東京農業大学

メニュー

教員コラム

野生酵母による清酒醸造

2013年10月31日

生物産業学部食品香粧学科 教授 永島 俊夫

オホーツク新食品誕生記(19)

新規地域資源の利用(2) 地域の花から新規微生物の探索

清酒の消費量は減少傾向にあり、業界ではこれまでの清酒にはない特徴を求め、野生酵母の探索が行われるようになりました。清酒醸造には発酵力が強く、高いアルコール生成能が求められますが、東京農大の醸造学科ではその選抜方法について古くより研究が行われ、1969年、竹田正久・同科講師(当時)と塚原寅次・農学部非常勤講師(同)は麹汁培地中における清酒酵母以外の酵母の生育阻害物質を見出し、これを"yeastcidin"と命名しました。その後種々の研究が実施されてきましたが、中田久保・短期大学部名誉教授、穂坂賢・同醸造学科教授らは実際の清酒醸造にまで応用することに成功しました。これまでに種々の花から酵母を分離し、「花酵母」として清酒醸造に利用されるようになり、研究会も組織されてすでに何点もの製品化が実現しています。
北海道釧路市にある酒造会社、福司酒造(株)でもこれからの酒造りについて新たな手法を取り入れようとしており、私に北海道の花から清酒醸造用の酵母が分離できないかという相談がありました。同社に働いている2人の農大醸造学科卒業生を、私の研究室に研究員として受け入れ、穂坂教授にも協力をいただきながら一緒に研究を行うことにしました。まず、地域の花から酵母を採取することから始めました。花の咲く時期を逃さないように、ハマナス、ニセアカシア、ヤマブドウ、エゾヤマザクラなど、網走周辺で場所を変えて100点ほどを集め、培養して酵母を分離しました。その後、yeastcidinを含む培地で培養し、生育するアルコール発酵力の強い酵母を選抜するのですが、麹汁培地からこのyeastcidinを分離するのに苦労し、かなりの時間を要しました。何とかその手法を習得して分離した酵母の培養試験を行い15点ほどのアルコール発酵力の強い酵母が選抜できました。これらの同定試験を行ったところ、いずれも従来の清酒酵母と同じ仲間のSaccharomyces cerevisiaeであることがわかりました。そしてこれらの酵母を用いて実際の清酒醸造の手順に従い小仕込み試験を行い、アルコール生成度や日本酒度、風味などを総合的に検討しました。その結果、発酵力はこれまでの醸造協会の清酒用酵母と比べても遜色がなく、風味に特徴を有する実用化に向けた可能性の高い一つの酵母が選択できました。そこで福司酒造(株)での何回かの試験を経て、この酵母による清酒の仕込みが行われ、北海道の花「ハマナス」から分離した酵母を用いた清酒が完成しました。製品は写真に示したように、これまでにない若者、女性たちを意識したおしゃれな容器に入れ、商品名を「花華」(はなはな)と命名して販売されました。
このことはすぐに地元のマスコミも取り上げました。新聞やテレビでの報道が追い風となり、「ハマナスの花から分離した酵母で造られた清酒」ということが話題となりました。北海道がイメージできることから、数量は限定ですが発売以来順調な売れ行きを示しています。その後も同社とは研究を継続し、さらなる有用株の探索を行っているほか、新たなリキュールなどの開発にも力を入れています。

ページの先頭へ

受験生の方