東京農業大学

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教員コラム

食糧自給率向上のために(4) シンポジウム 食料の安全保障と日本農業の活性化を考える 高まる関心、活発な討議

2010年10月18日

国際食料情報学部国際農業開発学科 教授 板垣 啓四郎

東京農業大学と毎日新聞社共催のシンポジウム「食料の安全保障と日本農業の活性化を考える」は昨年12月4日、丸ビルホールの会場に予想を上回る350人の来場者を迎えて、熱気にあふれた。それは日本の食と農に対する一般の関心の高まりを反映して、まことに時機を得た企画だった。シンポジウムは河野友宏氏(東京農業大学総合研究所所長)の司会のもとで、食と農が抱える様々な課題が浮き彫りにされた。シンポジウム(第1部:主催者からのメッセージ、第2部:事例報告、第3部:パネルディスカッション)のあらましを整理し、また実施後のアンケート結果と合わせて筆者の所感を若干述べることにする。

 

第1部:主催者からのメッセージ

国や故郷を守る方策を

東京農業大学の大澤貫寿学長は、世界は飽食で肥満に苦しむ先進国と飢餓に直面し栄養が不足している後発途上国に二極化している現状を明らかにしたうえで、日本では耕作放棄地が増加し、食料の海外依存が深化して自給率が低下しているにもかかわらず、その一方で食品の廃棄が増大している矛盾を指摘した。東京農業大学では、「我が国の食料自給率向上への提言」の研究プロジェクトを立ち上げてさまざまな活動を展開しているが、本学の学生を対象として実施したアンケートの結果でも、学生が日本の食料安全保障の確保と農業の活性化に深い関心を寄せ、また農業・農村が多面的機能を発揮している認識を強くもっていることが示されたと述べた。そして今回のシンポジウムを、日本農業のおかれている実態を明らかにし、農業活性化を通じて国や故郷を守るための方策を考える機会にしていただきたいと述べ、主催者からのメッセージとした。

 

食と農の情報発信

続いて毎日新聞社の菊池哲郎常務取締役主筆は、国民の間から農業に関する関心が薄れつつあるが、それは情報の発信が十分でないことによると述べた。毎日新聞は、「毎日農業記録賞」を設けたり、「農と食のプロジェクト」を進めたりして情報の発信に努めている。これにより国民の間に農業への関心を高め、問題点を整理し、農業活性化に向けた対策をともに考えていくことが重要とした。情報の発信を通じて食料と農業に対する関心は徐々に高まりつつあるが、食と農をめぐる世界の状況が激しく移り変わるなかで、国民は食料と農業に対する漠とした不安を感じている。今こそ農に回帰して見つめ直し、人間としての生き方を問い質す時期に来ていると述べた。

 

第2部:事例報告

都市農業がおもしろい

事例報告は4名のプレゼンターによって行われた。第1報告は、「いま都市農業がおもしろい!〜体験農園経営に挑む〜」と題し、練馬区で農業体験農園園主会の会長をされている白石好孝氏によって提供された。

白石氏は、市民参加型の新たな農業経営として入園利用方式による農業体験農園「大泉風のがっこう」を立ち上げた。行政の支援を受けて広報誌などで入園者を募集する。入園者は、普段はサラリーマンなど恒常的勤務者であり、主婦も多いようだ。白石氏が自分の農地を小区画にして入園者に割り当て、入園者は野菜の作付け予定表を作成する。白石氏が講師となって栽培や収穫の方法、土壌管理や農薬散布などを講習と実習を通じて指導する。また入園者には種子や苗、農機具など必要な投入財がすべて支給される。収穫の前には交流会や各種のイベントが催され、白石氏と入園者あるいは入園者同志の間で話がはずむ。

この体験を通じて入園者は農業に対する理解を深め、また農産物や食品の安全性に対する関心が高まるという。一方白石氏は、自らの農場で野菜を生産・販売する傍ら、農業体験農園によって労働力が節減され、入園者からの講習料収入や野菜の売り上げによって所得も向上したという。このように入園者と白石氏は文字通りWin─Winの関係にあり、都市農業の新しい方法に一石を投じた。また、子どもたちに対する農業体験・食農教育の場としてNPO法人「畑の教室」も開設した。

 

都市生活者も現場に目を

第2報告は、「都市生活者は農業の現場にもっと目をむけよ!!」と題し、宮城県角田市で稲作経営をされている面川義明氏によって提供された。面川氏は、自作地と借入地による25ヘクタールで米を栽培している典型的な大規模稲作専業農家である。面川氏は今年の秋、稲刈りをしようとしたら、よその高齢者夫婦が間違って刈り取ったというエピソードを引き合いに出し、稲作の現場では担い手の世代交代が進まず、このままでは日本の農業は崩壊すると訴えた。日本の米づくりは現在80歳前後になろうとする高齢兼業農家によって支えられている。これは、多額の税金をつぎ込んできたにもかかわらず、米生産の担い手を育てる環境づくりに真剣に取り組んでこなかった結果と手厳しく指摘する。

