東京農業大学

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教員コラム

いい塩梅の科学味は舌と脳で感じる

2010年8月2日

東京農業大学短期大学部 醸造学科 教授
醸造学科食品微生物学研究室
前副学長
中西 載慶
主な共著:
『インターネットが教える日本人の食卓』東京農大出版会、『食品製造』・『微生物基礎』実教出版など

料理の味加減や物事が調和して良い状態のことをご存知のように「いい塩梅だ」などといいます。この「あんばい」、元来は字のごとく「えんばい」が転じた言葉で、調味のための塩と梅酢を意味しています。塩は、おそらく人間が食べ物を美味しくするために最初に使った調味料で、古今東西、和・洋・中、ほとんどの料理に塩が使われています。この塩、単に塩辛い味をつけるだけではなく、砂糖に僅か加えると甘味が増す作用(味の対比効果)やお酢に僅か加えると酸味が低減する作用(味の抑制効果)など、複雑な味の働きがあります。塩の効果や使い方を熟知している料理の達人でも、その加減は難しいといいます。一般に人が美味しいと感じる塩の量は、汁物では0.7〜1.0%、煮物では0.8〜2%といわれ、他の味に比べ許容範囲が狭く個人差も少ないのが特長です。しかし、梅干や漬物は、それよりずっと塩分濃度が高いのに美味しい。この秘密は又の機会としますが、「いい塩梅」や塩の旨さを数値化することはとても難しいことです。いずれにしても、美味しさとは、塩味はもとより、様々な味、香り、色、歯ざわりや舌ざわり、温度、見た目、さらには体調、雰囲気など、様々な要因が関係しています。ですから、人が美味しいと感じることは科学的には大変複雑な話です。

そこで、味覚についてちょっと説明します。人間が感じる味は、基本的に甘味、酸味、塩味、苦味の4つに分類されます。それに旨味、辛味、渋味を加える場合もあります。食物や飲み物には、このような様々な味を引き起こす物質が含まれています。たとえば、甘味の砂糖、酸味のレモンや梅に含まれるクエン酸、塩味の食塩(ナトリウムイオン)、苦味のビール(ホップ)に含まれるフムロン、それらが味を感じさせる物質です。口の中に入ったこれらの物質は、まず舌の表面にある味蕾(みらい)と呼ばれる味の受容器に取り込まれます。味蕾の中にはそれぞれの味を感じとるための味覚細胞があって、その細胞表面には味物質(味分子)を受け取る受容体があります。勿論、この受容体は、それぞれの味分子に対応していますので、例えば塩味においては、主にナトリウムイオンが味覚細胞と受容体に作用します。そして、この化学刺激による信号が感覚神経系を通じて脳に伝達され、塩味を感じることになります。しかし、味の種類によって、その信号を伝えるメカニズムが少し異なっていたりして、これまた複雑な話です。ちなみに、いろいろな味は、舌の上で同じように感じるわけではなく、それぞれの味に対して、特に敏感に感じる部分があります(図参照)。味覚の化学的説明はわかり難い。一言でいえば、味は物質と細胞の化学反応で舌と脳で感じるということです。脳同様、人生最大の食べる楽しみも担っている舌は重要な器官です。毎日、舌鼓みを打ちながら美味しいものが食べたい。でも、舌先三寸、二枚舌、舌の根も乾かぬうちに、こんな舌の使い方は慎みたい。閻魔さまに舌を抜かれないように……。

しかし、なんといっても料理における塩の味と力にふれないわけにはいかないでしょう。

その話は次号ということにいたします。

舌における味覚の感度

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