東京農業大学

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教員コラム

流域生態系に根ざした生物生産を

2010年5月12日

生物産業学部アクアバイオ学科 助教 園田 武

網走で農業と漁業の連携

北海道東部の網走川流域は有数の農業生産の場であり、大規模な畑作や畜産が営まれている。また流域の末端に位置する網走湖などの湖は、豊富な水産物の漁獲で知られている。そこで、同じ地域生態系を基盤とする上流の農業者と下流の漁業者が強く連携して歩もうとしている。筆者は地域生態系の基礎研究を重ねて、地域に貢献したいと考えている。

 

代表的な湖の分類

日本は水に恵まれた国である。水は様々な形を取って私たちの周りにあるが、その一つに湖がある。日本列島には面積0.1km2以上の湖が全部で478もあり、地域生態系の重要な構成要素の1つとなっている。
湖とは単純に言えば陸上にできた大きな窪みに水が溜まったものである。しかし陸水学(りくすいがく Limnology)では窪みの出来方によって湖を分類する。代表的なのが(1)断層湖、(2)カルデラ湖、(3)堰止め湖、そして(4)海跡湖である。
断層湖の代表は琵琶湖や諏訪湖などで、地殻変動などによる地層の大規模なずれなどでできたものである。カルデラ湖は火山の噴火爆発にともなってできた大きな窪地に水が溜まったもので、深くて丸いタイプが多い。十和田湖、摩周湖などがあげられる。堰止め湖は火山からの溶岩や地滑りなどで川が堰き止められてできた湖で、富士五湖や渡島大沼などがある。
以上の3タイプはいずれも陸地内部の様々な地学的運動が成因となっているが、最後にあげる海跡湖はいわば海が作った湖である。数万年のスケールでみると海水準は地球規模で変動しており、こうした海水準変動と潮汐の作用で海岸の堆積物が移動集積して大きな砂州や砂丘が形成され、それまで内湾のような場所だったところが仕切られてできたのが海跡湖である。

 

網走の「海跡湖銀座」

日本列島478湖沼のうち北海道には127湖沼あり、全国の湖の4分の1が北海道に集中している(図1)。その北海道の湖を成因別に見ると海跡湖が58、堰止湖が16、カルデラ湖が7、断層湖が1、その他となっており、北海道の湖の面積を全部合計した703.3km2のうち、412.4km2が海跡湖、265.56km2がカルデラ湖、19.54km2が堰止湖である。したがって北海道の湖は、数多くの海跡湖と、数は少ないが深くて大きなカルデラ湖に特徴づけられるといえる。
また、北海道における海跡湖の分布を見ると、稚内・宗谷岬から、えりも町・襟裳岬を結ぶ北海道の東半分の海岸線に集中している。特に宗谷岬から根室の納沙布岬までの間には日本の海岸線の中で最も多くの海跡湖が集中しているので「海跡湖銀座」と呼ばれている。オホーツクキャンパスがある網走はまさに「銀座」の中心街であり、能取湖、網走湖、藻琴湖、濤沸湖といった有名な海跡湖を擁している。

 

栄養豊富な海跡湖

海跡湖は海のそばに位置している。そして湖盆の原型となっているのは多くの場合昔の川筋である。つまり、流域の末端に位置していることが多いのである。海跡湖の一般的な特徴として、次のような点があげられる。
(1)面積が広いわりに、水深が浅い。
(2)河川水と海水が混合する水域(汽水域)であり、川と海から栄養分や生物に必要な物質が運び込まれて非常に栄養豊富な水がつくられる。
(3)水深が浅く、栄養豊富なため、太陽エネルギーを十分に利用して植物プランクトンがたくさん増え、そのために生物の生産が非常に大きい。
(4)住んでいる水生生物は、海から来たもの、川から来たもの、海と川を行ったり来たりするもの、一生を汽水域で送るものなどさまざまで、非常にユニークな生物群集が形成されている。
(5)流域生態系と沿岸生態系の接点であり、移行帯でもあるので、両方からさまざまな影響を受け、それが海跡湖の環境と生物にそっくり反映する。

