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教員コラム

食糧自給率向上のために(3) 自由な市場競争への道筋

2010年10月18日

食糧自給率向上のために(3)国際食料情報学部国際農業開発学科 教授 板垣 啓四郎

食料自給率の向上をめぐっては、これまで農水省をはじめ農業関連団体や消費者団体、さらに幅広く経済界、学界など、さまざまな立場から種々の見解が述べられてきた。それぞれ食料自給率低下の背景と要因を分析したうえで、その向上へ向けた食と農に関する構造改革、食料の安全保障を確保するための基本的な戦略と政策方向、解決シナリオなどが描き出されてきた。今回は、食料自給率をめぐる国民意識の動向、食の外部化と輸入の増加などを踏まえて、自給率向上のための諸条件についてまとめたい。

 

健康・経済性・手作り志向

昨年9月、全国の成人男女5000人を対象に内閣府が実施した「食料・農業・農村の役割に関する世論調査」の結果(1)によると、将来の食料輸入に不安を感じる人は93.4%に達し、回答者の79.2%は食料自給率が低いと考え、93.2%は食料自給率を「高めるべきだ」と答えた。また、輸入品と国産品のどちらを買うかという質問では、国産が89.0%、「特にこだわらない」は10.1%、輸入はわずかに0.5%だった。国産を選ぶ理由(複数回答)は、「安全性」が89.1%で最も多く、「品質」(56.7%)、「新鮮さ」(51.6%)と続いている。調査が実施された昨年の9月といえば、世界的に食料需給が逼迫して穀物等の国際価格が暴騰し、また中国産食品に対する不安が増幅していた頃である。そういう意味では、食料輸入への不安が高まった時期とも重なる。

また、日本政策金融公庫が今年7月に全国2000人を対象に実施した「消費者動向調査」のなかの「食に関する志向」の結果(2)によると、志向の高い順に複数回答で「健康志向」(35.2%)、「経済性志向」(35.1%)、「手作り志向」(33.7%)がトップ3であり、これに「簡便化志向」(26.2%)、「安全志向」(19.8%)、そして「国産志向」(14.9%)が続いている。これを昨年5月の結果と比較すれば興味深い。「健康志向」(35.0%)と「手作り志向」(35.1%)にさほど変化はないが、「経済性志向」(27.2%)と「簡便化志向」(15.9%)は大きくポイントを伸ばす一方で、「安全志向」(41.3%)は急激に低下し、「国産志向」(18.2%)はいくらかポイントを落とした。この間の未曽有の経済不況を背景に、消費者は価格重視の経済性志向を高め、また簡便な食を志向することにより節約意識が高まったものとみられる。安全志向の急低下について、同公庫は、中国製冷凍ギョーザ事件や原産地表示の偽装事件などを背景に食品メーカーや流通業者が安全・安心の回復に努め、消費者の食に対する不安感が沈静化したと述べている。また同調査では、若い年齢層ほど「経済性志向」と「簡便化志向」が強く、また高年齢層ほど「健康志向」と「安全志向」が高まる傾向を示している。

以上のことから、わが国の生活者は食料自給率向上への意識が高く、食の健康・手作り・安全を志向し、国産へのこだわりをみせているものの、 内実は安価で簡便な食品・農産物を求めている傾向がうかがえる。要するに、自給率向上のために国産品の消費を促進し、消費者ニーズに合わせた国内生産の拡大を望むという一般的な意識とは裏腹に、実際に生活者の食品・農産物選択行動は、自らの所得の大きさを制約条件として、米や野菜などの一部品目を除けば、価格の動きに敏感に反応しつつ国産・外国産を問わず、可能な限り安価な食品と農産物の購入組み合わせを考慮しているのではないだろうか?実はこうした内情を傍証する論文や報告書は数多く存在している(3)。

 

「食の外部化」と輸入の増加

安価で簡便な食品・農産物への依存深化および食生活スタイルの大きな変化は、自ずと「食の外部化」を促すことにつながる。ここでいう食の外部化とは、食料消費支出のうち外食や惣菜・調理食品(中食)へ向けられる支出が大きくなる傾向を意味する。その割合を食の外部化率というが、(財)外食産業総合調査研究センターの資料(4)によると、平成17年では42.6%とこれまでの最高値を示している。過去10年間では、外食よりも中食への支出割合が大きくなっている。

