東京農業大学

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教員コラム

女性農業者の活躍とパーソナルネットワーク

2016年11月1日

国際食料情報学部食料環境経済学科 教授 原 珠里

女性農業者の現状

 現在、女性の活躍推進が施策として掲げられ、農業の世界でも女性の能力をいかすことが社会的な課題となっている。産業振興に役立てようとする目的の外、農業分野における男女平等や女性の地位向上という課題が重要であることは論をまたない。
 農業就業人口に占める比率が50%をこえる女性を農業者として位置づけようという行政の姿勢が示されたのは平成4年の「農山漁村女性の中長期ビジョン」が初めてであった。普及機関等を通じて、農村女性の社会参画推進、家族経営協定の締結促進、農村女性起業の支援等の方策がとられ、女性の経営内の位置づけの明確化や独自のビジネス創出という点で成果をおさめてきた。しかし先進的女性農業者の活躍の半面、農業経営が男性中心であることは原則変わっていない。
 その理由として、家族農業経営の場合世帯主が経営主であり、女性の多くは家族従事者として意思決定に従う構造がある。また、男子後継者中心の相続がいまだに多いことから、女性は農地や農業施設などの資産を所有する機会が少ない。そして農村社会においては農地の所有がメンバーシップの要件として重要な意味をもつために、社会参画上もハンディキャップを抱える。また、婚姻を契機として農業に関わることが多い女性は、就農を想定した農業教育を受けることが少なく知識や情報を獲得する機会は不十分である。


パーソナルネットワークの解明

 農業に関わる地域組織が男性中心であること等から、男性と比較して地域社会におけるネットワーク形成が弱いことも重視すべきだと考え、農村における女性のパーソナルネットワークにかかわる調査研究を行ってきた。パーソナルネットワークは個人を取り巻く関係の網の目であり、個人を社会とつなぎ、さまざまな資源やサポートへのアクセスを可能とし、規範のよりどころともなる。農村の女性の場合、地縁・血縁など、イエとムラの構造を前提としたいわば「与えられる」関係が中心であり、自分自身で「選択・形成する」関係は少ないといわれ、農村女性の社会関係自体が研究対象とされることはまれであった。そこで、私たちは農村女性のパーソナルネットワークの実態と規定要因の解明をめざした。女性農業者を対象に、彼女たちがどのような関係の中に生き、また関係を形成しているのかを聞き取り調査や質問紙調査により解明することで、女性の生活の質向上や職業上の能力発揮に資することができると考えたからである。
 北海道の事例では、婚姻後の農家生活への適応過程において集落の同年代の女性たちの基本組織が受け皿として重要であること、農家出身者では婚姻以前からの親族等のネットワークを多く活用しているのに対し、非農家出身者では夫や友人から受けるサポートの比重が高いことを示した。このことは、非農家出身の女性農業者が増加している現在、世代間のつながりよりも夫婦間のつながりを重視する核家族的なサポート関係がより重要になっていることを示唆する。
 また、農家生活への適応後のパーソナルネットワークについては、茨城県、静岡県の事例研究等により、「親族や近隣の比率が高い、皆が皆と知り合いであることを示す密度が高い、同じ組織メンバーであり親戚でもあるなど関係の重複度が高い」等、先行研究による仮説がある程度妥当であるが、パーソナルネットワークには個人差が大きく、居住地の利便性、地域組織のあり方などの社会的要因、またライフステージや家族状況などの個人的要因によって、その地理的範囲や多重送信性が規定されていることを指摘した。特に、女性起業等の活動、農産物直売所や農家レストランなどの活動する「場」がある女性は、それを通じて広域で多様なネットワークを構築している。
 高齢期において縮小するとされるネットワークだが、中山間地での事例研究では、同性友人間や親族内の相互扶助が健在であり、近隣に住むこどもからのサポートも多く、また高齢でも地域の活動を通じてネットワークを維持していることが示された。
 農業への新規参入者を対象とした調査では、価値観の違い等により地域社会におけるネットワーク形成が難しい実態を示すと共に、特に女性の場合は、地域の農業組織を通じてのネットワーク形成が男性と比較して少なく、農業とは無関係の広域ネットワークをより多く活用していることが明らかになった。これは、男性中心の地域社会組織の問題点として指摘できる。
 このように、女性農業者は地域社会や家族の制約の中で、起業活動等への参加を通じて自分にとってより有意義な関係を形成している。その努力が社会的に顕在化した事例として、農村女性の初のネットワーク組織を対象に、農村の女性が、個人として、家族や地域社会の枠組みにとらわれない自由な方法で独自に社会とつながることの重要性を示した。


ライフコースの多様化

 女性の生き方は多様化しており、農業従事者のライフコースも例外ではない。婚姻を契機とした就農以外に、実家の農業経営への就農や継承、新規参入による就農、農業法人への就職などが増加している。国勢調査によれば、農業に従事している女性の「従業上の地位」は「家族従業者」が最も多い(図1)が、20年前と比較するとその比率は減少しており、「雇用者」は大きく増加している。そして、実数は少ないが「役員」や「雇人のある業主」の比率が高まってきている。
 このような現状を受けて、少しずつ増加している実質的な女性農業経営主の事例調査を実施し、彼女らが直面した課題と解決方策を整理した。その中で、後継者として男性と同様の組織加入や役職を経験し女性とのネットワークを構築していない事例がある一方、新規参入による女性経営主には独自のネットワーク形成により経営の新展開に結びつけた事例がみられる。多品目生産による宅配やスーパーへの直売など独自の販路開拓もある。女性経営主は当初は地域社会から懐疑的にみられ社会組織に受け入れられないこともあるが、伝統に拘束されない自由なネットワーク形成によって、経営の安定を図り、それが地域社会からの是認や評価につながっている。
 農林水産省が実施した女性農業者への意識調査では、「農業・農村で女性が活躍するために何が必要だと考えるか」の質問に対して「女性同士のネットワーク」(20.8%)という回答が4番目に選択された(図2)。特に20歳代では29.1%であり、実数が少ない若い女性農業者のネットワーク形成はいまだ重要な課題だ。


農村におけるソーシャル・キャピタル

 ソーシャル・キャピタルとは、ソーシャル・ネットワークより抽象的な概念で、他者への信頼やネットワーク、規範、社会参加を資本として捉えようとするものである。米国の政治学者ロバート・パットナムの『孤独なボウリング』(1995)で指摘された米国のソーシャル・キャピタル減退は、他国の研究や行政に影響を及ぼし、我が国の行政においても内閣府や農林水産省の調査研究で、ソーシャル・キャピタルと市民活動の活性化の関連性や、ソーシャル・キャピタルが相対的に大都市部で低く地方部で高いことの分析等が行われている。地域の住みやすさや生活満足度に結びつくこのソーシャル・キャピタルについても男女間の比較が重要であると考え、現在、新潟大学と共同で質問紙調査の分析を進めている。
 人と人とのつながりであるパーソナルネットワークは、社会構造の基礎的把握を可能にする概念であり、現代日本において実際に人々はどのような関係を構築して生活しているのか、今後も女性研究の視点を大切に発信していきたい。

図1 農業従事者の就業上の地位
出所)国勢調査
図2 農業・農村で女性が活躍するためにに必要なこと(M.A.)
出所)農林水産省委託事業女性農業者の活躍促進に関する調査事業報告書、2013

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