面川氏は、「田んぼからの提言」として2つのことを取り上げた。一つは、「農業」を日本の産業構造を根本から支える大切な「産業」と位置づけ、ビジネスとして成り立つ農業政策に早急に転換すること。もう一つは、「自己責任」が問われる時代になっているなかで、農業者にも「自己決定権」を与える農政へ転換し、従来の全体主義による米づくり農政推進システムを転換すること、と提言した。そしてこれまでの農政で一番欠けていたことは「食料供給産業」としての視点にたった「産業政策としての農政」がなかったこと、言い換えれば本来の「産業政策として農政」を真正面に据えることなく、農業を守るという受身の立場での政策展開でしかなかったとする。

面川氏は「農業は命を育む食物を安定的かつ継続して国民の皆様に供給することに存在の意義がある」と唱え、日本農業の行く末は、現状を踏まえて、農業者、消費者、政策立案者などが、海外の動向を見据えながら、真正面から議論する延長上にみえてくるとした。

 

米の「もう一杯」運動

第3報告は、「耕せ!日本の食と農パルシステム 100万人の食づくり─食料自給率向上を一大テーマに掲げ社会的な運動へ─」と題し、パルシステム神奈川ゆめコープ理事長の齋藤文子氏によって提供された。齊藤氏は、消費者および小売業者の立場から国産農畜水産物に対する消費拡大運動、食と農を結ぶ地域共創運動の話題を提供した。パルシステムは、首都圏を中心としたパルシステム傘下の組合員とその家族および組合員による周辺への呼びかけによって米の「もう一杯」運動により消費を拡大すること、「日本型食生活のススメ」により国産農畜水産物およびその加工品の消費を拡大することで、食料自給率向上につなげるという運動を展開している。

また予約米キャンペーンや「バケツ稲セット」による自宅でできる食農体験、子供たちへの「ごはんおかわり!シール」と交換に『田んぼの生きものポケット図鑑 』を与えるなどの運動を実施しているという。この他にも、使われていない可食の農産物を利用する「“もったいない”プロジェクト」、手づくりの梅ぼしや味噌の製造とかインターネットによる手づくり料理サイトの情報発信を通じた「自らの手に『食』を取り戻す」プロジェクト、「作る」と「食べる」をつなぐパルシステムの産地交流など、さまざまな取り組みが紹介された。さらにパルシステム神奈川ゆめコープが独自に取り組んでいる数々の事業のなかから「小田原食と緑の交流事業−生産者と消費者が共に創る地域」が示された。事業内容としては、農業体験プログラム、食農や環境などの教育プログラム、就農者支援、商品開発などが挙げられた。このなかで特に、消費者と農業者による耕作放棄地の有効活用、「田んぼの学校」「はたけの学校」「ハーブの学校」「果樹の学校」での具体的な活動事例が報告された。

 

国の重要なミッション

第4報告は、「食料の確保は国の重要なミッション」 と題し、農林水産省大臣官房政策課長の末松広行氏 によって提供された。末松氏は、まず一昨年から昨年にかけて穀物や大豆の価格が急騰した背景と要因、それによる世界各地域でのさまざまな影響について述べた。穀物価格の急騰が、輸出国で輸出規制を招いたこと、価格急騰と輸出規制が特に経済力に乏しく栄養不足に直面している貧困な途上国を直撃して暴動にまで発展した事実が説明された。これによって日本はそれほど深刻な影響を受けたわけではないが、国民の間に食料安全保障に対する関心が急速に高まり、日本の食料輸入が途上国に対する食料分配の機会を奪ったこと、2008/2009年には世界的に豊作になったものの今後とも世界の食料需給の情勢は予断を許さないことから、わが国では食料自給率向上へ向けた必要性が高いことを指摘した。

続いてわが国では、近年、食生活が乱れて栄養バランスが悪化し、肥満など健康面での問題が増大してきたことから、食生活のあり方を見直し、その改善が自ずと日本農業の発展につながる方向に結びつくであろうことを示した。また農業・農村は、国土の保全、美しい景観の提供など多面的機能をもつが、農業・農村の衰退はこうした多面的機能を低下させることにつながると述べた。いずれにせよ、国内農業の発展が国民に対する安全で安心できる食料の安定供給と健康および多面的機能の回復をもたらすとした。行政は、多様な国民のさまざまな意見に対して謙虚に耳を傾け、それを政策に反映させることを心がけており、また農業経営体の意欲を高め、その健全な育成に向けた支援とサービスを提供する政策を展開していくと述べた。

 