一方、農林水産省の試算(5)によると、同年の食用農水産物生産10.6兆円(国内生産9.4兆円、生鮮品の輸入1.2兆円)のうち、直接消費向けは3.3兆円(国内3.0兆円、輸入0.3兆円)、加工向けは6.5兆円(国内5.8兆円、輸入0.7兆円)、外食向けは0.7兆円(国内0.6兆円、輸入0.1兆円)であった。加工向けと外食向けには、輸入として、生鮮品のほかに、一次加工品および最終製品を合わせた5.3兆円が加わる。言い換えれば、食の外部化率が高まれば高まるほど、生鮮品、一次加工品および最終製品のいずれの形態であれ、輸入が増加する傾向を強く示唆している。

事実、農林水産省の統計(6)によれば、2004年から2008年にかけての過去5年間に、わが国の農林水産物輸入額は7兆4,555億円から8兆7,081億円へ増加している。2008年で輸入相手国を輸入額の大きい順にみると、アメリカ(25.2%)、中国(11.2%)、オーストラリア(7.4%)、カナダ(7.1%)、タイ(5.8%)となっており、この上位5ヵ国でわが国農林水産物輸入額全体の57%を占めている。農産物に限って品目別にみれば、アメリカ、オーストラリア、カナダといった農地が豊富に存在する国からは、小麦、とうもろこし、大豆、菜種などの土地利用型農産物および穀物などを飼料源としてつくられた牛肉や豚肉などが輸入されるのに対して、中国やタイといった労働力が豊富に存在する国からは、鶏肉調製品、野菜(冷凍・乾燥・生鮮)、果実(乾燥・生鮮)、砂糖、魚介類およびその調製品などが輸入されている。

 

中国産への信頼は回復するか

これを品目ではなく食品加工の度合でみれば、スーパーなどの店頭でよくみかける中華食や和食の冷凍レトルト食品などといった様々な食材を利用して高度に加工される最終食品ないしは一次加工品などは、中国やタイなどアジア近隣諸国からその多くが輸入されている。しかも調理食品などの最終製品は、一次加工品も含めて、わが国の食品製造業者の一部がアジア諸国へ進出して現地企業との間で合弁(JV)などの形態により製造され、同じく進出しているわが国の食品流通企業や現地輸出業者などの手を経て、わが国市場へ向けられているのである(7)。  

昨年1月末に起こった中国産冷凍ギョーザ事件の影響を受けて、中国からの輸入食品・農産物は昨年1年間に対前年比で19.7%も減少し、タイは逆に20.6%増加した。中国に進出している日系企業は操業規模の縮小、製品の中国市場での内販促進と第3国市場への輸出拡大を余儀なくされ、また生産拠点の一部を中国から東南アジア諸国などへシフトすることを考慮せざるをえなくなった(8)。統計でみるかぎり、今年に入っても中国産食品・農産物の輸入が増加している兆候はみられない。今後、中国産に対する安全・安心への信頼が回復していけば、深刻な景気不況の局面から容易に抜け出せないわが国の状況から判断して、中国産の安価で簡便な最終食品および農産物をわが国の消費者や中食・外食産業の実需者が買い求める動きが復活することは間違いない。WTO体制のもと経済のグローバリゼーションが急速に進展しているなかで、安価・安定・安全・安心の消費者ニーズを充足させながら食料自給率を引き上げることは、決して容易でないのである。

 

国産食品の安定供給を

安価で簡便な食品・農産物の消費拡大が輸入の深化を誘発するものである以上、小麦、大豆、飼料穀物などの土地利用型農産物を含めた輸入食品・農産物は、わが国の食料供給を安定確保するうえで不可欠の存在といえる。わが国の商社や企業による海外農業投資が拡大する兆しをみせている(9)なかで、かかる投資を担保とした輸入の確保もまたわが国のフード・セキュリティを保持するための重要な要素であることに相違ない。とはいえ、国民が本質的に安全・安心で高品質の国産食品・農産物を求めている以上、フード・セキュリティの基本的な立脚点はやはり食料自給率の向上におかれるべきである。そして自給率向上のための決定的要因は、消費者の多様なニーズに対応しながら、農業者なり食品製造業者が製品と農産物の拡大再生産を可能ならしめるほどの利益を確保できるかどうかに結局は突きつめられるであろう。利益確保のためには、最低限以下の諸条件が満たされなければならない。

