東京農業大学

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教員コラム

細胞増殖のエンジンとブレーキ因子

2008年7月18日

応用生物科学部バイオサイエンス学科 教授 千葉櫻 拓

はじめに

 本研究では、哺乳動物における新たな細胞増殖制御の分子機構を解析することにより、外部シグナルと細胞増殖を繋ぐ細胞内制御ネットワークを明らかにするとともに、それに基づき、細胞増殖を制御する生体内外の機能性因子の機能評価系を確立することを目的とした。細胞の増殖は細胞外シグナル(栄養素・増殖因子・温度等)により厳密に制御されており、その中核を成すのが細胞周期制御機構である(図1)。そこで、細胞周期制御の中心因子であるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)とそのブレーキ因子であるCDK阻害因子に着目し、・CDK阻害因子p27の新規制御機構の解析、・サイクリンA―CDKの活性亢進による細胞増殖の加速およびゲノム不安定化機構の解析、および・温熱による細胞増殖制御経路の解析を行った。

 

増殖のブレーキを外すもの

 細胞周期を進行させるエンジンであるCDKは、アクセル因子であるサイクリン(Cyc)と結合して活性化する。このCyc―CDK複合体に結合して、その活性を抑制するブレーキ因子がCDK阻害因子である。その1つであるp27は、動物体細胞の栄養飢餓や接触阻止等による増殖停止、および種々の細胞外シグナルによる細胞増殖の決定付けにおいて、中心的な制御因子として機能している。また、その欠損マウスが腫瘍形成や放射線によるがん誘発率の上昇という表現型を示し、多くの症例においてp27の発現量低下とがんの悪性度に強い相関が見られることから、p27はがん抑制因子としても知られている。しかし、その上流の制御因子やCDK標的を含む下流因子には不明な部分も多い。p27の強制発現により正常細胞の細胞増殖は停止するが、数種のがん細胞においてp27を強制発現させても増殖が停止しないことが示されており、それらのがん細胞ではp27機能を抑圧する因子が異常に発現・活性化されていることが示唆される。そこでがん細胞よりそのような因子を分離・同定し、機能解析することにより、新たなp27制御経路の解明を目指した(図2)。

 がん細胞由来cDNAの導入により、p27強制発現下でも増殖を停止しない正常細胞クローンが10数種得られ、導入されたcDNAを解析した結果、p27機能抑圧因子の候補が3種分離された。1種は既にp27の分解を促進することが知られているCycEであり、本スクリーニング系の有効性を裏付けるものであった。残り2種はいずれもp27機能制御因子としては全く新規なものであり、いずれも完全長cDNAとして導入されていたことから、各々の単独発現により正常細胞内でp27機能を抑圧することが示唆された。実際に、両因子のcDNAを発現ベクターにクローン化し正常細胞でp27と同時に強制発現させたところ、それぞれp27による増殖停止を抑圧したことから、両因子が新規なp27機能抑圧因子であることが強く示唆された。

 

アクセル過剰による増殖とがん化の促進機構

 CDKは細胞増殖を促進する因子として生体に必須であるが、適切な時期に適正なレベルの活性を発現することが重要であり、その活性の亢進はしばしば細胞増殖の異常を引き起こす(図1)。細胞周期における2大イベントである、DNAの複製と細胞分裂に関わるサイクリンA(CycA)―CDKの活性制御とその制御異常の及ぼす影響の解析は、細胞増殖制御における未知の分子ネットワークを解明するモデル系として重要である。我々は既にCycAの過剰発現がDNA複製期(S期)への移行を加速し、その機能に複製ライセンス化・開始因子Mcm7との相互作用の重要性が示唆されること、またCycA―CDK不活化にはサイクリン分解系とCDK阻害因子による二重の制御経路が関与しており、両経路の欠損によるCycA―CDKの構成的活性化は、がん化へのステップの1つであるゲノム不安定性を誘導することを見出している。そこで、CycA―CDKの過剰発現系とCDK阻害因子欠損細胞を用いて、これらの細胞増殖異常の分子機構を解析した。RNA干渉法を用いた解析より、内在性CycAのノックダウンによりS期への移行は抑制され、それはMcm7と結合できない変異型CycAを発現させても解除されないが、この変異型CycAとの結合を回復するMcm7の変異体を共発現することによりS期へ移行することが示された。このことから、CycA―Mcm7相互作用はS期への移行に必須であることが初めて明らかとなった。一方、CDK阻害因子欠損細胞での分解抵抗性変異型CycAの過剰発現解析より、CycA―CDKの構成的活性化によるゲノム不安定性はS期の進行に依存すること、またゲノム不安定化に伴い中心体数が過剰に存在する細胞が有意に増加することが示されたことより、CycA―CDKの構成的活性化はS期における中心体の過剰複製を引き起こすことにより、分裂期での染色体分配に異常をきたし、ゲノム不安定性を誘導することが示唆された。

 

温熱によるがん細胞死のメカニズム

 がん細胞が正常細胞よりも温熱に感受性が高いことは古くから知られており(図1)、この選択的感受性は臨床的に温熱療法として応用されているが、温熱による細胞死の制御機構については不明であった。既に我々は、種々のがん細胞において高温ストレス下で細胞周期が進行し、分裂期(M期)で細胞死に至ること、それらの現象が主要ながん抑制因子であるp53に依存しないことを明らかにしている。そこで、高温ストレス応答におけるp53非依存性細胞増殖・細胞死制御経路を解明するため、高温ストレス下でのDNA傷害、p53以外のストレス応答制御経路、および細胞周期特異的な細胞死誘導機構について解析した。

 がん細胞株を用いた解析より、高温ストレスはS期において最も細胞周期進行に影響を与え、DNA2重鎖切断およびG2期遅延を引き起こすこと、またM期においては紡錘体形成の異常と最終的にM期が完了出来ずに細胞死にいたる「M期崩壊」を引き起こすことが示された。またM期崩壊は酸化ストレス応答因子の阻害剤によって抑圧されたことより、高温ストレスによる細胞死誘導に酸化ストレス応答系が関与することが示唆された。

 

まとめと展望

 本研究で新規に見出された2種のp27機能抑圧因子は、ともに分子機能は未知であるが真核生物に広く保存されており、増殖・がん化への関与が示唆されている。またいずれも一部中心体への局在が見られることから、中心体における細胞増殖制御シグナル伝達に関与する可能性が考えられる。今後両因子のさらなる機能解析を進めることにより、近年注目を集めている中心体―細胞周期制御因子間の相互制御機構の研究に新展開をもたらす可能性とともに、両因子を標的とした新規な増殖抑制・抗がん剤の開発への応用が期待できる。また、CycA―CDKの活性亢進による増殖の加速とゲノム不安定化の制御経路が明らかになりつつあり、今後より詳細な分子機構を解析することにより、抗がん剤の新規標的分子を提示できる可能性がある。さらに、本研究で示唆された高温ストレス下でのがん細胞の細胞死と酸化ストレス応答経路とのリンクは、高温ストレス応答の分子機構解明の新機軸となるのみならず、酸化ストレス応答を増強するような機能性因子(薬剤)と組み合わせることにより、温熱療法の効率化に寄与するものと期待される。

 

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