東京農業大学

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教員コラム

真夏のアスファルトから単離した微細藻類が生産するユニークなタンパク質

2013年7月1日

応用生物科学部バイオサイエンス学科 教授 川崎 信治

砂漠に生きる生物に学ぶ

「光は植物を枯らす最大の環境要因である」。1997年から2年間、筆者が博士研究員として所属した奈良先端科学技術大学院大学の横田明穂教授から学んだキーワードである。横田教授は当時、アフリカのボツワナ砂漠で強光と乾燥ストレスにさらされてもたくましく生きる野生スイカの不思議な能力に着眼し研究を開始した時期であった。植物は自身の光利用能力を上回る強い光の下で光合成を阻害する環境ストレス(乾燥や高塩分など)に遭遇すると、O2を発生する葉緑体内が過還元状態になり、活性酸素の生成が加速し、最終的に枯死にいたる。野生スイカは一般植物と比較すると格別に強光下での乾燥ストレス耐性能力が優れていた。葉内の全タンパク質を可視化する二次元電気泳動解析の結果、ストレス付与後に顕著に発現するアミノ酸合成に関与するタンパク質が検出され(図1A)、ストレス耐性期に葉に高濃度のシトルリンを蓄積することが判明した。シトルリンはスイカ果実から1930年に発見されたアミノ酸である。その後の研究で横田教授らはシトルリンが優れた活性酸素消去活性を持つことを発見し、有能な機能性アミノ酸として現在のステータスを確立するに至った。シトルリンの蓄積は野生スイカでのみ報告されるユニークな環境ストレス代謝であり、筆者は砂漠生物を用いた独創性の高い研究に感銘を受けた。
1999年から筆者は植物ストレス分野のリーダーであった米アリゾナ大学のハンス・ボナート教授の部屋で研究員として勤務する機会を得た。アリゾナは1年の360日が晴天という恵まれた砂漠環境である。強烈な太陽光の下でも数百年間、直射日光を浴びて生き続けるサグアロサボテン、数カ月間降雨がない砂漠で枯れない謎の植物など、2年間の砂漠を探索する日々を通じて神秘的な砂漠生物に出会えたことは、この上ない研究経験となった。

 

砂漠環境に生きる微細藻類の探索

強光プラス乾燥・塩分・低温・高温などの環境ストレスが混在した極限環境。高等植物の生存が不可能な究極の砂漠環境にも光合成をする微生物はいるのであろうか。農大に奉職した2001年当時の興味であった。アリゾナ大学の研究者の協力を得て2002年に砂漠の土を培養したところ、独立栄養で生育する緑のコロニーが出現し、最初の微細藻類単離株(Ari-3株)を得た。2003年から当時4年生であった大越紀一君と日本国内で砂漠類似環境を探し、強光下で生育可能な微細藻類のスクリーニングを開始した。紀一君は最初に練習で単離した株をKi-1株と命名してうれしがっていたが、そこら辺の土から単離した普通の藻類であったため、残念ながら環境ストレスには弱かった。後に彼の卒論として農大前の真夏のアスファルトから単離したKi-4株(図2)、新島の真夏の海岸砂浜から単離したKi-7株は、現在の研究の礎となっている。
自然界で引き起こされる極限環境ストレスを実験室で実現することを目的として2004年から堀谷かおるさんや宮嶋良輔君が卒論研究を行った。寒天培地を切り取り、空のシャーレへ移植することで、強光下で1週間かけて徐々に乾燥する条件が確立された。砂漠や日本の過酷な環境から学生と単離した微細藻類は現在70株ほどになり、ほぼ全てが真核の微細藻類に分類される。中でもKi-4株は特に環境ストレス耐性力が強く、強光下の水分がゼロの環境で6カ月以上生存し(図3A)、かつ海水塩濃度の2倍程度の塩ストレス下でも生存した。クラミドモナスやクロレラなど一般の真核微細藻類は本条件下では1週間以内に白色化し、枯死する。遺伝子解析の結果、Ki-4株は2004年にLewisらにより報告された砂漠の真核藻類と近縁種であることが判明し、日本にも砂漠類似環境があることを結果的に証明するに至った。

