研究成果(共同)「「飼料情報」の伝え方で消費者の関心度が変化:社会的便益を訴えるナッジが有効」 | 食料環境経済学科 菊島 良介 准教授ら
2025年9月12日
教育・学術
「飼料情報」の伝え方で消費者の関心度が変化:社会的便益を訴えるナッジが有効
発表者
菊島 良介 准教授(東京農業大学 国際食料情報学部)
中嶋 晋作 准教授(明治大学 農学部)
発表概要
「国産牛」と聞くと、すべて国産の資源で育てられていると思いがちです。しかし実際には、飼料の多くを輸入に依存しており、牛肉の自給率は45%から12%に下がります。本研究では、全国の牛肉購入者を対象に、飼料に関する情報を提示すると、消費者の飼料への関心度がどのように変化するかを分析しました。その結果、「国産飼料の利用による自給率向上」や「エコフィードの利用による食品ロス削減」につながると説明した情報を与えた場合、飼料への関心度が統計的に有意に高まることが確認されました。
発表の内容
研究の背景
日本の牛肉自給率はカロリーベースで45%とされていますが、これは「飼料まで国産」という意味ではありません。日本の畜産で利用される飼料自給率は25%にとどまり、その内訳を見ると粗飼料は76%を確保している一方、濃厚飼料はわずか13%にすぎません。飼料を含めて計算すると牛肉の自給率は12%にまで低下します。この「国産牛の自給率のマジック」は、消費者の理解と現実の間に大きなギャップを生んでいます。
こうした課題に対応するため、日本では国産飼料の利用拡大が重要な政策課題とされており、具体的には飼料用米やエコフィード(食品リサイクル飼料)の導入が進められています。飼料用米は自給率の改善に、エコフィードは食品ロス削減や環境負荷の低減に貢献します。しかし消費者の多くは「国産牛=国内資源だけで育成」と誤解し、これらの施策の意義を十分に理解していません。
また、BSE問題以降の動向にも違いがあります。EUでは「安全性」からさらに進み、飼料成分や生産過程の透明性に関心が高まり、表示制度や規制も整備されました。一方、日本では「牛肉トレーサビリティ制度」により製品レベルの安全は担保されたものの、飼料への関心度は依然として低いままです。本研究は、このギャップを埋めるために、飼料情報をどのように提示すると消費者の関心度に変化が生じるのかを実証的に検証しました。
研究内容
【調査方法】
全国の牛肉購入者を対象にオンライン調査を2回実施(第1回:2,519名、第2回:1,356名)。
牛肉購入時に重視する13項目をベストワーストスケーリング(BWS)で測定。
BWSとは? :複数の選択肢から「最も重視する」と「最も重視しない」を選ばせ、相対的重要度を算出する手法。
情報提供前後の変化を差の差分析(DID)で検証。
DIDとは? :「情報を与えた群」と「与えなかった群」の前後差を比較し、効果が偶然ではないかを確かめる統計的手法。
【調査デザイン(ナッジとしての情報提供)】
普段はあまり重視されない「飼料」に対する関心度を高めるには、どのような“伝え方”が有効なのか。本研究では、情報をナッジ(人々の行動を後押しする工夫)として設計し、その効果を比較しました。調査参加者は、情報を与えない対照群と、4種類の処置群に分けられました。
処置群①(基礎情報):飼料依存に関する基礎的な情報
処置群②(個人的便益):基礎情報+「価格安定・品質向上」
処置群③(社会的便益:自給率向上):基礎情報+「国産飼料の利用は自給率向上につながる」と説明
処置群④(社会的便益:食品ロス削減):基礎情報+「エコフィードの利用は食品ロス削減につながる」と説明
【主な結果】
牛肉購入時に重視される13項目の中で、飼料情報は下位(11位)に位置づけられ、普段はあまり重視されていないことが分かりました。
処置群③(国産飼料=自給率向上)および処置群④(エコフィード=食品ロス削減)では、消費者の飼料への関心度が統計的に有意に上昇(DID分析:p=0.018, p=0.004)。
処置群②(個人的便益=価格安定・品質向上)では有意差は見られませんでした。
本研究は、個人的便益よりも社会的便益を訴えるナッジが、消費者の飼料への関心度を高めるうえで有効であることを示しました。
今後の展開
次のような展開が期待されます。
政策への応用:国産飼料の利用(飼料用米・エコフィード)を「自給率向上」「食品ロス削減」につながる取り組みとして説明することで、施策の普及を後押しできる。
教育・探究学習:飼料問題を食品ロスや食料自給と結びつける学習を通じて、持続可能な農業や食料安全保障を考えるきっかけになる。
国際比較の視点:EUのように透明性や表示制度を強化すれば、日本でも飼料情報が消費者の理解と信頼につながる。
消費者意識の変化:社会的便益を強調するナッジによって、飼料への関心度が日本でも徐々に広まりつつある。
発表雑誌
著者名:Kikushima.R&Nakajima.S
論文タイトル:Irrelevant or significant? Effects of nudge-based messages for raising consumer awareness of feed given to cattle in Japan
掲載誌:Food Quality and Preference
DOI:https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2025.105657