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教員コラム

食糧自給率向上のために(2)「安全・安心」に活路を開け

2010年10月18日

食糧自給率向上のために(2)国際食料情報学部国際農業開発学科 教授 板垣 啓四郎

大豆増産に山積する課題

カロリーベースでみた食料自給率の向上について検討するとき、個別具体的な作物を事例に取り上げて現状と課題を明らかにすることが、ことの本質に迫る最も有効な手段の一つと考えられる。筆者らは、過去1年あまりの間に本学総合研究所プロジェクト研究(1)の一環として、国産大豆の産地と大豆加工メーカーおよび流通・販売業者の聞き取り調査を実施してきた。今回は、生産→加工→流通と連なる大豆のフードチェーンについて、調査で明らかになった実態とそこに内在する課題を整理する。

 

大豆需給のマクロ指標

はじめに、わが国における大豆需給のマクロ指標を示す。農林水産省の統計データ(2)によると、わが国の大豆生産量は平成20年度で261,700トンであった。20年度はたまたま豊作で、前年の19年度は226,700トン、16年度には163,200トンと不作であり、大豆生産量の年次変動は大きい。

平成20年度で生産量が1万トン以上に達した都道府県は、生産量の多い順に、北海道(56,800トン)、佐賀(22,800トン)、福岡(17,500トン)、宮城(16,800トン)、秋田(16,600トン)、新潟(13,100トン)、山形(10,800トン)であり、この上位7道県で生産量全体のほぼ6割を占めている。大豆の生産は、地域別にみて、北海道、東北、北陸、北九州に集中しているのが特徴である。このうち北海道は畑作大豆が主流、そのほかの地域は概ね水田転作大豆である。

一方、大豆の消費量(国内消費仕向量)をみると、過去10年間におおよそ430万トンから500万トンの間にあって比較的安定しているが、直近の4年間では減少する傾向にある。

 

安定供給の輸入大豆に依存

いうまでもなく消費量と生産量の差が輸入量であり、過去10年間に400万トンから500万トンの大豆が輸入されている。輸入量もまた直近の4年間では減少する傾向にある。大豆の自給率は4〜5%であるが、輸入大豆のうち7割以上は製油用で、食用大豆の自給率に限ればこの間21〜25%で推移している。とはいえ、過去10年間に食用大豆の自給率が上昇する傾向は統計データ上から確認できない。国産と輸入を含めた食用大豆は、豆腐、納豆、味噌・醤油等の調味料、油揚げ、煮豆・惣菜などに用いられている。農林水産省の調査(3)によると、平成18年度ではこのうちの6割は豆腐(59%)に使用され、次いで煮豆・惣菜(13%)、納豆(8%)、味噌・醤油(6%)と続いている。煮豆・惣菜は国産大豆の使用割合が高いものの、豆腐ではその割合が27%、納豆13%、味噌・醤油に至っては8%でしかない。

こうしてみれば、わが国の伝統的な大豆食品は、原料大豆の大きな割合を輸入に依存していることがわかる。平成19年度で輸入大豆の80%はアメリカ産であり、ブラジル産、カナダ産がこれに続いている。アメリカ産大豆のほとんどは遺伝子組み換えであるが、わが国市場へ向けた食用大豆は概ね非遺伝子組み換え大豆が回されているといってよい。ともかくも、外国産大豆は国産大豆よりも半値以下の価格で、品質や規格に優れているとされ、しかも安定的に輸入供給されている。国産大豆の生産が不安定かつ相対的に高価格で供給される状況にあって、わが国市場で外国産大豆は不可欠の存在なのである。

 

東北と北九州で違う取り組み

北海道を除けば、水田転作大豆の主産地は東北と北九州なので、これまでの調査はこの2つの地域に集中した(4)。ところで、2地域では大豆生産への取り組み姿勢がまったく対照的である。

東北地方は、コメの作付制限により割り当てられた水田転作圃場に大豆を作付しているものの、北九州地方に比較すればその栽培姿勢が消極的である。ここは良質米の産地だけに米価が低落する傾向のなかで、交付金を加えた大豆から上がる収益よりもコメの収益が相対的に高い。可能ならば、水田転作の割当分を少なくしてコメの作付を拡大したいと考えやすい。気象や土壌などの自然条件に適合し加工適性に優れた品種を用いて排水施設の整った圃場でJAによる技術指導のもと大豆を栽培しているものの、気象や圃場条件に起因して収量が低く、また年度ごとの作況変動が大きい。加えて栽培技術や収穫後技術の遅れにより品質の等級格付も高いとはいえない。大豆の増産は基本的に作付面積の拡大によってなされ、産地づくり対策と水田経営所得安定対策による交付金の助成がその誘導策となっている。

これに対して北九州の例えば佐賀県では、県内各地で組織化された集落営農が中核となってJA主導による地域ぐるみでの大豆転作が実施されてきた。集落営農組織では、研修による農家間の栽培技術の一元化、適性品種の選抜と利用、機械の共同利用とオペレーターによる適期作業の実施、無人ヘリによる一斉防除などが行われて生産の効率化が進むと同時に品質も向上し、その収量水準は全国一に達している。ちなみに、10a当たり収量は平成20年度産大豆で全国平均178kgに対して佐賀県は253kg(宮城県は139kg)であった。収量および品質の高さにより同県の大豆に対する交付金支給額はトン当たり5万円となり、これも全国で最も多い。同県では、県間調整により他県の転作割当分を引き受け、交付金が得られる範囲において大豆生産を拡大している。

