野菜や果物の“もったいない”(ロス)撲滅をめざす研究
2010年10月15日
農学部 農学科 ポストハーベスト学研究室 馬場 正 教授
ポストハーベストは残留農薬にあらず!
ポストハーベストと聞くと、ほとんどの人が悪い印象を持つだろう。
「そうなんですよ。ポストハーベストは一般的には輸入作物に防腐用などとして使用される農薬だと理解されています。しかも人体に有害な化学物質として…」
馬場先生は一呼吸おいて、「しかしね、ポストは後、ハーベストは収穫、つまりポストハーベストは『収穫後』という意で、農薬なんていう言葉はどこにも入っていないんですよ」
たしかに先生の指摘通り。先生によるとマスコミが輸入農産物の残留農薬問題が起きた際にポストハーベストという言葉を使い、以来、定着してしまったのだという。現在では、かの広辞苑にも「収穫後の農薬処理」と説明されているそうだ。言葉だけが一人歩きしている。
「ですから、本来、収穫後という広い意味で、そこには農作物の保存、管理、さらに流通と生産者から消費者の手元に届く過程全てが含まれているわけです。私たちの研究テーマもまさにそこにあります」
現在の国内農業を取り巻く環境は厳しい。「作れば売れる」という時代ではない。消費者ニーズを踏まえて「考えて作る」時代であり、収穫後もいかに新鮮な状態で、スピーディーに消費者に届けるかは大きな命題。さらに馬場先生は販売方法や陳列方法までもポストハーベストの分野だと話す。
それにしても、すっかり悪者イメージの「ポストハーベスト」という名称を研究室名につけているのだろうか。
「それは“あえて”です(笑)。ポストハーベストの真の意味を知っていただきたいから。いつか、残留農薬という負のイメージ、間違ったイメージを払拭させたいんです」
1年中、リンゴが食べられるようになったワケ
具体的なポストハーベスト・テクノロジーの成果として知られているのはCA貯蔵だろう。CAはコントロール・アトモスフェアの略で、貯蔵庫内のガスをコントロールする技術。庫内の青果物の鮮度を保つために使われる。
「庫内の酸素を抑え、二酸化炭素を上げることでリンゴの呼吸を抑制し“老化”を防いでいるわけです」
老化を防ぐ、すなわち、“アンチエイジング”。現在、1年中スーパーにリンゴが出回っているのはこの技術の恩恵である。
「やはり、最も求められているのは鮮度を保つ技術ですね」と馬場先生。鮮度のための“アンチエイジング”が、現在の研究室の最大のテーマだと言う。
その隣の氷蔵庫にはある仕掛けがある。庫内にはパイプでつないだ酸化チタンをコーティングしたフィルターがある。酸化チタンは紫外線を浴びると有機物を分解する。この特性を利用して庫内で発生するエチレンを分解しようという試みなのである。エチレンは果実の成熟を早める働きがあり、鮮度を保つには大敵。さらに庫内には水が流れるパイプが通っているが、これは庫内の酸素濃度を調節する役割を果たしているのだという。
梨も美人薄命?おいしいものほど、寿命は短い
氷蔵庫では1年保存できると書いた梨だが、品種によって日持ちは異なる。
「美人薄命というか、おいしいものは日持ちがしないんですよね、一般的に。天は二物を与えないわけです(笑)」。同じ日本梨でも、現在、主流の幸水や豊水といった種は瑞々しく甘いが、日持ちはしない。逆に昔はよく出回っていた長十郎という品種は、日持ちに優れていた。
その違いはどこにあるのか?
「まず、第一に、エチレンの放出の有無があります。放出する梨は日持ちしませんが、甘く瑞々しい」。対して、放出しない梨の中でも日持ちが良いが、それだけではないのだという。
「第二の違いは梨に含まれる脂肪酸が関与しているのでは?と我々は考えているところなんです」。
脂肪酸は細胞膜の主成分。細胞膜の機能が低下すると老化が進む。
「脂肪酸には最近、コレステロールを下げるサラダ油などでお馴染みの不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸がありますが、細胞膜を構成する上で、その割合にも注目しています」
研究室で実際に測定したところ、不飽和脂肪酸が多い梨のほうが日持ちすることが判明した。将来的にその割合をコントロールすることで、おいしくて長持ちする梨を作れる可能性も広がる。ポストハーベスト研究室ではこうした研究にも取り組んでいる。
研究テーマは生活の中にあり問題解決能力を鍛える
ポストハーベスト学研究室には毎年40~50名の学生が所属している。学生たちに研究室の雰囲気を聞くと異口同音に、「アットホームで自由な研究室」という答が返ってきた。馬場先生も学生たちとは距離を置かず、フランクな付き合いをしているようにみえる。
「私たちの研究テーマで扱うものは果物や野菜や切花など“生きている”もので、身近にあるものばかり。つまり、日常の中にテーマがゴロゴロしているわけです。日常の生活感覚が大事で、常に問題意識を持つことが大切だと僕は思いますね」。
実際、生活の中から生まれた疑問、発想が研究テーマにつながることも頻繁にある。例えば、北欧旅行で生のブルベリーを食べた経験のある学生が、日本人にも生の美味しさを知ってほしいという思いから、ブルベリーの輸送の際の梱包方法に取り組んだ。