑波大学との共同研究で、生物が利用できないもう一方の形のグルコースを別の物質に変換するタンパク質(酵素)の形を明らかにした。その酵素の形を調べると、さらにいろいろな種類の糖の形を変えることができそうだということが分かってきた。また、遺伝子組み換え技術により、酵素の形を少しだけ変えることで、こちらが作って欲しい糖を作ることができないだろうか──といった研究も進めている。糖は食品のみならず医薬品の原料としても重要な化合物であり、応用が期待される。

 

健 康

 タンパク質の構造を応用面で一番利用しているのは、医薬品、農薬品の創出研究である。どのように薬や農薬は効くのか、ほとんどの場合は、それらの物質が体や病原体のもつタンパク質にくっつき(結合し)、そのタンパク質の働きを変える(通常は止めたり抑えたりする)ことによっている。先に人間には22,000種類以上のタンパク質があると書いたが、それぞれの薬は、数あるタンパク質のうちある特定の(一種類の)タンパク質にのみ結合することが期待される。それは、薬の形とそれを受けるタンパク質の部分の形が、鍵と鍵穴のようにぴったり合うことによるのである。そこで、タンパク質側の鍵穴の形を調べることで、どのような形であれば薬となる可能性があるのかを考えることが可能になる。この研究では、イソペンテニル2リン酸という人にも病原菌にも必須の共通の物質に対し、その合成経路が人と病原菌で異なっていることから、人には無く、病原菌が持っているタンパク質について構造を明らかにした。東京大学やイリノイ大学と共同研究を行い、このタンパク質の働きを止める物質がどのように結合しているかを明らかにした。この結果から、新たな物質のデザインが可能となった。また、研究室の学生と、このタンパク質の働きを止める化合物を微生物から単離し、その構造を調べ、どのようにこのタンパク質と結合するのか、今まで知られていない新規の化合物を見つけようとする試みも行っている。近年、抗生物質が効かないスーパーバグと呼ばれる細菌の登場が聞かれるようになった。このような菌を抑えるような物質を見つけ出したい。

 

環 境

 人間は豊かで便利な生活を手に入れるため、さまざまな工夫をしてきた。そのような過程では、自然界に存在しない物質も多数作り出している。私たちは、筑波大学との共同研究で、ヒドラジドと呼ばれる非天然物質を分解し、栄養源として増えることができる細菌の仕組みを調べている。もともと存在しない物質に対して適応できるこの能力が、どのようなタンパク質が働いてもたらされているのか。これを調べることで、仕組みを知るだけでなく、さらに、人間が望む物質の分解や変換ができるのではないだろうかと期待を寄せている。
 そこで、ヒドラジドを分解する酵素の立体構造を明らかにした。その仕組みから、実はヒドラジドだけではなく、構造が似ている別の化合物も分解できることが予想されたため、どのような物質に対応が可能か、調べている。また、この分解を担う酵素をつくる遺伝子は、他の栄養源がある時には寝ている状態にある。そこで、この遺伝子を起こす仕組みを調べるため、遺伝子を働かせるタンパク質の立体構造も明らかにした。その結果、目的の化合物がこのタンパク質に結合することにより、タンパク質の形が変わり、DNAへの結合能力が変わることが予想された。生物の細胞の中では、タンパク質の形は必ずしも一義的ではなく、状況に応じて柔軟に働いているということを示した例となった。
 環境についてもう一つ。植物では各種ホルモンが、発芽、成長、病害虫などへの応答のために重要な役割を果たしている。静岡大学との共同研究で、アブシシン酸という環境ストレス(乾燥など)に応答する植物ホルモンの働きを制御する化合物の仕組みを明らかにした。これは、本来アブシシン酸が結合するタンパク質において、その形を模倣してタンパク質をだまし、人工的に合成した物質が結合している様子を明らかにすることができた。
 以上のように、タンパク質の構造を明らかにすることで、ミクロの視点で仕組みを明らかにし、生物の働きを知り、それを制御することが可能になる。
 最後に、私は現在、本学の生物資源ゲノム解析センター長も兼務している。本センターでは、次世代シーケンサーという新技術を備え、さまざまな生物の設計図と呼ばれるゲノム情報の解析を行っている。これにより、生物の作るタンパク質の設計図が次々と明らかになることで、さらにはその構造解析にもつながっていくことが期待される。

 

 

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