東京農業大学

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教員コラム

国産キイチゴの定着を目指して

2012年12月11日

農学部農学科 教授 山口 正己

はじめに

明治の初め、わが国にはリンゴ、サクランボ、セイヨウナシなど多くの新しい果樹が入ってきた。キイチゴ類も実はこの時期にわが国に導入されたが定着には至らなかった。しかし、キイチゴ類には特有の香りがあり、抗酸化能も高いことから、近年消費が伸びている。残念ながら現在消費されているキイチゴ果実はそのほとんどが輸入されている。私たちは国産キイチゴの定着を目指して試験に取り組んでいる。

 

樹木か草か、風変わりな生育特性

カジイチゴ、モミジイチゴなどキイチゴの仲間はわが国にもたくさんあり、各地に自生している。現在輸入されているのは、その近縁でヨーロッパ、アメリカで改良が進んだセイヨウキイチゴ、ラズベリー(Rubus idaeus L.)である。
ラズベリーをはじめとするキイチゴ類は、果樹に分類されているものの非常に変わった生育特性を持っている。モモやリンゴなどの果樹は春になると新しい枝を伸ばすが、その枝は前年の枝の葉芽が発育したものである。ところが、ラズベリーの芽は根で分化し、地上部に現れる。これが春から夏にかけて伸び、その先端部に花芽が分化し、開花し、果実をつける。この果実を秋果といい、秋果をつける性質は「2季成り性」と呼ばれる。
収穫が終わると先端部は枯れ、残った茎の部分は休眠に入り、冬の低温を経て春に枝を数10cm伸ばし、その先端付近にまた花をつけ、結実する。これが「夏果」であり、夏果だけをつける品種は「1季成り」と呼ばれる。夏果の収穫後、越冬した茎は夏ごろに地際まで枯れる。だから、キイチゴの茎の寿命は1年半に満たない計算になる。春には根から伸びた茎が新しい植物体を作る。
このように毎年、根から伸びた茎が果実をつけ、翌年には枯れるのである。樹木と呼んでいいのか、ためらいを覚えるような、草と樹木の中間の性質を持つ果樹である。
こうした特異な生育特性を持つため、ラズベリーは普通の果樹と違って年々大きくなるということがない。管理作業にも脚立がいらず、年配の生産者でも楽に収穫ができる利点を持つ。一方で地下で伸びた根のどこからでも芽が伸びてくるので、植えて数年もすると、あたりはラズベリーだらけになってしまう、油断のならない果樹でもある。

 

果実は小さな果実(小核果)の寄せ集め

ラズベリーの花は、外側にがく片があり、その内側に小さな花弁がある。中央には数十本の雌しべがあり、その周りを雄しべが囲んでいる(写真1)。がく片は開花前には閉じており、それが開くと開花となる。イチゴと異なり、果実はその内側に硬い核を持つ核果である。この小核果が数十集まって、見掛け上一つの果実を形成する(写真2)。果実が熟すと小核果の塊は、果托から離れる。このため、ラズベリーの果実は、内側が空洞の釣り鐘のような形をしている。果托と小核果が離れる部分からドリップが発生しやすく、ラズベリーの収穫後の日持ちは極めて不良で、数日で商品性を失う。

 

果托付き収穫、高濃度二酸化炭素処理による日持ち性の改善

前述した日持ち性の悪さは、生果として流通させる上で重大な欠点である。実際に生産者は収穫した果実の多くを冷凍して貯蔵している。日持ち性を改善するため、筆者が所属するポストハーベスト学研究室では、収穫方法、収穫後の果実処理方法について検討を行った。
収穫方法としては、通常の果托無しと、果梗をハサミで切り取る果托付きとの比較を行い、果托付き収穫により、ドリップの発生が1週間以上抑制されることを明らかにした。ただし、この方法によってもがく片の黄化が進み、外観を悪くするため、エチレン吸着剤を処理すると、がく片の黄化が抑制された。さらに、業者と共同で片手でも収穫できるよう収穫用のハサミの改良を行った。
以上の方法は、ラズベリー果実の日持性の改善に有効であるが流通の改善には不十分であると考えられるため、さらに長い期間果実を持たせるために、二酸化炭素処理の効果を検討した。これは、アイスボックスに一定量のドライアイスを置き、その中にラズべリー果実を入れることで、果実を50%以上の高二酸化炭素条件に置き、日持ち性の改善を図ろうとするものである。処理6時間で、狙い通り果実の硬度が増し、その後の果肉軟化やドリップの発生が一定期間抑制された。また、より長時間の処理では高二酸化炭素の障害が発生し、より短時間では効果が不十分であった。
これらの結果を受け、現在はより簡便なボンベを用いて処理した果実を、改良した包装容器に詰めて実際に輸送を行い、日持ち性の改善効果を確認しようとしているところである。

 

品種の選抜と育種

ラズベリーはヨーロッパやアメリカなどで品種改良の長い歴史があり、現在も育種試験が続けられている。わが国にもその一部が導入されているが、現在利用可能な品種は20ないし30品種にとどまると推定される。そのうち、赤肉では'インディアン・サマー'と'サマーフェスティバル'、黄肉では'ファールゴールド'が先行して栽培に移されている。これらの品種は、2季成り性で栽培性も比較的良好ではあるが、果実の日持ち性は良好とはいえず、夏に高温障害が発生すること、品質も中程度であることなど、改善すべき点も多い。
このため、当研究室では平成22年から、苗木業者や農林水産省のジーンバンクからラズベリー品種を入手し、品種の比較試験を開始した(写真3)。現在までのところ、果実の大きさや糖度、酸味、日持ち性などに品種による大きな差異があることが確認できた。また、抗酸化能はリンゴやモモなどに比べて全般的に高いが、品種による差異も認められている。今後さらに特性を調査して行く予定である。これまでの調査では、いずれの品種も日持ち性に関しては良好と判定されるものは見当たらなかったため、より日持ち性が良好で、日本人の嗜好に合う新品種の育成を目指して、実生の養成と選抜を開始したところである。
ラズベリーは前述したように、播種当年に果実をつけるため、育種年限は他の樹種に比べて短いと期待される。遠くない将来、日本でも農大発の国産ラズベリーを消費者が楽しめることを思い描いているところである。

 

写真1 ラズベリーの花。中央が雌しべ、外側が雄しべで、花弁は小さい
写真2 ラズベリーの果実。小さい粒々が小核果で、中に核に包まれた種子が一つ入っている。熟すと果実は果托から抜ける
写真3 選抜個体の果実調査。糖度、滴定酸度、果実の大きさなどを測定し、優良個体を選抜する



 

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