東京農業大学

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教員コラム

エゾシカを「地域資源」に

2010年10月18日

生物産業学部生物生産学科 教授 増子 孝義

有効活用を目指す研究と教育

現在、北海道全域に生息する野生エゾシカ頭数は30万頭とも50万頭とも言われる。甚大な農作物被害などをもたらすことから、有害駆除が進められてきたが、顕著な効果は挙がらない。そこで、むしろ有効な「地域資源」として活用する方策が求められている。マイナスからプラスへの逆転の発想である。エゾシカ研究で道内屈指の蓄積を持つ本学オホーツクキャンパス(生物産業学部)の取り組み「エゾシカによる環境共生と地域産業との連携」は、文科省支援の現代GPに採択され、平成20年度から本格的に動き出している。

 

北海道開拓時代のエゾシカ

北海道のエゾシカは、古来より生息している動物の一つで、単に「エゾ」シカという北海道固有の品種のみならず、まさに「シンボル的」な存在の動物と言っても過言ではない。当然、アイヌ民族の生活において、肉を始めとする皮や腱などを食糧や衣類などに加工し、その生命を余すことなく生活の中に取り入れてきた。

さらに、明治時代に入ってから、黒田清隆やケプロン他、北海道近代化に重要な役割を果たした人物から注目され、鹿肉の缶詰などの加工品を生産するとともに、角(堅角)や皮を中国などに輸出していた。また、エゾシカは、狩猟に関する法律の整備においてその中心的存在であった。地域の住民からは身近な動物と位置づけられていたのであろう。

 

北海道経済に負の影響

しかし、近年においては、一部の狩猟者(ハンター)によるゲーム的なハンティングが伝統的に行われてきたものの、個体数は増加する一方で、耕地へと餌場を求めて下りてきて、農作物への被害をもたらす、いわば「厄介者」となっている。耕地における農作物被害や山林における樹皮被害、交通事故など経済に大きな負の影響がもたらされた。北海道全体で見ると農作物への被害額は、平成19年度で年間32億円に達した。

そのため、北海道庁ではエゾシカの有害駆除を促進してきたが、なかなか顕著な効果が挙げられずにいた。欧州では鹿をハンティングする歴史があり、鹿肉はジビエ料理として著名である。日本と欧州との文化の違いはあれ、果たして「エゾシカ=害獣」とみなしていいのだろうか? そこで、平成17年度より北海道庁が中心となってエゾシカ有効活用を推進してきた。

特に、オホーツクキャンパスのある網走市を始めとした北海道東部には、世界自然遺産知床や阿寒国立公園などわが国を代表する風光明美な地域があり、非常に多くのエゾシカが生息している。こうした背景の中で、本キャンパスの現代GPの取り組み、いわば「エゾシカ学」は始まった。

 

「生態→加工→流通」を学ぶ

オホーツクキャンパスは、生物生産、食品科学、アクアバイオ、産業経営の4つの学科を有している。すなわち動植物の生態や管理、地域資源の加工、流通や企業といった内容を学習する既存のカリキュラムがある。それらを参考に「エゾシカ学」を一教育プログラムとして学科の枠を外し学科横断的に開設することによって、文系・理系の学科を問わず、エゾシカの「生態→資源としての加工→流通」までの一連の流れを学ぶことができるようにした。

平成20年度に本格的に始動した「エゾシカ学」は多数の学生に網走市民を交えて、基礎課程1、2、応用課程1、2のプログラムが順調に進行した。規定のプログラム終了者に与える「エゾシカ学専門士」の称号を初めて4年生数名に授与した。平成21年度には多数の「エゾシカ学専門士」が誕生することとなろう。

「エゾシカ学」は、このように学生や市民に対する教育プログラムとして座学と実習を実施するだけでなく、それと併行してワークショップを開催しており、エゾシカの有効利用(肉、角、皮)、エゾシカ肉を用いた食育および新規の地場産品の開発、エゾシカ牧場の経営などについて本学教員を始め専門家を交えつつ意見交換を行うことで、北海道におけるエゾシカ産業の構築を目指している。

「エゾシカ学」を実施できたのは、本キャンパスが北海道に位置し、しかも野生エゾシカが生息している世界自然遺産知床や阿寒国立公園などが目と鼻の先にあり、しかもエゾシカ産業がまさに芽生えようとしているからと言える。そのため、全国的に見ても、この教育プログラムを実施できるのは、オホーツクキャンパスしかない。

 

「養鹿事業」の展開

エゾシカ肉は近年のBSEなどに代表される食肉に対する消費者の不安がある中で、高タンパク質・低カロリーと言った健康志向に適した食材であり、注目されるようになってきた。しかし、野生の動物である以上、肉質のばらつきは避けられず、北海道東部を中心として「一時養鹿(ようろく)」事業が行われるようになった。これは、いわゆる「エゾシカの牧場」を意味する。野生のエゾシカを冬場の餌の少ない時期に飼料(エサ)でおびき寄せ、それを囲い罠で捕らえ、牧場に運搬し、通常家畜に与える飼料で肥育して順次解体加工するという流れになっている。肥育期間は1年以内と短く、牧場内で繁殖をしない。

このような手順を踏むことで鹿肉の品質を野生のままよりも一定にさせ、かつ野生動物特有の臭みを少なくして提供するわけである。現在、北海道には7戸のエゾシカ牧場が存在しているが、これらの多くは主たる事業が「建設業」となっており、異分野業種の進出なのである。

エゾシカ牧場の主たる製品は「エゾシカ肉」である。当然、解体したときには、肉以外にも角や皮、内臓など様々な部位が発生するが、現在では残念ながらこれらについては角の一部が民芸品に使われている以外ほとんど活用されていない。中国では角や腱は、漢方などに利用されているが、皮を含めて未利用部位をどのように有効活用するかが求められている。そうした背景において、本キャンパスの「エゾシカ学」では、このような現状を学生に教育するとともに、肉の活用はもちろんのこと未利用部位の有効活用を探り、それをビジネス創造に発展させる工夫をしている。

 

エゾシカ展への誘い

現代GP「エゾシカ学」の取り組みを広く紹介したいと考え、東京農大「食と農」の博物館で「エゾシカ展〜エゾシカから学ぶ環境共生〜」を8月30日まで開催している。  展示以外にも解説や講演、エゾシカ肉の試食、エゾシカ製品の販売などと、企画が盛り沢山になっている。都内にある施設でありながら、エゾシカや北海道東部の雰囲気をお手で触れて、体感を通じて、より理解を深めて貰えるような展示にしている。本学オホーツクキャンパスについても併せて紹介しているので、学内外の多くの方々に足を運んでいただけると幸いである。

 

 

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