東京農業大学

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教員コラム

新しい歴史の創造者へ

2011年5月19日

国際食料情報学部国際バイオビジネス学科 教授 門間 敏幸

被災地復興に向けた展望

2011年3月11日14時46分18秒:近世に生を受けた日本人の誰も経験したことがない未曽有の大地震の証言者に1億2,800万人の日本人がなった瞬間である。マグニチュード9といった地震の大きさよりも、それによって引き起こされた津波によって、福島、宮城、岩手の沿岸の町は一瞬にしてがれきの山、死者累々の惨状となり、町そのものが壊滅した感が強い。さらに津波の猛威は沿岸に設置されていた原子力発電所におよび、われわれは放射能という眼に見えないとてつもないモンスターといつ終わるともしれない戦いの渦中に放り出されることとなった。私たちは日本の歴史の中でも類をみない災害の証言者になってしまったが、同時に私たちはもう1つの証言者として歴史に名を残さなければならない。すなわち「未曽有の大震災から立ち上がった、日本の新しい国家・産業・町・コミュニティ」の創造者としてである。

 

地震・津波からの復興

大震災からの復興は2つに分けて考えなければならない。すなわち、「地震・津波からの復興」と「放射能汚染からの復興」である。この2つの復興はまったく別次元の話となる。また、次に述べる復興の展望を農業を中心に提案することをお許しいただきたい。「地震・津波」からの復興で最も問題となるのは、いかに早く人々に希望と働く意欲を与えることができるかである。この場合、津波被害を受けた地域を再び開発するか、あるいは今回の津波でも大丈夫な高台に新たな町を作るかという問題である。ご叱正を覚悟の上で筆者の考えを言えば、住居、公共施設、工場施設、商業施設は高台にすべきであると考える。すなわち、新たな町の創造である。ここでは、これまで伝統社会の中で形成されてきたコミュニティの機能を活かす町づくりを住民参加で実践することが大切である。なお、こうした町づくりで最も大切なことは、非常用電源の整備であろう。正しい情報の迅速な提供こそ、被災者の安全・安心確保の要であることを忘れてはいけない。
なお、農業者の仕事の場である水田、畑は平地にせざるを得ない。ただし、地震による津波が発生した場合の避難場所(今回の津波でも大丈夫であった建造物を参考に構造を設計する)を5分以内で避難できる場所に必ず準備する。その上で水田については、最低でも圃場1区画が2〜3haですぐに排水・除塩ができるように整備するとともに、トラクタ、コンバインなども国家の責任で整備し、農民による組織的な利活用を推進する。この時、思い切ってコントラクター制度、担い手農家への集積を図ることが重要である。高台の住居近くでは、園芸を中心にした団地形成を行い、野菜・花き等の集約的な農産物の生産に特化し、中心的な担い手の下で高齢者なども働けるような雇用システムを構築する。もちろん6次産業化・農商工連携を促進し、地産地消とより付加価値が高い商品の提供を目指すべきである。また、この際、全ての地域が世界を視野に入れた認証等、世界標準の地域づくり、ものづくりを目指し、これまでと異なる世界を相手とした新しい日本農業の姿を被災地から発信していくことが重要であろう。

 

放射能汚染からの復興

放射能汚染からの復興に関しては、現時点では2つのシナリオから考えざるを得ない。
「楽観シナリオ」=現状のレベルで原子炉の封じ込めに成功し放射能の発生の危険性が無くなるケースであり、福島第1原発周辺住民の帰宅が認められる。この場合は、土壌中・水の中の放射能の濃度が問題となる。政府の補償の下で放射能が基準値以下になるまで、土壌、水、指標作物などについて放射能汚染のモニタリングを繰り返し、その数値を公表していく。場合によっては土の入れ替えなども行い安全が確認されたならば、営農開始となるが、くれぐれも風評被害に遭遇しないよう正しい情報の開示が不可欠となる。また、営農開始までの間の雇用確保も大きな課題となる。被災地の農家を中心に畜産の場合はヘルパー組織、稲作・畑作の場合はコントラクター組織のような担い手組織を形成し、全国規模で仕事を請け負うといった活動に対しても政策的な支援が不可欠である。
「悲観シナリオ」=原子炉の封じ込めに失敗し、高濃度の放射能が排出され、例えば半径50km以内の全住民が地域から退去する場合である。この場合、どこの地域に避難するかは極めて困難な課題であるが、基本的にはダムによる水没補償と同じような考え方、代替地、代替農地の提供が基本となる。できる限り近くの場所を探し、次第にその範囲を拡大するという方法しか無いであろう。この場合は、できる限りこれまで築き上げてきたコミュニティ機能を活かすために、集落単位で新たな移住地へ転居することが望ましい。
東日本大震災は我が国の米どころである東北の水田に大きな被害を及ぼしており、今年末の米不足、米価格の高騰等、米パニックが発生しないように、生産調整の見直し、物流システム、買占め・売り惜しみ等が発生しないよう、政策の指導力が大きく問われるであろう。

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