東京農業大学

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教員コラム

採卵廃鶏をペットフードに

2008年7月1日

農学部畜産学科 教授 多田 耕太郎

低未利用畜産物の用途を開く

家畜・家禽は産業動物として、私たちの生活を健康的で幸福なものにするために多くの生産物(畜産物)を提供してくれている。しかし、私たちはその畜産物を余すことなく利用しているわけではなく、低未利用状態にあるものも多い。そのなかの一つに卵を採る期間を終えた採卵廃鶏がある。本稿では採卵廃鶏の用途開発の一例を紹介する。

 

日本人は鶏卵が大好き

鶏卵は、料理の食材、マヨネーズ、洋菓子などの原材料として幅広く利用され、私たちが日ごろよく口にする食品である。鶏卵は牛乳とともに完全栄養食品とされ、栄養成分を効率よく摂取できる優れもので、私たちの健康維持に大いに役立っている。わが国は世界一の鶏卵消費国で、国民一人当たりの鶏卵の年間消費量は約330個(平成17年現在)と、実にほぼ全国民が1日1個は食べていることになる。

 

「物価の優等生」の内情は

数々の食料が輸入に依存しているなかで、わが国の鶏卵の自給率は95%と高い。この鶏卵だが、戦後、他の物価が数倍から数十倍は上がっているのに比べ、ほとんど価格が変わらずに安定していることから「物価の優等生」といわれている。  しかし、鶏卵を生産している養鶏農家の経営はどうかというと、これがなかなか大変なのである。実は鶏卵を生産する際に飼料費が総経費の5割強を占めるのだが、近年、バイオエタノール生産向け作物の需要が増したことで、鶏のエサとなるトウモロコシなどの価格が高騰しているため、鶏卵の生産費が高くなってしまっている。

それならば鶏卵の価格を上げれば良いのではと思うのだが、販売競争のなかでそうもいかないのが現状のようで、卸売価格と生産費にほとんど差がないことから、採卵養鶏農家の経営は厳しい現状にある。

 

採卵鶏の末路

採卵養鶏農家の経営を苦しめているものとして、採卵鶏の処分問題もある。私たちが鶏といわれると頭に浮かぶ「白い体で赤い鶏冠」の白色レグホーン(写真1)という種が採卵鶏として多く飼養されているのだが、この鶏は生後約150日から産卵を始め、卵を産み続け、産卵率が落ちてくると経済的に合わないことから、生後約550日で屠鳥される。  この採卵期間を終えた雌鶏は廃鶏と呼ばれ、昔はその鶏肉も食用にしていた。しかし、肉用鶏のブロイラーや地鶏が市場に出回る現在、廃鶏は肉用鶏に比べ産肉性が乏しく、硬く肉質も悪いことから、一部が肉だんごやスープ、レトルト食品などの原料に利用されるだけで、そのほとんどは用途がなく産業廃棄物化している。採卵鶏は毎年1憶4千万羽前後が飼育されていることから、全国で発生する廃鶏の数は大変なものである。

廃棄物を処分するとなると費用を要することから、現在、採卵養鶏農家は廃鶏処理業者に1羽あたり数十円の料金を支払って処理を頼んでおり、この支出が経営を益々厳しいものにしている。

 

ペットフードにする際の問題

肉用鶏には劣るというものの十分に食用に供せる廃鶏肉(廃鶏を地鶏と偽って売っていた東北地方の業者は「廃鶏肉が一番旨い」と言っていたほど)、廃棄物としてしまったのでは何とももったいなく、私たちのために卵を産んでくれた鶏のためにも最後まで有効利用しないと申し訳ない。そして、廃鶏の付加価値を高めることができれば、採卵養鶏農家の経営の安定化が図れ、さらに、廃鶏を廃棄物とせずに済めば、環境問題の上からも有益である。  それではどのように廃鶏を利用するかだが、少子化が進む一方でペットとして犬猫を飼う人が増えている。ペット用の缶詰など人間用より高いものが店に並んでいるではないか。そこで廃鶏のペットフード原料としての活用を試みることにした。

