東京農業大学

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教員コラム

アマゾン流域で多彩な活躍

2010年10月15日

国際食料情報学部国際農業開発学科 准教授 三簾 久夫

在住の東京農大校友を訪ねて

ブラジルまで空路で約24時間、時差は12時間である。いわば地球を半周して、さる3月上旬、ブラジルを訪問した。東京農大卒業生(校友)のアマゾン移住50周年記念行事に参加し、ブラジル各地に在住する校友各氏との交流を深めた。本学校友の移住第一陣として1957年、坂口陞(のぼる)氏(林学卒)らが海を渡ってから半世紀になる。アマゾン流域の移住地トメアスーで開催されたその記念行事については、すでに本誌4月号で、本学国際食料情報学部長の豊原秀和教授が報告した。ここでは、ブラジル農業の現状を概観しつつ、校友の活躍ぶりの一端を紹介したい。

 

多種多様なブラジル農業

ブラジルの面積は日本の23倍で、気候は北のアマゾンの熱帯から南の温帯まで、また湿潤気候から半砂漠の乾燥気候まで多種多様である。そのような自然条件に対応して農業の形態も多様で、数千ヘクタールの大農場から数ヘクタールの小規模農場、国際取引される商品作物を生産から加工まで行なう企業的一環経営農場から殆ど農産物の販売をしない自給自足的農場まで様々なタイプがある。

生産物もブラジルを代表する輸出農産物のコーヒー、大豆をはじめ、オレンジ、トウモロコシなどの生産量は世界上位にランクされる。果樹は、熱帯のヤシの一種のアサイが多くの鉄分を含むことから、近年注目さている。さらに、カカオの仲間のクプアスー、ガラナ、東南アジアから導入されたマンゴスチン、ランブータンなどから、ブドウ、モモ、ナシ、カキなどの温帯果樹、リンゴまで栽培されている。

このほか、ブラジル人が好んで食べるマンジョカ(キャッサバ)、フェジョン(インゲンに似た)豆、米は全国的に生産されている。牛、豚等の畜産も盛んで、ブロイラーは日本にも輸出されている。  とりわけ脚光を浴びているのが、サトウキビから生産されるエタノールだ。バイオエネルギーとして注目され、ブラジルのガソリンスタンドではガソリン、軽油と並んで販売されている。

 

「遺伝資源の宝庫」アマゾン

アマゾンはその昔、「緑の魔境」といわれたが、今は「遺伝資源の宝庫」と呼ばれ、注目を集めている。アマゾン河口域の都市ベレンを基点として、流域各地に在住する校友は、校友会ブラジル支部の名簿で確認できるだけでも約40人に及ぶ。

今回訪れたトメアスー、ベレンから約800キロメートル上流のモンテアレグレ、さらに700キロメートル上流のマナウス、ベネズエラ国境などで、コショウ、デンデ(油ヤシ)、牧畜、鉢物花卉、有機野菜経営やスッポン養殖など、様々な農業や関連産業に従事している。ブラジルの地域社会への貢献度は極めて高いといえるだろう。

移住第一陣の坂口氏は、トメアスーでの持続可能な森林農業(アグロフォレストリー)の実践で知られているが、ここでは、農場とホテル経営を見事に両立させている校友のケースを紹介する。

 

農場とホテル経営の校友

ベレンから直線距離で約180キロメートル、道路で約250キロメートル離れたカピトンポッソ(Capiton Poco)在住の伊藤泰介氏である。伊藤氏は1964年、農業拓殖学科(現国際農業開発学科)を卒業し、ブラジルに移住した。現在、ベレンにマンションも持っているが、生活の根拠地カピトンポッソで農場とホテルを経営している。

氏のホテル経営はすでに十数年になる。当初は、別の地で始めたが、採算が合わずに閉鎖しており、今のホテル経営は、そのリベンジともいえる。ホテルは鉄筋コンクリート3階建て、その名も「ニュートウキョー」。数年前までアマゾン開発の最前線だったカピトンポッソで、最大のホテルである。

伊藤氏は町の人々との交流を重要視して、町のカーニバルに出場するサンバチームに経済的なサポートもしている。今回訪ねた時もそのチームがホテルを訪れて、歓迎してくれた。

当地の治安は良好とはいえない。町一番のホテル経営者であれば、強盗の標的にもなりやすいが、「町の人たちが守ってくれる」というのも納得できる。

 

省力化が可能な柑橘栽培

一方、伊藤農場は4箇所に計約2,000ヘクタールで、栽培作物はオレンジ、レモンなどの柑橘(かんきつ)類が中心である。

その農産物が盗まれ、ベレンの露天で売られていることもある。柑橘の品種から見て、明らかに伊藤農場のものと分かるのだが、伊藤氏は「それを問いつめると、生きてゆけなくなる。ある種の生活防衛の手段、強盗に入られるよりは良い」と言う。

柑橘栽培を導入した理由は、同地域が柑橘栽培に適していること、省力化が可能であるということであった。作業は1人当たり管理面積が100ヘクタールを目安として、除草、施肥、農薬散布作業は機械で行なっている。したがって、収穫作業での臨時雇用を除いた管理作業担当雇用労働者は20名と少ない。農産物はバラ積みのトレーラーでベレンの市場に出荷している。

 

チーク混植の森林農業

トメアスー在住の坂口氏の助言もあり、柑橘の間にチークを植林する森林農業を目指している。植付け間隔は30×30メートルに1本のチーク、その間に株間5メートル、畝間10メートルで柑橘を栽培する。チークは熱帯の有用材で、その需要は低下しない。また、混植によって柑橘への施肥がチークにも影響して、成長は早まる。チークに着目したその経営センスはユニークであり、視野の広さを感じる。

伊藤氏にその理由を尋ねると、「アマゾンで柑橘を栽培すると約20年程度で生産性が落ちてくる。その時には植え替え資金が必要だし、それに、20年勤続のボーナスがある方が楽しみだろ。あっ、年齢を考えると、年金の方が正しいかな?」とのことであった。

しかし、現在ブラジルでは木材の伐採は政府への許可が必要で、しかもなかなか許可がされていない。これは原始林の盗伐防止策として採られている措置だが、植林した木材にも適用されている。そのことを話すと、「う〜ん。そうだね。でも、20年後だし、それにブラジルだからね」と笑って答えてくれた。その笑顔にはなんの屈託も感じられない。それはブラジルに、アマゾンに根ざした人の笑顔に思われた。

追記:東京農大校友会ブラジル支部からの連絡によると、校友の坂口陞氏は4月24日サンパウロで急逝されました。
     心からご冥福をお祈りします。

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