東京農業大学

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教員コラム

食品中の成分でアレルギーを予防

2013年6月1日

応用生物科学部食品安全健康学科 准教授 小野瀬 淳一

はじめに

我が国におけるアレルギー患者は年々増加の一途をたどっており、厚生労働省の報告では、全人口の2人に1人が何らかのアレルギー疾患に罹患していることが示されている。この増加の主体は、花粉症を含むアレルギー性鼻炎や喘息の増加のためであると考えられている。また、食物アレルギーにおいても、これまで加齢により耐性化するということから成人での大規模な調査は行われてこなかったが、近年は全年齢層での重症例、成人での新規発症例等も目立ってきている。

 

食品とアレルギーについて

食物アレルギーとは、食物の摂取により引き起こされる異常な免疫応答のことであり、即時型反応(Ⅰ型アレルギー)によるものから数時間あるいは1〜2日経過後に症状が出る遅延型反応によるものまであり、症状も皮膚症状、消化器症状、循環器系症状や頭痛など、多彩な症状がある。その原因物質は食物中に含有されるタンパク質であり、日本では鶏卵、牛乳、大豆、小麦やそばなどが食物アレルゲンとなりやすい食品である。近年、学校給食などでの誤飲・誤食によって重篤な食物アレルギーを発症するという事故も発生しており、食の安全・安心の面からも注目を集めている。
一方で、食品が免疫の働きに大きな影響を与えていることは古くから知られていた。十分な量の、あるいは栄養バランスの良い食事を摂らないと免疫機能が低下し、感染症などにかかりやすくなるといわれている。しかし、生物の生存にとって最重要ともいえるこれらの事実が科学的に明らかにされ始めたのはごく最近のことなのである。

 

食品因子の研究

近年、『食と健康』という観点から日常摂取する食品に大きな関心が向けられている。食材に含まれる比較的低分子の生理活性物質(食品因子)は、食品として摂取させることにより生体を正常な状態、すなわち健康な状態に調節する機能(生体調節機能)を担っている。これらの生体調節機能成分と呼ばれる食品成分の機能としては、生活習慣病や老化などの予防、あるいはアレルギーなどの自己免疫性疾患の予防、さらに場合によっては治療にすら有効であることが明らかになりつつある。一方で、医薬品と同じように、過剰摂取により健康障害を引き起こす要因となる可能性があることも危惧されている。そこで、われわれは食品成分の生体調節機能、特にアレルギー疾患への影響、『抗アレルギー活性』に着目し、研究を進めてきた。

 

食用キノコ「ツブイボタケ」の抗アレルギー活性

ツブイボタケ(Thelephora vialis)(写真1)は、中国雲南省において松の木付近に自生するキノコで、独特の芳香が食欲を誘うことから、中国では古くから最も好まれる食用キノコの一つである。また、腰腿の疼痛や手足の麻痺などの治療にも効果があるとされ、生薬としても用いられていることから、ツブイボタケに含有されている抗炎症性成分を明らかにしたいと考え、研究を開始した。
まず初めに、抗酸化活性を有する化合物として新規物質vialinin Aを含むp-terphenylを基本骨格とする複数の化合物を単離した(図1)。このvialinin Aを用いて、一般に抗アレルギー試験で用いられているラット好塩基球細胞(RBL-2H3細胞)に供して、vialinin Aの抗アレルギー効果を検討した。そうしたところ、TNF-α(腫瘍壊死因子-α)放出を特異的に強く抑制することを見出した。TNF-αは炎症性サイトカインの一種で、クローン病や関節リウマチ、アレルギー疾患との関連が注目されており、TNF-αの産生や放出を抑制する物質は炎症性疾患に対する予防や治療効果が期待されている。
この効果は実際に臨床の場で用いられている免疫抑制剤よりも強いことを明らかとした。また、細胞内各種キナーゼ類や転写活性化因子のタンパク質発現解析による結果より、vialinin AのTNF-α放出抑制メカニズムは既存の免疫抑制剤の抑制メカニズムとは明らかに異なり、これまで未発見の経路であることが予想された。

 

抗アレルギー活性のメカニズム解明

そこで次に、vialinin AのTNF-α放出抑制メカニズムを解明しようと試みた。まず細胞内でvialinin Aが結合する標的分子の探索のため、TNF-α放出抑制活性に必須である構造をvialinin Aと類似の化合物等を用いて特定した。その構造を基に細胞内の標的タンパク質を分離、同定を行ったところ、そのタンパク質が、生命現象を制御することで注目されているユビキチン─プロテアソームシステムにおいてユビキチンによる修飾を制御する、脱ユビキチン化酵素の1種であることを明らかとした。ユビキチン─プロテアソームシステムは、体内の不要なタンパク質を選択的に分解する機構であり、細胞周期制御、免疫応答、シグナル伝達といった細胞中のさまざまな働きに関わる機構で、各種疾病において重要な働きをするものが多いことが知られている。その分解を選択的に阻害する低分子化合物は、従来の薬剤とは異なる作用機構で働く選択性の高い薬剤になると期待されている。
そこでさらに、脱ユビキチン化酵素の細胞内での発現量とTNF-α放出との関係を明らかにするため、RNA干渉の技法を用いてsiRNAにより発現を抑制させた細胞を用いて、TNF-α放出への影響を検討した。その結果、脱ユビキチン化酵素の遺伝子発現をノックダウンさせた細胞においてのみ、抗原刺激によるTNF-α放出時においてvialinin A処理で認められた場合と同様にTNF-α放出を抑制することが認められた。このことから、vialinin Aは細胞内に取り込まれ、脱ユビキチン化酵素に結合し、その酵素活性を阻害することが明らかとなり、脱ユビキチン化酵素の活性化抑制とTNF-α放出抑制活性との間に強い関連性があることが示された。現在、さらなる関連性について研究中である(図2)。

 

今後の課題

アレルギー疾患に関する研究については、徐々に発症機序、悪化因子等の解明が進みつつあるが、その免疫システム・病態はいまだ十分には解明されていないため、アレルギー疾患に対する完全な予防法や根治的治療法はなく、治療の中心は抗原回避をはじめとした生活環境確保と抗炎症剤等の薬物療法による長期的な対症療法となっているのが現状である。
われわれの研究は、免疫系細胞における新たなシグナル伝達経路の解明や、類似した活性物質の発見や新薬等の開発につながる可能性を示すものであり、免疫機構という人体にとって重要な生命現象の解明と健康維持に対する応用に貢献できるものと考えている。特にTNF-αは自己免疫疾患や関節リウマチ等の炎症性疾患との関連性が重要視されている物質であることから、vialinin Aの詳細な抑制メカニズムを解明することは新規抗アレルギー薬あるいは関節リウマチ治療薬の開発に直接結びつくものと考えられる。今後、われわれの研究の成果がアレルギー疾患等における病因解明や治療の手掛かりに役立てられることが期待される。

 

写真1 ツブイボタケ(Thelephora vialis)
図1 Vialinin Aの構造式
図2 推定されるvialinin AのTNF-α放出抑制メカニズム

 

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