東京農業大学

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教員コラム

遺伝情報から考える「希少種」と「普通種」鳥類の保全

2012年6月1日

生物産業学部生物生産学科 准教授 白木 彩子

東京農大「先端研究プロジェクト」報告(中)
プロジェクト名:極東亜寒帯地域における野生生物の遺伝的多様性評価とその保全

はじめに

前回の本シリーズ−上−の冒頭において、執筆者の千葉晋先生は「一般に、生物の保全のほとんどは『希少種』を対象にしているが、種を構成する遺伝的に異なる地域集団を保全の単位と考えれば、地域ごとの『普通種』もその対象となり得る」ことを述べている。
今回のプロジェクトにおいて私は、千葉先生の言われる典型的な「希少種」と「普通種」にあたる二種の鳥類を対象として遺伝解析を行い、それぞれ保全に関わる示唆を得たのでここで紹介したい。

 

北海道におけるオジロワシの遺伝構造

オジロワシHaliaeetus albicillaは、北海道を代表する大型猛禽類で、環境省の種の保存法*による「国内希少野生動植物種」に指定されている(図1)。北海道のオジロワシには、主に北部と東部で営巣し北海道に周年生息する150つがい程度の繁殖集団と、極東ロシア地域の繁殖地から渡来して越冬する渡り鳥の両方が存在する。このプロジェクトで私が研究対象としたのは、北海道の繁殖集団である。
オジロワシは渡り鳥であることからもわかるように、飛翔能力の高い鳥である。したがって当初は、巣立ったヒナは出生地から遠くまで容易に移動できるので、北海道では広域的に遺伝的な交流がみられるだろうということ、つまり、北海道内では地域的な遺伝的変異はありそうもないと考えていた。
繁殖集団の遺伝構造の解析に用いるDNAサンプルを集めるため、研究協力者の方々とともに20mを超えるオジロワシの営巣木に登り、ヒナを捕えて血液を採取した。あるいは、環境省保護増殖事業の一環として、保護・収容されたオジロワシの血液サンプルの提供を受けた。しかし、これらのサンプルだけでは解析に不十分だったため、ヒナが巣立った直後に北海道各地の営巣木の下を踏査し、拾った羽からDNAを抽出した。
苦労の末、北海道内の繁殖つがいと出生したヒナ、約100個体分のDNAサンプルを集めることができた。これらのサンプルを用いてミトコンドリアDNA多型解析を行ったところ、予想に反し、少なくとも北海道の北部地域と東部地域では遺伝的に分化している、という結果が示された。少なくとも、と付け加えたのは希少種であるが故にサンプル数が限られ、より狭い地域集団間の遺伝的差異について統計的に検討することができなかったためである。しかし、たとえば知床半島部の繁殖集団は他地域に比べて多様なハプロタイプをもつといった傾向などもみられ、より局所的な遺伝的分化が生じている可能性がある。海外の研究によれば、多くのオジロワシでは巣立った後、出生地に戻って繁殖することがわかっている。したがって、オジロワシという種は飛翔能力は高いものの意外に保守的で、出生地域に固着する傾向があることから、遺伝的な隔離が生じて分集団が形成されるのだろう。

*絶滅のおそれのある野生動植物種の保存に関する法律

 

遺伝解析結果の保全への応用と課題

では、北海道内にも遺伝的に異なる地域集団があるという今回の結果は、オジロワシの保全に対して現実的にどのように貢献し得るのだろうか? 実際に生じている問題点を挙げて述べたい。
近年、北海道のオジロワシ個体群を圧迫するもののひとつに、人為的死亡要因の増加が挙げられる。とくに近年では風力発電施設の風車への衝突事故死が多発している(図2)。風車が効率的に稼働できる風況などの立地条件は、しばしば鳥類の生息や飛行に好適な条件と重なるため事故が起こりやすい。風車は建設後20年程度は稼働し続けるため、その地域の集団は長期的に事故の生じやすい条件下にさらされることになる。北海道では北部沿岸域に風車が集中し、オジロワシの衝突事故が多発しているが、事故死したオジロワシについてミトコンドリアDNAの塩基配列を調べたところ、ハプロタイプの出現頻度は北部繁殖集団のものと類似していた。越冬期に衝突したものはロシアの繁殖地から飛来した渡り鳥である可能性があるため今のところ断定はできないが、風力発電施設は北部地域集団に対して深刻な影響をもたらすかもしれない。このように、局所的な人為的死亡要因は特定地域の小集団に大きなダメージを与える可能性があるため、種の遺伝的多様性の保全という観点からも留意が必要である。
一方、将来的にオジロワシの個体群が持続的に存続していくための、最も根本的な対策は餌資源を含めた生息環境の保全である。現在の生息地には劣悪な場所も多く、さらなる開発事業によってより悪化する傾向にある。今後は、現存する営巣地や越冬地を保全しつつ、好適な条件にある生息環境の再生が保全目標となるが、そのためにはたとえば北海道では何つがい分の営巣環境を確保すればよいのか、といった具体的な目標値が必要となる。このような値を設定するために、北海道のオジロワシ繁殖集団が北海道内で閉鎖的に維持されているのか、または極東ロシアの地域集団と遺伝的な交流を介した関連をもちつつ維持されているのかを明らかにすることは重要である。北海道の繁殖集団が閉鎖個体群であるとしたら、遺伝的に多様な個体群を存続させるために各地域集団のサイズを十分大きく維持する必要があり、そのために必要な営巣環境は増大する。一方、北海道の繁殖集団とロシアの集団間に遺伝的な交流がみられる場合には、保全対策は極東地域全体をターゲットとして検討されなければならない。このように、極東地域のオジロワシ個体群における北海道地域集団の位置づけや個体群全体の空間的な遺伝構造を明らかにすることが、本研究における次の課題である。

 

日本に生息する普通種ヒバリの遺伝構造

日本で繁殖するヒバリAlauda arvensis japonicaは全国各地の草地環境に生息し、近年では主要な営巣環境の一つである農耕地の利用形態の変化などから個体数の減少や分布の縮小が報告されているものの、今のところ普通種の地位を維持している。新・実学ジャーナル誌2011年3月号において、私は高山帯で繁殖するヒバリのことを書いたが、このプロジェクトでは標高にかかわらず全国各地の繁殖地に赴いてヒバリを捕獲し、その遺伝構造を調べた。
ミトコンドリアDNAの塩基配列に基づいた系統解析を行ったところ、日本のヒバリは大きく分けて九州と、本州と北海道の二つの集団に分かれることが示された。実は、日本ではかつて九州南部に生息している個体をカゴシマヒバリA. a. kagoshimaeという別亜種として分類していた時代があった。これは、外部形態や羽色(九州南部の個体は小型で黒っぽい)に基づく分類であったが、外部計測値に重複があったことなどから、その後、日本のヒバリは同一亜種A. a. japonicaとして統一された。しかし、今回のこの発見は地域固有亜種カゴシマヒバリの復活を示唆するものであることから、遺伝子だけでなく形態比較なども合わせて研究を継続している。
このように日本のヒバリには希少な地域固有亜種が存在する可能性があり、その他にもこれまでの分類の見直しの必要性を示唆するようなデータも得られている。これらの結果は広域的に各地域集団の遺伝子を調べてみない限りわからなかったことであり、注目されざる「普通種」であっても、遺伝子レベルでの研究を進めることで新たな知見が引き出される潜在性が再認識された。

 

図1 オジロワシの成鳥
図2 風車に衝突して切断されたオジロワシ若鳥の死骸(写真は環境省/羽幌町 北海道海鳥センター提供)


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