河川水と海水が混合してできる汽水は、陸水学上の定義では塩分0.5〜30の水とされているが、要は河川水と海水が混ざってできた水ということが重要なポイントである。この様な汽水という独特の水は、まさに陸と海のブレンドウィスキーといえる。汽水をたたえる海跡湖の状態は良くも悪くも陸と海に強く影響されるということになる。

 

4湖沼で漁獲高60億円

生物生産性の非常に高い海跡湖は、漁業生産上の重要な水面でもある。網走4湖沼である能取湖、網走湖、藻琴湖、濤沸湖の合計漁獲量は約5300トン、漁獲高は16億円にもなる。この中には海跡湖を通じて川へ遡上しようと帰ってきたサケ・マス類を沿岸定置網で漁獲した収益は入っていない。しかし、サケ・マス類の安定生産の母体がこうした海跡湖を含む河川流域生態系にあることを考えると、それらを合計した漁獲高は約60億円となる。
これらの湖では湖水のブレンド状態に応じて、能取湖ではホタテガイやホッカイエビ、網走湖ではヤマトシジミ、ワカサギ、シラウオなどが漁獲されている。能取湖のホタテガイ漁業の要は種苗生産であり、ここで作られたホタテ種苗が各地へ出荷され、日本のホタテガイ生産を支える基盤の一つになっている。こうしてみれば、少なくとも網走の漁業生産は海跡湖抜きには成り立たないのである。
一方、網走湖の現在の環境を概観してみる。網走湖は流域面積1380km2、本流の長さが約115km、流域内に49本もの支流を含む網走川水系の末端に位置している。網走4湖沼の中では最も大きな流域面積を持っており、河川水の影響を強く受けている。
その網走湖の湖水は図3に示したような2層構造になっている。上層は低塩分で酸素豊富な水、下層は高塩分で無酸素の水である。満潮時にオホーツク海から流れ込む比重の大きい海水が下層にたまり密度成層して上層と容易に混合しないこと、下層へ流入・沈降・堆積する豊富な有機物の分解過程で酸素を使い切ること、これらが2層構造・下層無酸素化の要因である。
上層と下層の間は塩分が大きく変化する水深帯で、これを塩分躍層と呼ぶ。網走湖ではこの塩分躍層の位置が年々高くなり、漁業生産上のリスクが非常に高くなっている。また大雨などの際に非常に高い濃度の濁水が上流域で発生し、網走湖を通じて沿岸へ流出する。このことから網走川流域は、ホタテガイなどの沿岸漁業生産のリスクも高くしている。そして、このような塩分躍層の上昇や高濁度水の発生は、流域での人間活動や治水・利水のために行われてきた河川改修のやり方と密接に関わっている。

 

農協と漁協の連携

網走川流域は、漁業だけでなくオホーツク有数の農業生産の場でもあり、河川沿いの多くの土地では大規模な畑作や畜産が行われている。流域での農業生産のあり方は、流域内を通過する水の質・量に大きな影響を持っている。したがって、流域・沿岸域全体で品質の高い付加価値のある生物生産を行うためには、農業と漁業の連携・調和が非常に重要となる。
今、網走川流域では上流の津別農協と下流の西網走漁協・網走漁協が同じ地域生態系を基盤として生物生産に取り組んでいることを共通認識としながら、連携してより環境低負荷型の生産を行うことで、流域・沿岸域環境の保全を図り、かつ生産物の高付加価値化を目指す取り組みが行われている。両者間ではこれまで幾度にも渡る話し合いの場が持たれ、相互理解が深められてきた。そして、2回の公開フォーラムを開き、広く関心を募り、また、アピールしている(図4)。
全国的にも森・川・海の連環に強い関心が持たれる中、流域一帯となった生物生産業の確立に向けて、網走の農業者と漁業者は強く連携して歩もうとしている。そうした動きの中で、流域生態系の現状を良く理解することは非常に重要である。

 

図1 北海道の代表的な湖

図2 沿岸海跡湖の特徴

図3 網走湖の縦断面模式図

図4 農業・漁業連携フォーラム (津別 2009.2.25)

 

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