 

橙色の水溶性タンパク質−AstaP

Ki-4株は一般の藻類と比較すると明らかに強い環境ストレス抵抗性を示したが、数年間の研究を経ても抵抗性の原因解明には至らなかった。2007年から清水宏文君、河野哲也君、三島直君らは二次元電気泳動解析を行いストレス応答性の複数のタンパク質を検出したが、タンパク質は化学修飾されており解析が困難だったことも一因としてあげられる。2010年から水口佳祐君や佐藤大君らが中心となり大量に細胞を培養して解析したところ、強光ストレス付与細胞の抽出液が橙色になる現象が見いだされた。橙色の色素は脂溶性のカロテノイドと推定されたが、水に溶けていたのである。以降、不思議な水溶性物質の解析に取り組んだ。水口君らは橙色物質の精製に成功し、結合色素はカロテノイドの一種であるアスタキサンチン(図3B)と同定され、新奇なタンパク質と推定されたことからAstaPと命名した。
人参のβカロテン(図3B)、トマトのリコピンなど、700種以上存在するカロテノイド研究の歴史は深く、AstaPの新奇性を確認するために学生と多くの本や論文を調査した。アスタキサンチンはエビやカニの甲羅、フラミンゴの羽などに含まれる脂溶性のカロテノイドで、生物に鮮やかな色調を与え、かつ日光から皮膚細胞を保護する役割がある。
アスタキサンチンはカロテノイドの中でも特に高い抗酸化力を持つことから、化粧品や機能性食品に幅広く利用されている。アスタキサンチンは上記の高等生物には合成能力がなく、真核の微細藻類が細胞内に油滴として蓄積するものがエサとして取り込まれ、食物連鎖を通じて生物間を循環する。
水溶性のカロテノイド結合タンパク質は原核生物のラン藻に分布することが知られていたが、アスタキサンチンを結合する報告例は無く、また真核の微細藻類や高等植物には分布しないと考えられていた。
研究の結果、AstaPはKi-4株がストレス環境に遭遇すると大量に合成され(図1B)、水溶液中で高い1重項酸素消去活性を示し、100℃で1時間の熱処理後も活性と水溶特性を失わない熱安定性を有していた。以上の結果から、AstaPはKi-4株の細胞を強光と活性酸素から保護する機能を持つタンパク質であることが推定された。現在はアスタキサンチンを水溶性にし、かつ大量生産が可能で安定な機能性素材としてAstaPの可能性を追求している。
Ki-4株はAstaP以外にもストレス応答性の機能未知タンパク質を数多く発現することから、ストレス耐性メカニズムの解明には、さらなる分子生物学的な解析が必要である。今後も研究室で保有する微細藻類のユニークな極限環境ストレス耐性機構の解明を目指して、学生と共に研究を進めていきたい。

 

図1 A.野生スイカの葉内タンパク質Drip-1(丸枠)。葉内にシトルリンが大量に蓄積する現象の発見につながった。Plant Cell Physiology 41:864-873 (2001)
B.Ki-4株の細胞内タンパク質。丸枠のタンパク質が、後に水溶性のアスタキサンチン結合タンパク質AstaPと同定された。
図2 農大前の真夏のアスファルトから単離した真核の微細藻類Ki-4株の顕微鏡写真。農大の電子顕微鏡室で詳細な表面構造の撮影に成功した。
Plant Cell Physiology 54:1027-1040 (2013)
図3 A.Ki-4株を寒天培地上で培養し、強光+乾燥ストレスを付与した。ストレス耐性期間は細胞がオレンジ色に変色する。
B.βカロテンとアスタキサンチン。共に油であり、水に不溶である。C.精製後に超純水に溶けたアスタキサンチン結合タンパク質。


 

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