東京農業大学

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教員コラム

新たな微生物農薬の開発に向けて

2014年4月1日

農学部農学科 教授 篠原 弘亮

〜大学発新産業創出拠点プロジェクト〜

研究成果の社会還元

 新たな微生物農薬の開発に向けて、農学科植物病理学研究室の先生方、大学院生、学部生、さらに本学総合研究所や厚木キャンパス総務課の皆さんなど多くの方々の協力をいただきながら、研究に取り組んできた。これまでの成果を基に、文部科学省が実施する大学発新産業創出拠点プロジェクトに応募したところ、平成25年度から2年または3年間の実施課題として我々の研究が採択された。プロジェクトの名称は、「病原体の種類を問わず植物病害を防除できる新型微生物農薬及びその種子処理技術の開発」。本プロジェクトでは、コストと労力の低減も図った生産者と消費者のニーズに応える、これまでにない植物病害防除技術を開発して、その事業化を目指すものである。
 具体的には、各種植物病害に対して効果が高く、かつ幅広い汎用性を備えた有用微生物を探索するとともに、既知、新規を問わずそれら有用微生物を種子にコート処理する技術の開発を目指す。また、大学発新産業創出拠点プロジェクトとは、事業化ノウハウを持った人材(「事業プロモーター」)ユニットを活用し、大学等発ベンチャーの起業前段階から、研究開発・事業育成のための政府資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わせたもの。
 そうすることで、リスクは高いがポテンシャルの高い技術シーズに関して、事業戦略・知財戦略を構築しつつ、市場や出口を目指して事業化することを目的とする。これは、大学・独立行政法人等の研究成果の社会還元を実現しつつ、持続的な仕組みとしての日本型イノベーションモデルの構築を目指した新たな試みである。

 

作物の安定生産のために

 農業において、化学合成農薬は病害虫による被害を食い止め、作物の安定生産とその作業の効率化に多大な貢献を果たしている。一方、化学合成農薬の多投により、一部の化学合成農薬に対す病害虫の薬剤耐性が顕在化し、病害虫の防除効果が低下して作物生産に問題が生じている。化学合成農薬は病害虫に対する防除効果はもちろんのこと、農林水産省が人畜に対する安全性や環境に対する影響について厳しい基準を設けている。
 そして、この基準を基に厳しい審査を受けて合格したものが「農薬」として登録され、厳格に定められた使用方法に従って使用されている。それにもかかわらず、直接農薬を使用する農家だけでなく消費者への健康被害、環境汚染などを懸念する声が後を絶たない。無農薬栽培や有機栽培された作物はイメージが良いのはそのためだ。化学合成農薬は、作物の安定生産や作業の効率化への貢献だけでなく、無農薬栽培や有機栽培された作物のイメージアップにも貢献しているのかもしれない。
 化学合成農薬を使用しなくても、病害虫の発生がなく、我が国が必要としている作物の生産量が確保され、そのための作業量も少なければ、それは理想的な農業である。化学合成農薬を使わなければ、病害虫の薬剤耐性の問題もなくなるだけでなく、作物生産のコスト削減にもつながる可能性もある。しかし、現段階では理想の実現は難しく、作物の安定生産には「農薬」の力も必要である。
 「農薬」には、化学合成農薬以外に微生物農薬などもある。微生物農薬も先に述べたように、人畜に対する安全性や環境に対する影響について厳しい基準があり、審査に合格したものが「農薬」として登録されている。微生物農薬も「農薬」なのである。微生物農薬は、化学合成農薬に比べてイメージが良いだけでなく、実際に有機栽培にも使用が認められている。さらに、微生物農薬は、先に述べた薬剤耐性の病害虫も発生しない。
 このように微生物農薬は理想的な「農薬」のようだが、問題点も残念ながらある。一般的に病害虫に対する防除効果が高い化学合成農薬に比べて、微生物農薬は環境に影響を受けやすく、本来の力を発揮できず病害虫に対する防除効果が不安定な場合があると言われている。さらに、微生物農薬には効果を示す病害虫や使える作物が限られること、価格が高いなどの問題がある。

 

防除効果向上と低価格化

 そこで、病害の防除効果がより高く、多くの作物病害に適用できて、さらに低価格な微生物農薬の開発に向けて研究に取り組んだ。
微生物農薬に適した微生物の条件として、散布回数やコストの削減の観点から、対象作物に定着し増殖できるものが理想的である。実用段階において防除効果の低下を招く要因の一つとして、その作物に生息している微生物との競合(Weller, 1988)による影響が挙げられる。さらに、Andrews(1992)は微生物農薬となる微生物を選抜する際には、その作物への定着能が優れている微生物がより有効であると報告している。
 しかしながら、微生物農薬の開発のために、候補となる微生物を効率的に選抜する方法はなく、時間と労力、費用を必要とするため容易ではない。それでも、我々の研究を推進できたのは、学内の先端研究プロジェクト「植物と微生物の応答解明による環境保全型農業への貢献」(平成22〜24年度実施)のお陰である。このプロジェクトの成果としては、作物病害の防除に利用できる可能性を秘めた微生物を見出したことである。
 イネ(品種:コシヒカリ)から分離したHerbaspirillum sp. 022S4─11株は、イネ育苗期に問題となる細菌病であるイネもみ枯病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病およびイネ褐条病に対して、既存の化学合成農薬と同等かそれ以上の高い防除効果を示すことを明らかにした。さらに、H.frisngenseおよびH.puteiにもHerbaspirillum sp. 022S4─11株と同様に高い防除効果があることを確認した。これらの成果を微生物農薬として活用していくために特許を出願(特開2012─92093)した。
 更には、これらの成果を多くの方々、特に多くの農大生に解説することで教育効果も狙ったシンポジウムも開催した。学内外の先生方、農学科植物病理学研究室の大学院生、学部生、さらに本学総合研究所の皆さんのお陰で先端研究プロジェクトが無事に終了できた。次の段階として、得られた成果を多くの作物病害に適用させて、さらに低価格な微生物農薬の開発につなげることが課題となった。
 そして、これらの成果を基に、新たな微生物農薬の開発を実現するために平成25年度から始動したプロジェクトが、冒頭に述べた大学発新産業創出拠点プロジェクトである。本プロジェクトを実施しておよそ1年が経過した。詳細は述べられませんが、初年度の成果としては、本プロジェクトの中核となる有用微生物を種子にコートする技術を特許出願したことである。これを弾みに、平成26年度も関係者と一丸となって研究の推進に努めるのみである。本プロジェクトに興味を持っていただき、新規微生物農薬の開発とその事業化に協力、支援していただける企業や団体の皆さんから、声を掛けていただけるとありがたい。

 

イネ苗立枯細菌病に対する防除効果
左:無防除 中央:Herbaspirillum sp. 022S4-11株処理
右:化学合成農薬処理

 

 

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