東京農業大学

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教員コラム

キトサンと植物病原菌生体防御酵素

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

カニ殻やエビ殻に含まれるキチンとキチンをアルカリ処理して得られるキトサンやそれらの分解物は、医療、食品、農業、環境など様々な分野に応用されています(前号参照)。今回は、キトサンと植物病原菌の関係を中心に、農業分野での利用研究にふれてみます。
 ある種の植物や蔬菜類にキトサンやその分解物を与えると、植物病原菌に対する抵抗性が高まり、病原菌に感染しにくくなったり、感染しても病気が広がらないことが知られています。また、キトサンを利用することにより、バレイショやカンショの収穫量の増加やニンニク、レタスなどの品質向上、ニンジンの生長促進効果などが認められ、様々な有効性が実際の圃場等の実験でも得られています。そのメカニズムは、未だ充分説明されていませんが、キトサンやその分解物には、植物病原性のカビの生育を阻害する効果や植物のもつ自己防御機能を高める働きのあることがわかっています。
 そこで、一つ目は、マメ科植物やキュウリ、タマネギなどの植物病原菌としてよく知られているカビ(フザリウム属という)の生育がキトサンあるいはその分解物により阻害されるという話。キトサンやその分解物をフザリウム属カビの培養時に添加すると、その添加濃度に比例して顕著な増殖阻害が観察されます。キトサンの構造を少し化学的に変化させたキトサン誘導体では、その効果は更にアップします。その理由は、キトサン等がカビの細胞表層と反応することにより、カビの細胞から生育に必要な物質が漏出してしまうからではないかと推察されています。しかし、フザリウム属以外のカビには効果がないので、それはちょっと残念です。もっとも、一口にカビといっても、多種多様で、細胞表層や細胞壁の化学組成や構造なども異なっていますから当然といえば当然のことですが…。
 2つ目は、キトサンが植物のフィトアレキシン1)や生体防御タンパク質の合成や活性化を促すという話。フィトアレキシンとは植物体に病原菌が進入したとき、その植物体が自ら生産する抗菌性物質の総称をいいます。植物の違いにより様々な化学構造のフィトアレキシンが報告されていますが、キトサン分解物には、その一種の生産を誘導する働きが認められています。一方、不思議なことに、植物にはキチンやキトサンは含まれていないにもかかわらず、キチンやキトサンを分解する酵素(キチナーゼ、キトサナーゼという)を生産する能力があります。この酵素は、植物にとっては、いわば自らの身を守るために必要な生体防御タンパク質といえるものです。つまり、植物はキチンやキトサンを細胞壁にもつ病原菌が攻撃してきたとき、それを分解するこの酵素を生産して、病原菌の細胞内への進入を防いだり、病気感染を防御したりしているのです。従って、キトサンなどを人為的に植物に与えると、植物は病原菌の攻撃と勘違いして、上記のような自己防衛機構を働かせ、抗菌物質や酵素などを生産するので、病原菌や害虫や対する抵抗性や細胞活性が高まるらしいのです。しかし、そのメカニズムには不明な点も多く今後の研究が待たれるところです。
 植物も動物も人間も、およそ生物と名のつく生命体は、外敵から身を守るための何らかの防御機構を備えています。そのメカニズムは巧妙で偉大。でも、人間の最大の外敵が同じ人間であるかもしれないのは、ちょっと皮肉でさびしい。キチン・キトサンの話まだつづく。

 

1)ファイトアレキシンともいう。

 

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