【研究成果(共同)】ほうれん草が「とう立ち」する仕組みをゲノムから解明 | 国際農業開発学科 パチャキル バビル 准教授ら
2026年7月29日
教育・学術

ほうれん草が「とう立ち」する仕組みをゲノムから解明
~高品質ゲノムと遺伝子ネットワーク解析により品種改良を加速~
ポイント
- ほうれん草ゲノムを高精度に解読し、とう立ちの仕組みの解明に向けた研究基盤を整備。
- とう立ち時期を制御する有力な候補遺伝子としてSoLNK1を同定。
- とう立ちしにくい品種の育成や、気候変動下でも安定生産できる品種開発への応用に期待。
概要
北海道大学大学院農学研究院の小野寺康之准教授らの研究グループは、ほうれん草ゲノムを高精度に解読し、長鎖DNAシーケンス解析*1、QTL解析*2、RNAシーケンス解析*3、共発現ネットワーク解析*4、系統解析*5を統合することで、とう立ち*6の時期に関わる遺伝子ネットワークを明らかにしました。
ほうれん草は日が長くなると花芽形成が始まり、茎が伸びる「とう立ち」が起こります。とう立ちが早く起こると葉の品質や収量が低下し、商品価値に大きく影響します。しかし、その分子メカニズムは十分に解明されていませんでした。
本研究では、高精度ゲノムを基盤として、とう立ち時期に関わる複数の候補遺伝子を抽出しました。特に、概日時計*7関連遺伝子SoLNK1は、遺伝子変異、QTL、共発現ネットワークの複数の解析結果から、とう立ち制御に関わる注目すべき候補遺伝子として位置付けられました。また、概日時計(体内時計)と花成*8開始を結ぶ遺伝子ネットワークの全体像を示しました。本成果は、ほうれん草のとう立ち制御機構の理解を大きく前進させるとともに、晩抽性品種の効率的な育種や、気候変動に対応した安定生産への貢献が期待されます。
なお、本研究成果は、2026年7月29日(水)公開のJournal of Experimental Botany誌にオンライン掲載されました。

ほうれん草が「とう立ち」する仕組みをゲノム解析で解明。複数のゲノム解析手法を組み合わせることで、植物が日の長さを感知して花芽形成を開始し、とう立ちに至るまでの遺伝子ネットワークを明らかにしました。
背景
ほうれん草は、私たちの食生活に身近な葉菜類の一つです。食用となるのは主に葉の部分であるため、花を咲かせる準備が始まり、茎が伸びる「とう立ち」が早く起こると、葉の品質や収量が低下し、商品価値にも影響します。
近年、ほうれん草は秋冬だけでなく年間を通じて生産・出荷されるようになっており、季節や日長の変化に左右されにくい安定生産が求められています。特に、日が長くなる春から夏にかけてはとう立ちが起こりやすくなるため、とう立ちしにくい品種の育成は農業現場における重要な課題です。
これまでにも、ほうれん草のとう立ちや花成に関わる遺伝子の研究は進められてきました。しかし、従来の研究では主に葉の組織が解析対象とされることが多く、植物が栄養成長から生殖成長へ切り替わる初期段階、特に茎の先端部でどのような遺伝子ネットワークが働くのかは十分に分かっていませんでした。
また、ほうれん草を含むヒユ科植物*9では、モデル植物であるシロイヌナズナとは異なる花成制御の仕組みが存在する可能性が示されてきました。そのため、ほうれん草自身の高品質なゲノム情報を基盤として、とう立ちに関わる遺伝子やその働きを統合的に解析する必要がありました。
研究手法
本研究では、長鎖DNAシーケンス解析、QTL解析、RNAシーケンス解析、共発現ネットワーク解析、系統解析を組み合わせて、ほうれん草のとう立ち制御に関わる遺伝子を探索しました。
まず、長鎖DNAシーケンス解析により、ほうれん草のゲノム情報を染色体レベルで整備しました。次に、このゲノム情報を用いて、とう立ち時期に関わるQTL領域を詳しく調べ、候補遺伝子を絞り込みました。
さらに、早くとう立ちする系統と遅くとう立ちする系統について、葉と茎頂部(生長点)の遺伝子発現をRNAシーケンス解析で比較しました。得られた発現データから、互いに連携して働く遺伝子群を共発現ネットワーク解析によって推定しました。
最後に、ヒユ科植物と他の植物の遺伝子を比較する系統解析を行い、ゲノム情報、遺伝子変異、発現データ、共発現ネットワーク情報を統合して、とう立ち時期に関わる候補遺伝子と制御ネットワークを評価しました。
研究成果
本研究では、染色体レベルで高品質なほうれん草基準ゲノムを構築しました。このゲノム情報は、研究者や育種関係者が利用できるよう、公開データベース「Spinach Genome DataBase」で公開しています(データベース: https://mogt.agr.kyushu-u.ac.jp/spinach/)。このゲノムを基盤として解析を進めた結果、とう立ち時期に関わる複数の候補遺伝子と、概日時計に関わる遺伝子群、花成開始に関わる遺伝子群からなる二つの遺伝子制御ネットワークが明らかになりました。
