東京農業大学

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教員コラム

食品づくりの秘密 〜分子のレベルから謎を解明〜

2010年10月15日

応用生物科学部生物応用化学科 教授 高野 克己

私たちが毎日食べている食品は、昔の人が長い年月をかけて生み出したもの。それらは勘や経験に基づいて作られてきたので、身近なものでありながら科学的に解明されていない点が多いのです。そこで、東京農業大学応用生物科学部生物応用化学科の高野克己教授が、おいしい食品ができる秘密について語ってくれます。

 

食品を分子のレベルから科学的に解明する

食に関する科学的な研究が始まったのはおよそ100年前です。長い歴史をもつ食品の謎を解明するのはそう簡単ではありませんが、それでも「なぜこんな食品ができるのか」を分子のレベルから調べていくと、いろいろなことがわかってきました。

私たちは普段、食品を「もの」としてとらえています。しかし、その原料となっているのは植物や動物といった「生物」たち。つまり、私たちは彼らの命を奪い、切ったり混ぜたり火にかけたりと手を加えて食べているわけです。ところが、生物が命を奪われて食品になったあとでも、その中には彼らの生命活動を維持するために働いてきた「あるもの」が、まだ生き残っているのです。

その正体は「酵素」。酵素はタンパク質の一種で熱に弱いため、ハムやソーセージをはじめ加熱加工された食品には残っていませんが、それ以外のすべての食品中に存在しています。そして、この酵素が食品づくりに大きく関わっているのです。

 

酸素の働きがおいしさの決め手

みなさんはポテトコロッケは好きですか? 衣に包まれたホクホクと柔らかなマッシュポテトがおいしいですよね。ところが、ジャガイモによってできるマッシュポテトの質が違うのです。なかにはペースト状になったり、調理中に衣からはみ出したりするものも。家庭で作るものならそれでよいとしても、商品にする場合は品質が一定でないと困ります。

そこで、おいしいマッシュポテトができるジャガイモの秘密を調べてみました。すると、細胞と細胞のつなぎ目がずれやすいことがわかったのです。細胞同士をつないでいるのは「ペクチン」という物質。これを分解するのがジャガイモの中にある「ぺクチナーゼ」という酵素です。つまり、ぺクチナーゼがジャガイモの中にたくさん残っていて、それが加熱途中に目覚めて適度にペクチンを分解すると、あのホクホクした独特の食感が生まれるわけです。一般的に、コロッケに向くのは「男爵」という品種。硬くて煮崩れしにくい「メークイン」は、カレーなど煮物向きとされています。

また、お米の場合は「アミラーゼ」という酵素がポイント。お米の中にあるこの酵素がお米の主成分・でんぷんをどれだけ分解するかで、おいしさが決まります。炊き方にもよりますが、アミラーゼの量が多いと日本人好みの粘りの強いごはんになります。こうした酵素による化学反応が、食品をおいしくしていたのです。

今までの品種改良は、収穫量が多い、病気に強いといった外に現れる性質から判断し、品種のかけあわせなどを行ってきましたが、「なぜその食材や品種を使うとおいしいのか」が解明できると、より効率よく食品が加工できたり、食材の品種改良が行えます。こうした研究が進めば、たとえばお米ならアミラーゼがより多く残るようにするなど改良点が絞り込めるため、短時間で求める品種が作れるようになるでしょう。

 

生物の多様な機能を食品作りに応用

次は、ポテトチップに起こるある現象についてお話しましょう。

北海道では、秋に収穫したジャガイモを翌年の4月ごろまで貯蔵します。腐らないよう、室温は0〜5℃程度に設定。ところが、こうして貯蔵しておいたものを揚げると真っ黒に焦げてしまうのです。これでは商品として売れませんね。いったいジャガイモに何が起きたのでしょうか。

原因は、ジャガイモが体内に蓄えた「糖」。糖は加熱すると焦げやすいのです。実は、ジャガイモは気温が0℃近くになると「もっと寒くなるかも」と考えて、でんぷんを分解してブドウ糖などに変えるのです。それは、寒さによって凍死するのを防ぐため。アイスキャンデー用の砂糖水が水道水に比べてなかなか凍らないように、組織の中に糖が含まれていると凍結しにくいのです。この現象は「低温障害」と呼ばれていますが、ジャガイモにとっては障害などではなく、自分の命を守るための大切な「防衛手段」なのです。

そこで解決策として、ジャガイモを加工する前に20℃くらいの部屋に1週間ほど置きます。すると、暖かくなり危機を脱したと判断したジャガイモは糖を消費する。糖含量が下がれば揚げても焦げません。年間を通して一定の色のポテトチップがつくれるのは、こうしたジャガイモの性質を利用しているためです。
このように、生物が生きるために備えてきた機能が食品の味をよくしたり、私たちの求める形にしてくれているのです。そう考えると、「もの」としてとらえてきた食品の見方が変わってきませんか? 食品を科学的に解明し、その現象が起きたのは生物にとってどんな意味があったのかを考えていく。そしてそこから得た知識をよりよい食品づくりにつなげていくことも、農学のおもしろさです。

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