第1に、農産物単位当たりでみた場合、生産費をカバーしてなお拡大再生産を可能にする一定の利潤が得られる水準に販売価格を決定することである。消費者は、農業者や食品製造業者が安全・安心かつ高品質を求める消費者ニーズに配慮してつくられた国産品に対して、安価な輸入品とは区別して応分の対価を支払う用意がなければならない。

第2に、農産物の単位面積当たり収量を増加させることである。「安全・安心」など付加価値の高い農産物の収量を安定的に増加させるためには、増収安定技術の開発と普及が必要である。開発される技術は自然生態の環境に適応して馴染みやすく、豊富で入手可能な在来資源を最大限に利活用して農産物単位当たり生産費を引き下げるものでなければならない。

第3に、生産費を引き下げるために、技術的かつ組織的な革新の導入を速やかに実行に移すことである。例えば経営主体を集落営農や農業生産法人として組織化し、大型の機械や施設を共有し共同利用すれば、これに関わる農産物単位および単位面積当たりの固定費を削減することが可能となり、生産費の大幅縮減が図られる。また、生産に関わることの少ない高価な希少資源の無駄使いをなくすことも生産費の低減につながる。

 

今後の政策展開に注目

要するに、ある特定の農産物を想定した場合、販売価格を実際の市場価格よりも高めに設定するとともに収量を増加して粗収入を増大させる一方で、技術的かつ組織的な革新の導入と実行で生産費を縮減していけば、粗収入と生産費の差である利潤は確実に増大していく。そのために、様々な経営主体が自ら創意工夫してその努力が利潤の増大に反映されるよう、農産物と生産資源の市場に関わる制度上の障壁や歪みを小さくして、自由な市場競争を保証するシステムの構築が前提となる。

これは実にシンプルな経済原理に沿った自給率向上のための諸条件であるが、これまでの政策展開も、結局のところそうした諸条件を改善していくための法と制度に関わる環境の整備に終始してきたといえる。食料自給力をアップさせるための優良農地の確保と多様な担い手による農地の有効利用の仕組みづくり、基幹的農業者への農地集積とその大規模化、さらには農業経営を健全な形で持続させるための所得補償制度の提案など、今後の政策の効果に注目したい。

来る12月4日に東京駅前の丸ビルホールで開催されるシンポジウム「食料の安全保障と日本農業の活性化を考える」は、報告者ならびにパネリストに、農業者、消費者、食品企業者、食料・農業政策の立案者、マスコミ関係および研究者を迎えて、それぞれの立場から様々な意見を出し合い、わが国における食料自給率のあり方について議論し、今後の自給率向上の方向をうらなう格好の場となろう。その場合、上述した諸条件に照らして議論を整理していただければ、シンポジウム企画者の一人として望外の幸せである。

 

(1) sankei.jp.msn.com/economy/business/081115/biz0811151757005- n1.htm(アクセス日:2009年9月21日)

(2)日本政策金融公庫、「平成21年度第1回『消費者動向調査』の結果概要」(ニュースリリース)、農林水産事業関係調査結果、www.jfc.go.jp(アクセス日:2009年9月23日)

(3)例えば、新山陽子・細野ひろみ・工藤春代(2008)「消費者の食品選択行動と国内産農産物消費」『農業と経済』第74巻第2号、pp.36-44、昭和堂を参照せよ。

(4) www.gaisyoku.biz/pages/data/data_manage.cfm/2007_4(アクセス日:2009年9月24日)

(5)農林水産省(2009)、『平成20年度 食料・農業・農村白書』p.64

(6)農林水産省統計情報、www.maff.go.jp/j/tokei/index.html(アクセス日:2009年9月26日)

(7) 2008年度から2年間にわたり実施しているJETRO(日本貿易振興機構)の委託調査「東アジアの食糧安全保障と日本の役割〜 GMS地域協力への新たな取り組み〜」(主査:JTERO海外調査部 荒木義宏)による国内外での調査聞き取り結果に依拠している。

(8)(7)と同じ。

(9)農林水産省(2009)「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」www.maff.go.jp/j/press/kokusai/kokkyo/090821.html(アクセス日:2009年9月26日)

 

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