研究成果「動物集団を守るためには雌雄のバランスも大切」 | 海洋水産学科 千葉 晋 教授
2023年9月8日
教育・学術
本研究成果のポイント
- 人間の活動がきっかけで、動物集団中の成熟した雌と雄のバランス(以降は、性比と記します)が不自然に歪むことがあります。本研究では、雌だけが漁獲されている甲殻類を対象に、性比の歪みが原因となって集団の存続可能性が下がるメカニズムを明らかにしました。
- 雌に対して雄が多くなりすぎると、つまり、性比が雄側へ歪むと、雄による過剰な繁殖行動が原因で、雌が正常に産卵できなくなることを示しました。
- また、性比が雄側へ歪むと、繁殖できない雄が増え、集団全体の遺伝的多様性が下がりうることを示しました。
- 本研究では、性比が一方の性へ偏ることで雌雄両方の繁殖成功が下がり、結果として集団の存続可能性に負の影響があることを論じています。
【研究の概要】
東京農業大学・生物産業学部(北海道網走市)の研究グループは、動物集団中の成熟した雌雄のバランスが大きく歪むと、その集団の存続可能性に負の影響が出るメカニズムを明らかにしました。
動物集団が世代を重ねて存続していく過程で、成熟した雌雄の割合(以降は、性比)が重要だと論じる研究は古くからありました。しかし、どのようなメカニズムが動物集団の存続可能性に影響していくのかはよく分かっていませんでした。研究グループは意図せずに雌だけが漁獲されている甲殻類(ホッカイエビ)を対象に、その繁殖システムに着目して性比の影響を調べました。
研究の結果、性比が雄に偏りすぎると、(1)数少ない雌をめぐって多くの雄が過剰な交尾をしかけてしまうので雌が正常に産卵できなくなる、(2)繁殖できない雄が増えることで集団全体の遺伝的多様性が減りやすくなる、というメカニズムを明らかにしました。
これらの結果は、雌だけを過剰に獲ってしまうと、雌雄両方の繁殖成功が低下し、将来的にはその集団の存続可能性が低くなることを示唆しています。これまで動物集団の保全や管理において性比はあまり注目されてきませんでしたが、これらのメカニズムの分かりにくさがその原因だったのかもしれません。
この成果は、この内容は、英科学誌Journal of Animal Ecologyで92巻・9号(2023年9月6日)に掲載されました。
【研究内容】
■背景
ある動物の集団を構成している雌と雄の割合を性比といいます。多くの動物集団では、性比はある一定のバランスで保たれており、これは自然選択(natural selection)が作用した結果、つまり進化的な理由をもったバランスだと考えられています。しかし、性比は時々歪むことがあります。とりわけ成熟した個体の性比(成体性比、adult sex ratio)は狩猟や漁業といった人間活動の影響を受けやすく、時には自然ではありえないようなレベルまで歪んでしまうことがあります。
野生の動物集団の保全や管理において、もっとも重視されるのは雌の量です。なぜなら、子孫の量は子を直接産む雌親に左右されるので、その集団の存続可能性を考えるとき、雌の量はとても重要な要素になるからです。しかし、雌さえ残していれば雌雄のバランスは考えなくて良いのでしょうか? このような議論は古くからありましたが、実際の保全や管理ではほとんど重要視されてきませんでした。それは、性比がどのように集団の存続に影響するのか、そのメカニズムが良くわからないことに原因があったからかもしれません。
漁業によって性比が大きく歪む動物グループのひとつが、タラバエビ属のエビ類です。タラバエビ類には、食材として馴染みのある種が多く、“あまえび”と呼ばれるホッコクアカエビや、“ぼたんえび”と呼ばれるトヤマエビはその代表格です。しかし、それらタラバエビ類の多くが一生のうちに性を変えることは、あまり知られていません。