以上は、JA主導による大豆産地の展開事情であるが、民間の大豆加工メーカーと生産者組織との契約栽培(新潟県十日町市の調査事例)や域内での「地産地消」による生産・加工・販売を通じた農商工連携(岩手県雫石町の調査事例)など、大豆増産への取り組みにも様々なバリエーションがある。現場の調査から判明したことは、大豆の生産には地域性が色濃く反映されているとともにその販売方法も多様であり、増産に向けた一元的な解決手法は決して存在しないということである。

 

大豆加工品の値下げ競争も

生産者は収穫した大豆を主としてJAへ出荷し、JAに販売を委託している。生産者にはJAへの出荷量を基礎として交付金が算出・支給される仕組みとなっている。JAは生産者から集荷した大豆を市場にて競争入札で販売、あるいは市場を通さずに実需者へ相対ないしは契約で販売している。

大手実需者(大規模な大豆加工メーカー)が国内の原料大豆を優先的に利用したいと望んでも、供給が不安定で品質にバラツキがあり、しかも高価となれば、消費者の望む安価な大豆加工品のニーズを充足するためには、原料をいきおい輸入大豆に依存せざるをえない。とりわけプライベート・ブランドにより大豆加工品を大量かつ安価に製造して全国販売を展開している大手実需者の多くは、安価で安定的な供給が保証される輸入大豆に大きく依拠しているのが現状である。少数の大手加工メーカーによる寡占的な大豆加工品の市場では、企業が市場販売シェアを拡大・確保するために、大豆加工品の激しい値下げ競争を展開している。

他方で、消費者の根強い安全・安心志向や食味へのこだわりを背景に、地場産の大豆を使用する大多数の小規模実需者は、原料大豆を地元のJAや生産者との相対、JAを介した生産者との契約栽培による直接取引で入手し(岩手県北上市の調査事例)、地域に密着した手づくりによる差別化された加工品を製造・販売している。しかしながら、大手加工メーカーによる値下げ競争が地場産の大豆加工品の価格を圧迫することにつながり、販売単価の抑制あるいは低下を余儀なくされている。

 

「戸別補償制度」への疑問

制度設計を経て2011年度から施行予定の民主党が打ち出した「農業者戸別所得補償制度」は、大豆も対象品目として計画生産を実施する販売農家に対し販売単価と生産費の差額を補填するというものであるが(5)、生産費を不変として販売単価が持続的に低下していけば差額が大きくなる。販売量も増加していけば、補填額は膨大なものに達するであろう。財源を制約要因として、はたしてこの制度が農業所得の下支えとなりうるのかどうか、現時点でははなはだ疑わしい。

問題は低迷する価格に加え、生産された国産大豆が行き場を失って市場でだぶつく恐れがあるのではということである。それがさらに大豆の価格を押し下げる方向へと作用する。水田転作の大豆に対する交付金と増収安定技術の導入によって生産が維持・増産されたとしても、現状では大手加工メーカーが、品質や規格の一定した輸入大豆を前提にして加工品の製造ラインを設置している。わが国の大豆は輸入大豆に比較して、品種や栽培方法などによって品質や用途が異なり、豆粒の大きさや重さなどにも少なからず格差がある。したがって、用途別に大豆の選別や格付をするのにもかなりの作業と経費を要する。

言い換えれば、国産大豆は実需者や消費者に対して「安全・安心」の優位性をPRし続けなければ、需要の規模を維持できないのである。また、大豆加工メーカーからの聞き取り調査の結果、特に若い年齢層では原料大豆の国産と外国産をそれほど意識していないとも聞いた。わが国における大豆の生産と需要の動きのミスマッチが、国産大豆の行き場を失わせている。

 

 

(1) 東京農業大学総合研究所プロジェクト研究『我が国の食料自給率向上への提言』(研究者代表:板垣啓四郎)を平成20年度から開始した。大豆調査に関しては、東京農業大学大学院国際農業開発学専攻博士前期課程に所属する吉田貴弘とともに実施している。

(2) 農林水産省『大豆関連データ集』www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/daizu/d_data/index.htmlおよび同省『作物統計調査』www.maff.go.jp/j/tokei/tyousa/sakutou/index.htmlに記載されているデータを用いた(アクセス日:2009年9月11日)。

(3) 農林水産省(2008)『大豆をめぐる最近の動向について』http://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/daizu/d_kyogikai/19/pdf/data09.pdf(アクセス日:2009年9月11日)。

(4) 調査の結果と考察については、吉田貴弘・板垣啓四郎(2008)「わが国の大豆生産に向けた交付金の役割について─主産地の実態調査を踏まえて─」(2008年度日本国際地域開発学会秋季大会個別報告、東京農工大学)および吉田貴弘・ 板垣啓四郎(2009)「水田経営所得安定対策下の大豆生産と実需者の動向」(2009年度日本国際地域開発学会春季大会個別報告、筑波大学)で報告した。

(5) 農業共済新聞 2009年9月2週号に農業者戸別所得補償制度を解説している。

 

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