東京農業大学

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教員コラム

病原菌で樹木を守る?〜微生物農薬の発見をめざして〜

2010年10月15日

地域環境科学部 教授 矢口 行雄

樹木は二酸化炭素を吸収して地球温暖化を防いだり、水質を浄化したりといった重要な役割を果たしています。そうした樹木を守る専門家が「樹木医」、すなわち「木のお医者さん」です。そこで、東京農業大学地域環境科学部の矢口行雄教授が、樹木医と樹木の病気やその予防について語ってくれます。

 

樹木医の仕事は「病気の予防」と「外科手術」

樹木医(※)の主な仕事は、森林や街路樹、庭木などの病気を診断し治療すること。樹木の生態はもちろん土壌や病虫害などに関する幅広い知識が必要です。 診断の際には葉などを採取して調べるほか、内部の状態を診るためにレントゲンを撮ることもあります。いったん病気になると傷んでしまった葉や枝などは回復しません。そのため治療は、傷んだ部分を切除したり木が倒れないよう、中に金属を入れたりといった「外科手術」が中心になります。そこで、植物の場合は治療よりもむしろ病気にならないように「予防すること」が大切なのです。

病気や枯死を引き起こす原因は、土の中にいるカビやバクテリアなどの微生物をはじめ、虫などの生物、排気ガスや酸性雨などさまざま。残念なことに私たち人間もその一因です。

病気が発生しやすいのは農作物や街路樹、庭木など人間が植えた植物で、自然林にはあまり発生しません。というのも、自然林では樹木以外にもさまざまな植物、昆虫、動物などがバランスよく共生しているため、病気を起こす菌類が働かないのです。しかし、田畑や街路樹には単一の植物しかいないためそうしたバランスが偏り、その結果菌類が悪さをして植物を病気にしてしまうのです。 「それなら農薬をまけばいいのに」と思うかもしれません。しかし、田畑のように周囲に人の少ない限られた空間でならそれも可能ですが、街路樹や庭木があるのは市街地。周辺住民への影響を考えるとまず無理でしょう。また、山や森林への散布もNG。山に農薬をまけば私たちの飲み水が汚染され、病原菌以外の生き物まで殺してしまうからです。このように樹木に直接何らかの処置を行う場合には、環境への影響を必ず考えなければなりません。 現時点での病気の予防策は、まめに観察を行うことです。そうすれば異変にもすぐ気づき、大事に至る前に肥料を与えたり人間が踏み荒らさないよう柵で囲ったりといった対策がとれるからです。早期発見が大事という点は人間の病気と同じですね。

 

病原菌ワクチンに?

街路樹などの病気を防ぐには、その土地に適した病気に強い樹種を選んで植えることも大切です。東京などではイチョウがよく用いられます。

また、はかないイメージに反して意外にタフなのが桜。桜は毛虫には弱くても、病気にはとても強いのです。ちなみに桜の一種、ソメイヨシノの健康な葉を調べたところ、一枚の葉の表面になんと百〜三千種類もの微生物が付着していました。それでも病気にならない強さの秘密はどこにあるのでしょうか? 実は、ソメイヨシノの葉の中にはある種の病原菌が常に住んでいるのです。ただし、潜在的な感染なのでソメイヨシノが体調を崩さなければ症状は現れません。こうした病原菌を「常在菌」と呼びますが、これらを住まわせることで、外からもっと恐ろしい病原菌が攻撃してくるのを防いでいると考えられます。とかく悪者扱いされがちな菌類ですが、ここではワクチンのような働きをしてソメイヨシノを守っているのですね。 どの菌がいればどの病気を防げるのかは今のところまだわかりません。しかしそれを解明すれば、化学農薬でなく微生物によって病気を予防する「微生物農薬」が作れるはず。樹木の病気にも使用可能な微生物農薬を求めて、目下研究を進めています。

 

病気にならない樹木!?

みなさんは赤く変色しているマツを見たことがありますか?あれは「松枯れ」といって、現在国内で非常に深刻化している樹木被害です。犯人は病原菌ではなく、体長わずか1ミリ弱の「マツノザイセンチュウ」という線虫。これが「マツノマダラカミキリ」というマツを食べるカミキリ虫によって木に運ばれ、内部で増殖しマツを枯らしてしまうのです。

このカミキリ虫は外来種で、100年ほど前、アメリカから長崎港に到着した木材に潜んでいたものから広がったといわれています。それが北上し、今や被害は秋田県まで達してしまいました。国も薬剤散布や天敵による防除などを行いましたが、被害は止まりません。そこで発想を転換。このカミキリ虫やセンチュウが食べないマツを開発しようと、近年は品種の交配実験などが進められています。 樹木の病気に関する学問は比較的新しく、未解明な部分がたくさんあります。まずは病気の原因を特定し、病気になるメカニズムを明らかにしなければなりません。そしてそこから病気を予防・撲滅する方法を見つけ、病気にならない樹木を開発していくことも、農学のおもしろさです。

 

※樹木医になるためには、通常7年以上の実務を経験した上で、審査に合格する必要があります。ただし樹木医補の資格を持っていると、1年間の実務経験で審査を受けることができます。東京農業大学では、地域環境科学部の森林総合科学科と造園科学科、短期大学部の環境緑地学科で樹木医補の資格を取得することが可能です。

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