タラバエビ類の性は成長に応じて変わり、小さいうちは雄ですが、大きくなると雌へ性転換します。漁業では、商品価値の高い大きな個体を漁獲するので、意図しているわけではないのに漁獲物のほとんどは雌です。つまり、漁獲圧が強ければ強いほど集団から雌だけが減り、性比はどんどん雄に偏っていくことになります。漁獲対象とならなかった雄たちは、残っている数少ない雌を巡って繁殖することになります(図1)。
■目的
東京農大の研究グループはタラバエビ類の1種、ホッカイエビ Pandalus latirostrisを対象にして、性比が繁殖にどのように影響するのかを調べました。なお、このエビは“北海しまえび”あるいは“しまえび”という商品名で流通しており、国内では重量あたりの単価がとても高い甲殻類の1種です。
■分かったこと
まず、性比と雌の繁殖成功の関係を調べました。室内実験で集団中の成体に占める雄の割合を性比と定義し、水槽内で雄の数だけを変化させて1匹の雌と繁殖させました。ホッカイエビの雌は、繁殖してから24時間以内に卵を産んで、それを腹部に抱えます。そこで、その抱えられた卵の数(抱卵数)を調べました。その結果、性比が雄に偏るほど、抱卵数が減ることが分かりました(図2)。別の年にも同じ実験を行って再検証したところ、年毎に影響の程度は異なりましたが、この傾向は変わりませんでした。つまり、室内実験の結果は、1匹の雌に対して繁殖相手の雄が多くなると、雌は十分に抱卵できなくなることを意味しています。
次に、この実験結果と同じ現象が実際に野外の自然環境でも起きているかどうかを確かめてみました。ただし、厳密に操作された室内の実験環境とは異なって、野外環境では、様々な要因が抱卵数に影響するはずです。そこで性比以外の要因も同時に考慮しながら、25年分の野外調査のデータを使って解析しました。その結果、室内実験の結果は単純には再現されず、抱卵数には性比以外の要因、特に夏場の水温や栄養状態などが強く影響することが推察されました。
しかし、性比の影響が否定されたわけではないので、今度は視点を変えて抱卵数ではなく、抱卵の成功・失敗に着眼してもう一度、同じ解析をしてみました。つまり、性比は抱卵数を徐々に減らすのではなく、成功または失敗という極端な形で影響しているのではないのか、と考えたことになります。その結果、この考え方は妥当で、性比が雄に偏った年ほど、抱卵に失敗する雌が増えていることが分かりました(図3)。
上記の室内実験と野外調査の結果には、ホッカイエビの繁殖生態が関わっているようです。ホッカイエビの繁殖は、毎年9月頃、雌が脱皮した直後に行われます。脱皮したばかりの雌に多
数の雄が群がると、甲殻が固まっていない雌は身体的に大きなダメージを受けてしまいます。そしてその結果、抱卵に失敗してしまうのだろうと推察されました。
この現象は、性的対立(sexual conflict)と呼ばれる現象のひとつで、様々な動物で報告されています。つまり、ここまでの結果は、性比が雄に偏るほど、少ない繁殖相手である雌に多数の雄が交尾をしかけるようになり、その過剰な交尾行動が原因となって雌が正常に抱卵できなくなることを示唆しています。
ホッカイエビの雌は1年に一度しか繁殖できないので、もしもその年にうまく抱卵できなければ、翌年まで次の機会を待たねばなりません。しかし、その間に様々な魚類に捕食されたり、あるいは人間に漁獲されてしまうので、雌が翌年の繁殖期まで生き残れる確率は高くありません。これが性比の偏りが集団の存続可能性を下げるメカニズムのひとつだと考えられます。
次に、性比と繁殖成功の関係を雄の側から考えてみました。ここでは、性比が雄に偏ったときの雄の繁殖成功の変化を調べたことになります。ここで着目したのは、雄が自分の遺伝子を次世代に残す確率です。
