東京農業大学

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教員コラム

ご飯のおいしさ解明へのチャレンジ

2016年1月1日

応用生物科学部生物応用化学科 准教授 辻井 良政

世界で認められた和食

 「和食;日本人の伝統的な食文化」が平成25年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録された。「和食」の特徴として、(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重 (2)健康的な食生活を支える栄養バランス (3)自然の美しさや季節の移ろいの表現(4)正月などの年中行事との密接な関わりが挙げられる。「ご飯」を主食に主菜・副菜で構成される「一汁三菜」が和食の基本型であることから、日本人にとって「ご飯」にこだわりを持つことは、ごく自然であり、当たり前のことである。生産者にはじまり、卸業者、加工業者、販売者、家電メーカー、消費者および研究者に至るご飯に関連する方々がそれぞれのこだわりを持って関わっている。その共通点の一つは「おいしさ」である。誰もが「おいしいご飯」のために取り組んでいる。

 

おいしいご飯とは?

 私は、「おいしいご飯はどういうご飯ですか?」と聞かれることが多い。そのたびに言い訳を加えた説明をして期待を裏切っていることを反省している。例えば、人によって好みが違う、年代によって、あるいは地域によってなど一言添えてから説明することが多い。一般的に日本人の米飯の食味評価では粘りと硬さの影響が7割を占め、現状では「軟らかく、粘りが強い」ご飯が好まれる方が多い。米飯の食味評価およびテクスチャーと精白米の理化学的成分分析との関係について多くの研究がなされ、アミロースおよびタンパク質含量の少ない米が、良食味な米と判断されてきた。しかし近年、良食味の銘柄米に対する嗜好が高まりコシヒカリおよび近縁種が米の生産の8割以上を占める状況となり、精白米の理化学的性状が均質化したため食味判定の精度が低下している。米飯の食味に影響する精白米の理化学的性状には、品種、気候、生産地および栽培条件が大きく関与すること、さらに米飯の食味は米の貯蔵条件、期間および炊飯プログラムなどによって左右されることが知られている。
 このように米飯の食味に対し多くの要因が関わっていることが、米飯の食味評価をより複雑化させている。また、米飯の食味評価の大きな要因である粘りや硬さなどテクスチャーが炊飯によって形成されるにもかかわらず、従来の米飯食味に関する研究は、精白米の主成分である澱粉の組成や粘度および糊化特性との関連性から食味評価を論ずることに主眼が置かれていた。このため米飯の食味評価の基盤となる食味が形成される機序については十分な検証が行われていなかった。

 

米の生理活性物質の酵素力に着目!!

 「米の鮮度は大切です」やっと、最近話題となってきた。一般的に生鮮食品とは、新鮮であることが求められる食品のことをさすことが多い。具体的には青果(野菜・果物)、鮮魚、精肉などで、鮮度が悪くなると食味が落ちる食材を示している。穀類ではそのような概念が薄かった。長期保存したコメは食味が落ちる。すなわち、鮮度が落ちていることを表している。
 当研究室では、その鮮度に関係性が深い米胚乳酵素活性量に着目して研究を進めている。炊飯過程中での澱粉や細胞壁多糖の熱による物理化学的な変化を解析すると共にこれらが酵素作用によって分解されていることを見出した(表1)。炊飯中に溶出した澱粉が胚乳アミラーゼの作用を受けてその構造が変化し、独特の粘りが形成されること、炊飯中の細胞壁多糖分解酵素作用により細胞壁多糖が分解して米飯が軟らかくなり、炊飯中でのペクチンの分解量と米飯の硬さの間に負の相関を明らかにした。さらに、ペクチンの分解に関与するポリガラクチュロナーゼを初めて穀物の胚乳より分離精製し、その作用が米飯の硬さの形成にとって大きな要因の一つであることを明らかにした。
 胚乳中の酵素活性量は、品種、産地、気候、栽培および貯蔵条件などの差異により変動する。また、その多様性と変動について酵素活性量を変数としたケモメトリックス解析を行い、品種、産地、気候、栽培および貯蔵条件などの特性でコメをグループ化ならびに判別することができた(図1)。さらに育種や生育状態評価のマーカーや食味評価の指標にも、「米胚乳酵素活性量の解析」が応用できるように進めている。

 

おいしいご飯に必要な化合物を探す!!

 ご飯の食味は、テスクチャーが重要であることに間違いはない。しかし、先にも述べたように良食味米が多くなった現状では、テクスチャー中心に評価することに限界にきていると考えられる。昔から「おいしいご飯は甘い」と表現されるが、果物のように甘いわけではない。それでは、ご飯の甘味とは何だろうか?という疑問が出た。当研究室ではそれを探している。炊飯中に熱的および酵素作用によるさまざまな化合物が生成、消失する、それらの変動のプロファイルと米飯の食味形成と食味評価の関係を、低分子量化合物を網羅的解析手法で解析している(図2)。米飯の食味評価において硬さと粘りなどの物理的な味が大きく関与し、化学的な味の役割は明確にされていない。米飯の低分量化合物の動態を把握することにより、食味および評価の全体像を明確に捉えることができるものと考えている。
 食品に求められる一つの要因は、「おいしさ」である。研究目標の一つは、「おいしさの解明」と考えられる。それを化学的に解明できれば、調理や製造過程でおいしさを付与でき、設計できると考えられる。その為には、おいしさの原理原則を解明することが重要であり、チャレンジしている。

 

「稲・コメ・ごはん部会」の設立

 日本を代表する農作物は「米」である。「米」に携わる最も重要なのは、生産者である。そして、集荷業者、卸売業者、販売者、加工業者を経て消費者に届く流れがある。さらに報道機関、家電メーカー、公務員、研究者など「米」を活動の中心として活躍している方々は多岐にわたる。そこで我々東京農大は、各業界関係者を網羅し、「米」でつながる活動を効率よく循環できる「稲・コメ・ごはん部会」を立ち上げた(表紙裏面参照)。この部会を通して、これまで交流できなかった各業界の一線で活躍する方々が協力することで、あらたな価値観を発見し、日本米の世界展開を目指し、未来につなげていく活動の流れを作り出すことを目的に進めて行く。


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