第3部:パネルディスカッション

パネルディスカッションは、「食料・真の安全保障とは?〜大胆な発想・慎重な分析〜」と題したテーマのもと、中村靖彦氏(東京農業大学客員教授)をコーディネーターとして、5名のパネリストすなわち澤浦彰治氏((株)野菜くらぶ代表取締役社長)、大桃美代子氏(タレント・女優)、荒蒔康一郎氏(キリンホールディングス(株)相談役)、◯木勇樹氏(NPO法人日本プロ農業総合支援機構副理事長)、そして板垣啓四郎(東京農業大学教授)により活発に議論が展開された。ここではパネルディスカッションで語られた項目、(1)米政策(2)農地利用(3)農業担い手(4)消費者への視点、に分けてその主要な論点を整理することにする。

 

米政策、その生産基盤について

 

農地問題、所有から利用へ

 

農業担い手、その将来は?

 

消費者への視点

パネルディスカッションの終わりに、コーディネーターの中村氏によって内容のポイントが的確に整理され、また今回議論しきれなかった部分や今後の議論につながる課題について言及された。中村氏は「今回のパネルディスカッションは、本音で食料安全保障と日本農業の活性化について語り、議論を深めてもらうことが狙いであった」として締め括った。

パネルディスカッションに続いて、フロアーからいくつかの質問を受けた。《1》輸入米と食料安全保障の関係をどのように考えるか? 《2》担い手不足や耕作放棄地の問題に対して、農協、会社、NPO法人等はその問題解決の肩代わりする受け皿になりえないか? 《3》有機農業と自給率の関係、農協活性化の方策、などの質問が提示された。

シンポジウムの最後に、三輪睿太郎氏(東京農業大学教授)によりクロージング・リマークスが述べられた。そのなかで三輪氏は「食料・農業に関して既存の概念あるいはスローガンだけで語り、思考停止に陥りやすい昨今の状況であるが、今回のシンポジウムは食料安全保障と日本農業の活性化を考えるための一歩を踏み出す大変よい機会になった。夢のある日本農業のあり方についてともに考えていきたい」と語り、鳴りやまぬ拍手のなかでシンポジムを閉じた。

 

総括

持続的な農業への道筋を

シンポジウム全体を通じて考えさせられたことは、日本農業が現状のままで推移していけば、遅かれ早かれ崩壊の危機に直面することを強く再認識させられたことである。最も深刻な事態は農業を支える生産資源の基盤が著しく脆弱化していることである。とりわけ担い手の不足と高齢化、耕作放棄地の増大と担い手への農地集積の困難はすでに待ったなしのところまで追い込まれている。

技術と資本を所与とすれば、今後の課題は、手堅い経営能力を有する持続的な経営体を農協や法人を含めいかに育てるかということに尽きるであろう。そういう方向へ政策のビジョンを再構築し、施策の体系を整える必要が痛感させられる。農業者戸別所得補償制度の適切な運用や米の効果的な生産調整政策などもそのビジョンと体系に照らして考慮されるべきであろう。その一方で、農業・農村の果たす環境保全や景観維持など多面的機能の発揮は、特に中山間地域の再生と活性化を前提とする。こうした地域を中心とした高齢者に対する医療・保健など社会サービスの提供や就業機会の新たな創出も重要な課題であるが、もはや農業政策の範疇だけで講じきれる問題ではなかろう。

加えて、日本農業の行方と政策の立案が国内の枠内だけで論じきれるものではないという強い意識をもつことも肝要である。グローバリゼーションが深化しているなかで、日本の食と農をしっかり守りつつも世界の潮流に遅れをとらないことを常々心がけておかなければならない。このほかにも食育や食文化の見直し、農産物流通の効率化など考えなければならない課題はあまりにも山積している。

今回のシンポジウムが、文字通り「食料の安全保障と日本農業の活性化を考える」うえで重要なきっかけづくりの一つになれれば、これ以上望むものはない。

 

 

参加者アンケート

シンポジウムの終了後、参加者にアンケートを回答していただいた。アンケートの回収数は189(男性76%、女性23%、無回答1%)で、参加者の年齢層は比較的高く50歳台以上が63%を占めた。シンポジウムの構成、事例報告、パネルディスカッションが「たいへんよかった」「よかった」と回答した人の割合はそれぞれ82%、93%、81%であり、概ね8割以上の参加者から高く評価していただいた。

自由回答欄のなかには、今後ともこうしたシンポジウムの企画を立ててほしいという記述が少なからずあった。今後希望するシンポジウムのテーマを複数回答でたずねたところ、「農地の有効利用と担い手への集積」(19%)、「食料自給率向上への取り組みと課題」(18%)、「多様な農業経営体の創出と新規就農者の条件整備」(17%)、「食料の安全性と輸入食料」(14%)などが上位を占めた。この他にも「農協の再編と活性化」とか「先端農業技術の紹介」などの提出もあった。

 

 

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