特に、概日時計関連遺伝子SoLNK1は、とう立ちに関わるQTL領域に存在すること、晩抽性系統でタンパク質の機能に影響すると予測される変異が見つかったこと、さらに概日時計関連の遺伝子制御ネットワークに含まれることから、とう立ち制御に関わる重要な候補遺伝子である可能性が示されました。また、SoAGL21、SoFT3、SoCOL14、SoFL1 なども、とう立ち時期に関わる有力な候補遺伝子として見い出されました。
さらに、ほうれん草及び甜菜(砂糖大根)などを含むヒユ科植物の遺伝子を比較した結果、これまで花成研究のモデルとして広く利用されてきたシロイヌナズナとは異なる、ヒユ科植物に特徴的な花成制御ネットワークの存在が示されました。本研究は、ほうれん草のとう立ち制御機構の理解を前進させるとともに、ヒユ科植物に共通する新たな花成制御モデルを提案する成果となりました。
今後への期待
本研究により、ほうれん草のとう立ち時期を制御する有力候補遺伝子と、その制御ネットワークが明らかになりました。これらの成果は、DNAマーカーを利用した効率的な品種改良や、とう立ちしにくい「晩抽性」ほうれん草の育成を加速させることが期待されます。
また、気候変動に伴う気温や栽培環境の変化に対応し、安定した収量と品質を維持できる品種の開発にも貢献すると考えられます。
さらに、本研究では、ほうれん草だけでなく、甜菜(砂糖大根)やキヌアなどを含むヒユ科植物に特徴的な花成制御ネットワークの存在を示しました。今後、ヒユ科植物に共通する花成制御機構の解明が進むことで、多様なヒユ科作物の品種改良や、植物が環境の変化に適応する仕組みの理解がさらに深まることが期待されます。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS科研費:JP21K05525、JP23K23586、JP23K18039)及び文部科学省 科学研究費助成事業先進ゲノム支援(先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム:PAGS、JP22H04925)並びに東京農業大学「生物資源ゲノム解析拠点」の支援を受けて実施しました。また、研究材料について、株式会社トーホクから提供支援を受けました。
論文情報
論文名
A high-quality spinach reference genome and co-expression analysis reveal circadian and floral initiation gene networks (高品質ほうれん草参照ゲノムと共発現解析により、概日時計と花成開始に関わる遺伝子ネットワークを解明)
著者名
山野 薫1、柚木創太1、樋口和貴2、Pachakkil Babil3、田中啓介4、5、磯部祥子6、7、白澤健太7、平川英樹8、小野寺康之9(1北海道大学大学院農学院、2北海道大学農学部、3東京農業大学国際食料情報学部国際農業開発学科、4東京農業大学生物資源ゲノム解析センター、5東京情報大学総合情報学部、6東京大学大学院農学生命科学研究科、7公益財団法人かずさDNA研究所先端研究開発部、8九州大学大学院農学研究院、9北海道大学大学院農学研究院)
雑誌名 Journal of Experimental Botany(植物科学分野の国際学術誌)
DOI 10.1093/jxb/erag330
公表日 2026年7月29日(水)(オンライン公開)
用語解説
*1 長鎖DNAシーケンス解析 … DNAを数万~数十万塩基という長い断片のまま読み取る解析手法のこと。ゲノムを高精度に解読し、染色体レベルでつなぎ合わせることができる。
*2 QTL解析(量的形質遺伝子座解析) … 草丈や開花時期など、複数の遺伝子が関わる形質に影響するゲノム領域(QTL)を特定する解析手法のこと。品種改良に関わる遺伝子の探索に広く利用されている。
*3 RNAシーケンス解析(RNA-Seq) … 細胞内でどの遺伝子が、どの程度働いているか(発現しているか)を網羅的に調べる解析手法のこと。遺伝子の働きや環境への応答を調べることができる。
*4 共発現ネットワーク解析 … 発現パターンが似ている遺伝子をグループ化し、互いに協調して働く遺伝子群(ネットワーク)を推定する解析手法のこと。生物学的な機能や制御機構の解明に利用される。
*5 系統解析 … 異なる生物の遺伝子やDNA配列を比較し、進化的な類縁関係や共通する特徴を調べる解析手法のこと。本研究では、ヒユ科植物に共通する花成制御の仕組みを調べるために用いた。
*6 とう立ち … 葉菜類で、花が咲く際に茎が急速に伸び始める現象のこと。ほうれん草では葉の品質や収量が低下するため、栽培上の重要な課題となる。
*7 概日時計 … 体内時計。約24時間周期で働く生物の時間を測る仕組みのこと。植物では日の長さや昼夜の変化を感知し、開花や成長などを適切な時期に調節している。
*8 花成 … 植物が花を咲かせるための発育へ切り替わる現象のこと。花芽が形成されることで、その後の開花や結実につながる。
*9 ヒユ科植物 … ほうれん草、甜菜(砂糖大根)、キヌアなどを含む植物の仲間のこと。本研究では、これらの植物に共通する花成制御の仕組みが存在する可能性が示された。