実際に廃鶏をペットフードにするとなると問題点があった。まず、経費を掛けて脱骨して肉を得ても、廃鶏は採肉量が少ないため採算が合わなくなること。しかし、骨付きのままでペットに与えると咀嚼した際に骨が割れ、尖った形状(写真2)になるため口腔や内臓を傷める危険性があることである。  そこで考え付いたのが「アジの南蛮漬け」の応用である。あれは油揚げしたアジを食酢に浸し、骨を軟らかくして丸ごと食べられるようにしてあるではないか。それでは廃鶏も脱骨せずに骨付き肉のままで酸液に浸し、骨部を咀嚼できる程度まで軟化すれば、先の二つの問題を一挙に解決できるのではないだろうか。

 

各種酸液に漬け込む

実はこの研究、もともと北陸地方の採卵養鶏農家と廃鶏処理業者からの助けを求める相談を受けて始めたものである。そして、廃鶏処理業者が実際の加工を自ら行うことを希望していたことから、研究着手の当初から現場での応用を考えて進めることとした。  しかし、経営の苦しい状況から初期投資を極力抑えなくてはならず、大型機械の導入などは考えられない。また、処理工程も現場での運転サイクル、作業従事者の安全を考慮し、効率良く加工できるように設定することにした。実施内容の概要を以下に簡単に記す。

試料として、屠鳥、脱羽した採卵廃鶏の骨付きモモを使用し、まず、各種酸液に漬け込み、骨の軟化状態を検討した。その結果、さすがに鶏のモモ骨はアジの骨より太く硬いことから食酢では無理であったが、5%程度の塩酸溶液に20時間ほど浸漬することでカルシウムが遊離し、十分に軟化した。力を加えてみると簡単に折れ曲がり、鋭角に割れることはなくなり(写真3)、鶏肉を骨付きのままペットフード用原料として利用しても物理的には安全なものにすることができた。  次に、軟化後の試料には塩酸が残存し、中和を行う必要があることから処理条件を検討した。中和剤としては水酸化ナトリウムの利用も考えられたが、現場での取り扱いや製品に残存した際の安全性を考慮し、炭酸水素ナトリウム(重曹)を用いることにした。軟化処理後の骨付きモモはpH1.9と酸性が強かったが、5%程度の炭酸水素ナトリウム溶液に12時間ほど浸漬することで中和され、化学的にも安全性を確保することができた。

 

商品化、経営安定化へ

試作品を加工しようとした際、ペットフードは常温で1年間ほど持つものにするのが一般的だとのことで、各種添加物の利用や乾燥を行い保存性を向上させることにした。ペットフードにはしっかりした添加物の許容基準が決められておらず、保存料などの添加量を増やせば容易に保存性を付加することはできた。しかし、室内でペットを飼う人が増えるなか、間違って子供が口にする可能性も否定できない。また、食品の研究に携わる者として、人間用の食品と同様の基準を守りたい。このような背景から試作を何度も繰り返し、包装形態も検討した結果、長期間の常温流通に耐えられるものとすることができた。 試作品は従来にないものであったことから、上々の評価が得られ、商品化の運びとなった。市場に出た商品も売れ行きを伸ばし、採卵養鶏農家と廃鶏処理業者の経営安定化に貢献することができた。

現在、廃鶏処理業者はペットフード加工の事業展開を拡大し、同様の方法を豚や牛の骨へ応用した商品も開発し、力強く活動を続けている。  問題が生じている現場の状況を把握し、現場での運用を考えた研究開発が切望されており、「実学主義」を謳っている農大の担う役割は大きいのではないだろうか。その生命を私たちのために費やしてくれた家畜・家禽への感謝の気持ちを忘れず、今後も低未利用状態にある畜産物の用途開発に努めていきたい。

 

 

 

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