あまり知られていませんが、1匹の雌が複数の雄の精子を受精に利用することは珍しいことではありません。ホッカイエビの場合、通常ならば1匹の雌は数百個の卵をおなかに抱えるので、もしも1匹の雌が複数の雄の精子を使って受精していたら、繁殖相手の雌の数が少なくても、1匹の雌が産む複数の卵をシェアすることで、雄たちの遺伝子は次世代に残っていくかもしれません。そこで、雌の一腹の卵の父親について分子生物学的に調べてみました。その結果、ホッカイエビの雌は一度の受精に最大で6匹の雄の精子を利用することができ、交尾相手が多いほど一腹の遺伝的多様性が増えることが分かりました(図4)。この結果だけを見れば、たとえ繁殖相手の雌が少なくても、多くの雄の遺伝子が次世代に残っていくように思えます。ところが、それらの雄の精子は均等には利用されておらず、わずか1匹の雄の精子だけで雌一腹の半数以上の卵が受精されていました(図4)。つまり、雄が繁殖できたとしても、自分の遺伝子を残せる確率は等しいとは言えず、性比が雄側に歪むほど、雄は自分の遺伝子を残しにくくなることは間違いなさそうです。
さらに、雄の繁殖回数から次世代に雄の遺伝子が残る確率も調べてみました。その結果、1匹の雄は複数の雌と繁殖できたものの、交尾の度に繁殖能力が低下していきました(図5)。この結果から、1回の繁殖で遺伝子を残せなかった雄は、別の雌との繁殖できたとしても、過去の失敗を挽回できない可能性が高いと結論づけました。
これらの結果は、性比が雄に偏るほど、遺伝子を残せない雄が増え、徐々に集団全体の遺伝的多様性が減ることを示唆しています。集団の遺伝的多様性が減ることで、環境変化に柔軟に対応できる子孫が減っていく可能性があります。
本研究の結果は、性比のバランスを歪めてしまうと、雌雄両方の繁殖成功が低下し、将来的にはその集団の存続可能性が低くなることを示唆しています。だからこそ、動物集団を存続させるためには、もっと性比に注目していくことが大切だといえます。これまで動物の保全や管理において性比はあまり注目されてきませんでしたが、これらのメカニズムが一見して分かりにくいことにその原因があったのかもしれません。
■本研究の普遍性
性比は自然に歪みうるものですが、人間活動がきっかけとなる場合も少なくありません。とくに漁業においては、漁獲物の性を気にしないことがほとんどなので、漁業によってどれだけ性比が歪んでいるのかさえ、よく分かっていないのが実情です。
野生動物の性比が自然選択の結果であるならば、狩猟や漁業による雌または雄に偏った除去は、そこに人為選択(artificial selection)を加えていることになります。人為選択が強すぎる場合、野生動物はこれまで進化の過程で経験して来なかった選択に曝されることになり、環境変化に対応できないまま子孫を残せなくなるかもしれません。動物集団を存続させること、そして、その一部を利用すること、すなわち持続可能な狩猟や漁業を行うためには、性比をモニタリングしながら、人為選択圧を軽減する努力も必要だと考えられます。
【発表雑誌】
Chiba, S., Iwamoto, A., Shimabukuro, S., Matsumoto, H., Inoue, K. (2023)
Mechanisms that can cause population decline under heavily skewed male-biased adult sex ratios.
Journal of Animal Ecology 92: 1893-1903. https://doi.org/10.1111/1365-2656.13980
(日本語訳:大きく雄側に歪んだ成体性比下において個体群減少を起こしうる機構)
【研究体制】
千葉晋1,2、岩元あや1、島袋誠菜1、松本裕幸2、井上果林2
1.東京農業大学生物産業学部海洋水産学科(岩元・島袋の研究時の学科名はアクアバイオ学科)
2.東京農業大学大学院生物産業学研究科
【研究助成金】
科学研究費補助金(基盤C 25450282)